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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第四十六章 無念、老軍師
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(228)

 研究を進める范増と、一般人の感覚が分からないゆえに事態を軽く見る項羽。

 二人とも世俗から離れた存在だから、二人でいろいろ決めていると一般人の感覚からはかけ離れたことになっていってしまう。

 しかも、あからさまに人が犠牲になることを秘密にし続けると……人は分からないというだけで嫌悪感を持つものです。


 一方、陳平は劉邦に大事な情報を教えてもらえていないことに不満を持ち……。

 欠かせない人を信じて明かせるか、運命の分かれ道です。


 またニコ動で史記の替え歌を投稿しましたが、まさかのタグ付け忘れで埋もれてしまうという大失態!!「虞美人一輪」紅一葉の替え歌です、作者の歌ってみた史上かなりうまく歌えたのでどうぞ。

小説で覇王別姫シーンをどうバイオハザード的に料理しようか……。

 劉邦軍との講和を蹴ってから、項羽はしばらく静かに過ごしていた。劉邦軍をしっかりと包囲し、中の食糧が切れるのをひたすら待つ。

 武器を振るうのが好きな項羽にとっては、退屈な時間。

 しかし最近、そんな項羽の気に障る噂が聞こえてくるようになった。

「なあ聞いたか?例の話」

「ああ、龍且様や鍾離眜様が密かに謀反を企んでいるって話だろう。にわかには信じられんが……でもあり得なくはないよな。

 だってここで劉邦を倒したら項王様の天下は間違いないのに、そうなった時の領土や恩賞を何一つ約束してもらってないらしい」

「ああ、それは嫌になるわ……ここまであんなに忠誠を尽くしたのにな。

 この調子じゃ、周殷様や范増様も大丈夫かねえ?」

 兵士たちが、これまで忠実だった者たちの二心を噂するようになったのだ。

 もちろん噂されている者たちの言動はこれまでと変わらないし、他に怪しい動きがある訳でもない。

 だから、項羽は気にしなかった。

(くだらん、あの忠義の士たちが恩賞の不満だと?俺とあいつらの絆は、そんな低俗で安っぽいものではないわ!

 兵士共もくだらぬ心配などせず、素直に従ってさえいれば良いものを)

 せっかく戦が終わろうとしているのに、自身の欲に駆られて変な噂をしだす兵士たちの低俗さが気に食わない。

 自分たちが戦っているのは、そんな卑しいもののためにではないのに。

 自分たちは世界のために戦う誇り高き軍なのだから、そんなことで文句を言うな。主は自分なのだから、恩賞だって下は自分が決めたものを素直に受け取ればいいのだ。

 項羽は、君臣の関係を厳格に崇高にそう考えていた。

 だって、自分は楚の名将項燕の孫で、生まれながらにして人の上に立つ者なのだから。それに見合う力も与えられているのだから。

 楚の民はいつも自分たちを敬って、金も物も自然に集まってきた。正しい志を持って正しい事をしていれば、天は与えてくれるものだ。

 ……という名門生活をしてきた項羽は、どうして他人がお金や褒美にこだわるのか分からない。

 自分がそれで苦労したことがないから、お金がないとまともに生きていけないという当たり前のことを知らない。

 だからこんな噂、どうということはないと思った。

 自分が動揺せず兵士共に手本を見せていれば、すぐ消えるだろうと軽く考えていた。


 一方の范増は、このところ研究にかかりきりで噂など気にする余裕がなかった。

 というのも、変異体の作り方がある程度分かってきたからだ。これを量産して戦いに投入できれば、ついにこの忌々しい戦が終わる。

 その希望と知的好奇心に引きずられて、范増は研究に没頭していた。

「ふむ、どうやら凶暴な変異体は生きたまま化け物になるようじゃな。

 そのせいで人食い死体より遥かに強い力が出る一方、生肉を食わせ続けねばすぐ力尽きて死んでしまう。

 とはいえ、城を落とすのに一時使えればよいから寿命など半日で十分じゃがな」

 范増は、すさまじい形相でカッと目をむいて死んだ痩せこけた男を観察し、特徴を木簡に書きつけていた。

 こいつは、凶暴に変異して暴れ続けて死んだのだ。

 拘束されていた手足に尋常でない力を込めて暴れたため、一本は無残にちぎれ、二本は関節が外れてしまっている。

 そのひどい有様を見ても、范増に哀れみの情はない。

 ただ、拘束の形態を変えて使う時まで壊れないようにしようとか、どの程度までなら壊れても使い物になるかとか考えるくらいだ。

「これこれこういう形の拘束具を、鍛冶屋に発注せよ。

 それと……やはり知能を改善した方がいいのか?

