(21)
再び、徐福が処女童男を連れて蓬莱島を訪れる場面に戻ります。
大船団を率いて来訪した徐福を前に、島の古老たちは慌てふためきます。
だって彼らは元々何によって追放されたか……彼らは、大陸の変化を知らないのです。
その日、蓬莱島は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。
「ふ、船が……あんなにたくさん!!」
漂流者ですら珍しいこの島に、見たこともない大型船が現れたのだ。それも、これまでの記録にすらない大船団だ。
それが一直線に、島に向かってくる。
報告を受けた安期生たちは、胆を潰した。
「し、周軍が、我らを罰しに来たんじゃあ!
命令に背いて外からの血を混ぜようとした我らを、今度は皆殺しにするために、大軍で攻めてきたんじゃあ!!」
大船団を目にした古老たちに、それは周王朝からの罰と映った。
自分たちは周王朝に危険と判断され、この辺境と言うのも生ぬるい絶海の孤島に移住させられた。もう二度と、尸解の血に外の血が混じって災厄が起こらぬように。
しかし、自分たち……いや若い世代が、外の血を求めた。
この島に外に血を入れるための取引を、流れ者の徐福と交わし、あまつさえ徐福を勝手に大陸に返してしまった。
それが周王朝に知られ、罰が下るのだ。
安期生は、怒り狂って叫んだ。
「ええい、だから変えてはならんと言ったんじゃ!
そもそもわしらをここに移住させたのは、大陸の王なのだぞ。それをあの分からず屋の馬鹿息子共は……!
くそっ、小生をひっ捕らえて縛り上げろ!
あいつの首で、手打ちにしてもらうのだ!」
恐慌を起こした安期生たちは、安期小生たち徐福と関わった数人の若者を捕えてがんじがらめに縛り上げた。
そして彼らを生贄にして難を逃れるべく、おののきながら船を待った。
大船団は、島から少し離れたところに錨を下ろした。
そこから、小舟が一艘、蓬莱島の船着き場に向かう。
舳先には、きらびやかな礼服に身を包んだ徐福の姿があった。黒い鎧と黒い旗で固めた、秦の兵士を数名連れている。
岸に近づくにつれ、徐福は船着き場の様子がおかしいことに気づいた。
安期生たち老人が、安期小生たち若者を数人縛り上げて、血相を変えて何か喚いている。もっと近づくと、その声がはっきり聞き取れるようになった。
「おーい、待ってくれ!滅ぼさないでくれ!!」
「うん?」
徐福は首を傾げた。
せっかく新しい血を……千人ずつの健康な処女童男を連れてきてやったのに、島の者たちは一体何を言っているのか。
さらに近づくと、安期生はさらに必死の形相で口から泡を飛ばした。
「悪かった、周王朝の命令に逆らおうなどと、わしらは微塵も思っておりませなんだ!
悪い企みは全て、ここにいる若者共がしたこと。
この罪人共はここで全て打ち首にしますので、どうか我らを滅ぼすのはお許しいただきますよう……!!」
その言葉に、徐福ははっと気づいた。
(そうか、こやつら……天下が秦のものになった事を知らぬのか!)
考えてみれば、無理もない。
蓬莱島の民は数百年前にここに追放されて以来、一度も大陸の様子を探ったことがないのだ。時々斉や燕の沿岸地方で交易したり漂流者に話を聞く以外は、大陸の情報が全く手に入らない。
しかも接触するのは天下の情勢など知る由もない漁師たちばかりで、今大陸がどうなっているかを知る術がないのだ。
だから彼らは、周王朝がもうないという事を知らない。
自分たちをここに追放した権力が今も健在であると思い込んで、ひたすらそれに怯えているのだ。
徐福は、慌てて呼びかけた。
「おーい、待て、早まるな!
我々は周の軍ではない、おまえたちを滅ぼしはせぬ!
俺は徐福だ、秦の皇帝陛下の命令で、処女童男千人ずつを貢物として連れてきた。島のための新しい血だ、受け取れい!」
それを聞くと、安期生たちは目をぱちくりして顔を見合わせた。
「な、徐福だと……まさか、本当に戻ってきたのか!?」
「周軍ではない……秦、だと?
それより、処女童男が千人!?」
徐福がさっと手を上げると、海上の大船の船べりから大勢が顔を出した。男ばかりの船と女ばかりの船があるが、顔は皆幼さを残している。
少なくとも、屈強な兵士ではない。
「な、何と……わしらは、夢でも見ておるのか……!」
あっけにとられている安期生に、安期小生が言う。
「ほら見ろ、俺たちとの取引のおかげだぞ。
徐福はきちんと約束を守って、新しい血を連れてきてくれたのだ。これは俺の手柄だ、さっさとこの縄をほどいてくれ」
徐福の見ている前で、安期小生たち若者が次々と縄を解かれる。
こうなるともう、古老たちはどうしていいか分からない。変化を疎んじ拒んできた老人たちは、変化が起こると対処できないのだ。
立ち上がった安期小生が、徐福に声をかける。
「これほどの貢物、感謝する!