 いや、下手に余計なことを考えられても戦の邪魔にしかならぬ。

 それよりも成功率とできをもっと安定させねば……後は本番で一気に使う者の選定かのう。どうしても、素体の質に左右されるようじゃから……」

 范増はどこまでも冷徹に、勝利のための戦略を考える。

 変異体は、それほど弱っていない人間に強力な熱毒と人食いの病毒をほぼ同時に与えると低い確率でできる。

 元が頑強な者ほど成功しやすく、病人や弱い者だとほとんど死んでただの人食い死体になってしまう。できても、すぐ力尽きて使い物にならない。

 せっかく変異体になりやすい毒の処方を見つけたのに、成功率やできる奴の質が悪くて失敗しては意味がない。

 しかしそれらを改善しようとすると、成功率が高そうな素体でもっと実験を繰り返さねばならない。

 すなわち、それなりに強くて元気な兵士を……。

「仕方ない、項羽に相談してみよう。

 あ奴も早く戦を終わらせたくて苛々しておるから、嫌とは言わんじゃろ」

 范増の思った通り、項羽はその計画を承諾した。

「ふむぅ……確実に勝つために必要なら仕方ない。

 城を攻める時に最前線の兵が怖気づくのは、俺もけしからんと思っていたことだ。それで無駄死にするところを確実な勝利の礎にできるなら、言うことはない」

 項羽は自分が一騎当千の強さを持ち突っ込めば必ず勝てるゆえに、一般の将兵たちが命を惜しむ気持ちが分からない。

 だから、そんなふがいない奴にも戦功を与えてやるつもりでこの計画を認めてしまった。

 たちまち、それなりに頑強で勤務態度が不真面目な者や、逆に確実に家族に金を送るため志願した老兵などが検体として送り込まれ始めた。

 実験区画の穴に、味方のおぞましい死体がどんどん積み上がっていく。

 この状況に、片づけを任されている兵士たちの間に不安が広がり始める。

 ここの警備や片づけは項羽軍の中でも選り抜きの忠実な兵士たちが勤めているが、こう味方が次々殺されては不安にもなる。

「な、なあ……范増様は一体何をやってるんだ?」

「知るかよ!知ろうとするなって項王様に言われてるだろ。

 范増様のやることだ、きっと項王様のためになることを……」

「でもい、項王様は情に厚いし部下思いなお方だ。こんなに味方を無駄死にさせることが、あの方の本心な訳がない!」

「まさか、項王様は范増様に騙されてるんじゃ……!」

 集中して雑音など耳に入らない范増の側で、項羽に忠実な兵士たちの疑念は日に日に深まっていった。


 それが、全力で離間の計をかける劉邦軍に伝わらぬはずがない。

「ふーん、范増のジジイがそんな怪しいことを?貶めるにはまたとないネタだけど……一体何をやってるのかな?

 范増が本当に項王を裏切るなんてのは、考えられないんだけどぉ……」

 范増の起こしている奇妙なことに、陳平は困惑した。しかもこの件に関しては、実際に何をやっているか全く探れない。

 当然だ、項羽も劉邦も、この件に関しては真実が漏れないように全力で情報を統制しているのだから。

 それでも、劉邦と張良が范増周辺で起こっていることを殊更に気にしていて、その情報を秦王宮から来た方士たちに流していることは知っていた。

 その情報に、方士たちとともにひどく頭を痛めていることも。

 これは何かある、と陳平は直感した。

 そして、とても歯がゆく悔しく思った。

 項羽軍で起こっている怪事件について、劉邦と張良とあの方士共は知っている。なのに、それを自分には教えてくれない。

 劉邦は気前よく予算をくれたが、まだそこまで自分を信じてくれていないのか。

 自分が真実を知れば、その重大な情報をもじってもっと強力に離間の計を使えるかもしれないのに。

 自分は、知れる限りを知って役に立ちたいのに。

 陳平はついに、劉邦たちの秘密の会議の場に忍び込み、劉邦たちが集まったところで姿を現して直談判した。

「あんたたち、こんなに頑張ってるわっちに何を隠してるの!?

 わっちはねえ、全力で殿を助けたいの!そのために、情報は何でも欲しいの!

 なのに、こんな得体の知れない方士共とコソコソと……そんなに大事なことなら、わっちにも教えてよ!

 困ってるなら、わっちだって知恵を貸してあげられるのに!!」

 方士たちは驚いて武器を取ろうとしたが、張良がそれを制して言った。

「知れば……戻れなくなりますよ。

 これを知っていい人間は限られます、場合によってはそれであなたを殺さねばならぬことも……」

 それでも、陳平は頑として引かない。

「いいよぉ、殿のために死ぬ覚悟なんてとっくにできてるもの!わっちの覚悟と忠誠はねえ、そんな半端なモンじゃないの!

 あんたたちこそ、わっちへの信頼と殿への忠誠が足りないんじゃない!?

 今はわっちの策のために全てを使う時……知らないとねえ、できる事もできないのぉ!!」

 陳平の叫びが、闇を震わせる。

 劉邦は少し考えたが、根負けしたように答えた。

「しゃあねえ、教えてやる……おめえに命預けちまったからな。

 けど、知ったからには絶対ぇ他に漏らすなよ。もし漏らしたら、おめえを世界の敵として地の果てまで追って殺さなきゃいけねえ」

「んふ、わっちは逃げたりしない。

 むしろ知ってる奴にしかできないことに、いくらでもわっちを使ってちょうだい!」


 こうして、陳平も真実を知る一人となった。

 方士たちが調べている呪いの真実、人食い死体という世の理を越えた化け物を作り出す悪夢の病毒のことを。

 そして范増がそれを使い、人食い死体以上に危険な化け物を作り上げつつあることを。

 方士……いや研究員の長たる石生は、陳平に深々と頭を下げて請う。

「どうしかして范増を止めねば、世界の命運はそれほど長くないでしょう。しかも、もはや我々は奴を止める力を持ちません。

 ……どうかあなたの策で、奴を止め世界を救ってください!」

 陳平は、得意げに笑ってうなずいた。

「いいよぉ、知ったからには必ずやったげる。

 むしろこの件をうまく使えば、ジジイの息の根まできっちり止めてやれるぅ!」

 劉邦は陳平を信じて真実を明かし、陳平はその信頼にますます感謝して渾身の悪意の策を練り上げた。

 その牙は、焦って弱りつつある范増に確実に迫っていった。

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