すぐ船着き場の他の船をどかすから、上陸を始めてくれ!」
「おう、存分に検品するといい」
徐福は、秦軍の兵士たちに何事か指示した。
すると、程なくして貢物を載せた小舟が大船から出て、島に向かう。徐福もまた、それに先んじて船着き場から上陸した。
少し後、徐福と安期生たちは集落の平屋の中で対面していた。
安期生たち島の者の前には、既に幾多の貢物が並べられている。上質な布や陶器、美酒や珍味、それにたおやかで美しい少女が数人。
安期生たちは、夢見心地でそれらを見ながら徐福の話を聞いていた。
「……ほう、それでは、周はもうないと。
それで新しく大陸を治めている秦……とやらの王が、不老不死の原料たり得る我々の血を求めているというのか」
「王ではなく皇帝陛下だ、かつての王と同じにしてはならんぞ」
徐福は、今大陸で起こっていることを手短に説明した。
中華の最も内陸にあった秦が、他の国を滅ぼして中華の全土を支配していること。その渦中で、かろうじて存続していた周王家も数年前に滅んでしまったこと。
今や、中華の全ては秦の頂点に立つ始皇帝のものだ。始皇帝の命令は全てに優先され、かつての王朝による定めは廃止された。
つまり尸解の血を隔離する命令も、もう無効になった。
それどころか始皇帝は何としても不老不死を望み、そのためには出費をいとわないし手段も問わない。
そして尸解の血に不老不死の元としての価値を見出した徐福の進言を入れ、これだけの交換物資と処女童男を用意した。
……後半は、始皇帝ですら知らない徐福の事情だ。
安期生たちは、ポカンと口を開けてその話に聞き入っていた。
にわかには信じられない、しかし証拠は目の前にある。
「どうぞ、仙人様」
あどけなく愛らしい少女が、玉の杯に入れた酒を差し出す。
それを受け取って口にした途端、安期生はその味と香りに打ち震えた。
「くううっ何と香り高く美味い酒じゃ!」
さらに横から差し出された味付け肉を噛んで、旨みの強さに目を見開く。
「何たる豊かな味、それに柔らかい!どんな加工をしたらこんなに……!」
島のある原料と技術ではどうやっても作れない、未知の美味の数々。しかも始皇帝の権威を使って集めた、上物だ。
頑なだった古老たちは見る影もない程とろけ、美食と美酒に酔っている。
徐福は、さらに見事な壺に入った別の酒を勧める。
「もっと遠慮せずに飲むがいい、まだたっぷりとあるぞ。
何せ、仙人様に捧げるものだからな!いくらでも用意してもらえる」
その様子に、安期小生が苦笑した。
「何だ、結局その皇帝とやらにも本当の事を話していないのか?
まあ確かに、こうして莫大な貢物を出させるには仙人として信じされておいた方が都合がいいだろうが……皇帝まで騙すとは、大した奴だ!
で、そこにいる女共には聞かれても大丈夫なのか?」
「ああ、安心していい。耳の聞こえぬ女を選んである」
あっさりと答えた徐福の手際の良さに、安期小生は感服した。
この徐福と言う男の凄さには、驚かされてばかりだ。この島の秘密を暴いたうえで生きて帰ったばかりか、本当に千人をはるかに超える人を連れて来るとは。
全てが、常人には真似できない大胆不敵な行動だ。
同時に、そこまでさせたのだから、約束は守らねばとも感じていた。ここまでできる男を、敵に回してはならない。
安期小生は徐福に深く頭を下げ、平伏した。
「徐福殿の尽力、痛み入ります。
このうえは我らも約束を果たし、尸解の血を差し出し……」
「待てい!!」
止めたのは、安期生だ。
安期生たち古老は、すっかり酔っぱらって貢物にとびついていた。並べられた玉や布、宝物を争うように手に取って涎を垂らしている。
あっけにとられた安期小生を差し置いて、安期生は尊大に言い放った。
「この島の長はわしじゃ、島のものは全てわしのものじゃ、この小僧との約束などでは渡せん!
この島のものを少しでも持ち出したくば、わしの望みをもっと叶えることじゃな。でなければ、おまえの望みも皇帝の望みも叶わんぞ?
ワッハハハ!!」
安期生は、完全に欲望にのまれていた。
島の長として交換品を出し渋って、もっともっと楽しい暮らしをしようというのだ。
だが、そんな事をすれば徐福との取引が破談になりかねない。そうなれば、島は結局全てを奪われて滅ぶしかないのだ。
この取引は壊させない……安期小生と若者たちの目に、怒りの炎が灯った。




