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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第四章 真実、そして取引
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(20)

 島を脱出した徐福は、ついにかつての災厄の真実を聞き出します。

 それは島の者にとってはおぞましい悪夢でしたが、徐福にとっては希望の光でした。


 蓬莱島に登場する人物は架空の人物なので紹介はしていませんが、安期生は実際に仙人として名前が伝わっています。本当にいたかどうかは別として。

 水平線の彼方から、朝日が昇る。

 徐福は船の上で、安期小生たちと共にそれを見ていた。

 もう蓬莱島の島影ははるか遠く、果てしない水から顔を出した小岩のように見える。追ってくる船は、今のところない。

(生きて、帰ることができる……)

 眩しい太陽の光を浴びて、徐福はそれを実感した。

 恐ろしく危険な夜が明け、安らぎの朝が来た。

 もう歩く死体に出くわす事もないし、過去に囚われた老人たちに命を狙われる事もない。徐福は、解放されたのだ。

 そう思うと急に体中の力が抜けて、徐福は船べりに座り込んだ。

 徐福を連れてきた若者たちも、同じように体を休めている。彼らも体は疲れ切っているはずだが、表情は晴れやかであった。

 彼らも、解放されたのだ。彼らの命を緩やかにすり潰そうとしていた、古き習慣から。

「……これは、我々の夜明けでもあるのだ」

 安期小生が、しみじみと呟く。

「何もせず滅びを待つ時代は、終わりだ。

 後はおまえを大陸に送り届け、おまえが再び島を訪れて新しい血を連れてきてくれれば、島の未来は光に満ちたものとなろう」

 安期小生は、徐福の肩にそっと手を置いた。

「我々にできる事は、ここまでしてやったのだ……恩は返せよ?

 ここまでしてやったのに、逃げ出したら許さぬぞ!」

「ああ分かっている、きちんと取引は果たすさ」

 徐福は、素直にうなずいた。

「俺だって、ここまで危険を冒しておいて手ぶらで終わらせてはつまらぬ。不老不死はなかったが、現世での利益はしっかり追及してやるさ。

 おまえたちを救うのは、そのついでだ!」

 それを聞くと、安期小生と若者たちはどっと笑った。

 怒る気にはならない、自分たちも同じようなものだからだ。

 徐福も島の若者たちも、一番大切なのは自分たちの利益だ。それが重なったから、手を取り合って力を合わせる。

 だが、それが一番いいのかもしれない。

 お互い、自分の利益の為なら裏切らないと信じられる。力を尽くした分だけ自分の利益が増すのだから、頑張る気になれる。

 それで徐福が儲かって島が立て直せれば、万々歳だ。

 そのために必要な最後の情報を、徐福は求めた。

「さて、次に来る時は大陸の子を何人か連れてくるとしよう。

 だがその前に……災厄についての情報を、得られただけ教えてもらおうか。それに合わせて、できるだけ連れて来る子を選ぶとしよう」

 すると、安期小生も真剣な顔でうなずいた。

「うむ、それについては包み隠さず話そう。

 島を立て直すための新しい血で、災厄が起こってはかなわんからな」

 そう言って安期小生は、自らが新たに得た災厄の情報を話し始めた。


 尸解の血に外からの血を混ぜると災厄が起こる……その伝承の元となった事件は、数百年の昔に遡る。

 その事件の前、尸解の血を持つ一族は大陸に住んでいた。

 山奥の、人の行き来がほとんどない閉鎖的な村で、一族は代々暮らしていた。

 外からの血を混ぜるなという言い伝えはその頃からあったらしいが、定かではない。確かなのは、その村が外界から隔絶されており、今と同じように代々村の中で交配して子を成していたことだけだ。

 その頃、尸解の一族は数千人の人口があり、入口の少ない谷にできた楽園のような村で平和に暮らしていた。

 その時代は周王朝が強い力を持って天下に君臨しており、戦はほとんどなかった。

 災厄の引き金を引いたのは、伝染病であったという。

 ある時、村に一人の病人が迷い込んで来た。その者は肝臓が悪く、しばらく養生して立ち去ったが、その後村の中に肝が腫れる者が出るようになった。

 それからしばらくは、平和に時が流れた。

 だが、その肝を病んでいた者は再び村を訪れた。外の世界で恐ろしい疫病が流行っているから、しばらく避難させてくれと、家族を連れて。

 その家族が、疫病にかかっていたのだ。

 これまで疫病を全くと言っていいほど経験しなかった村で、疫病はたちまち広がった。村の民はばたばたと倒れ、夥しい死者が出た。

 それらの死体の中には、当然起き上がる者もいた。

 だが疫病で死んだ者の中からは、いつもと違う死体が現れた。

「……人を、食う奴が出たらしい」

 安期小生が、心なしか青ざめた顔で声をひそめて言った。

「千を数える死体の中で、起き上った数百の中のほんの数体……もしかしたら大元は一体だけかもしれん。

 とにかく、人に襲い掛かって肉を食いちぎる……それこそ妖怪のような奴が」

 死体が動く時点で自分たちから見れば妖怪だと心の中で突っ込みながら、徐福は考えた。

 これは、疫病によって起き上った死体の性質が変化したということだろうか。おそらく、村の者もそう考えたのだろう。

 安期小生は、さらに話を続ける。

「しかも人を食うようになった死体は、その性質を伝染させるのだ。その人食い死体に食われて死んだ者もまた、同じような人食い死体になった。

 そのうえ村人の多くは疫病に苦しんでいて、逃げられなかったらしい。

 人食い死体は次々と増えて、村は地獄と化した。

 どうにか地方の役人に助けを求めたが、もう村はどうにもならなかった。人食い死体をこれ以上増やさぬために、元気な者のみを脱出させて、谷の入口を塞ぎ火を放つしかなかった……」

 そうして、尸解の一族が元々住んでいた村は灰になった。

 さらに人食い死体を出してしまった尸解の血そのものが危険とみなされ、生き残った人々は周王朝の命令で隔離された。

 つまり、今住んでいる絶海の孤島への移住である。

 こうして尸解の一族は、海の果てに住まう幻の民となった。


 全てを話し終えると、安期小生の目から一筋の涙が伝った。

「この話を聞いた時、俺は少しだけ親父の気持ちが分かりそうになってしまった。……我らは、滅ぶべきなのではないかと。

 だが、その反面、なぜ何の罪もない俺たちが罰をかぶらねばならぬのかと理不尽に思った。

 疫病さえかぶらねば、我らは概ね普通の人間として生きられるのだ。ならば生き、栄えたいと……そう思ってしまった」

 周りの若者たちの表情にも、同じような葛藤がにじみ出ていた。

 自分たちの内に流れる、おぞましい血……しかしそれだけならば何の害もなさない。それだけで滅びねばならない理由にはならない。

 徐福もまた、彼らを哀れんだ。

 その血の起こした惨禍は、おぞましい。しかしその血は可能性を含んでいる。

 徐福の中で、一度は潰えた探求心が再び頭をもたげた。

(死体が、人を食う……それは生きていた時の状態に近づいているのではないか?

 食うのは生きるための欲求だ、疫病が重なる事でそれが復活したならば……さらに他の病を重ねて他の欲求や機能を回復させれば、あるいは……!)


 死んでいながら、生前と変わらず活動できるようになるかもしれない。

 本物の、尸解仙ができるかもしれない。


 つまり、不老不死。


 明かされた惨劇は、徐福に再び不老不死への道を示した。

 徐福は心の中で、手を叩いて喜んだ。夢物語で終わるはずだった研究に、再び光明が差した。これを利用しない手はない。

 徐福は緩みそうになる頬を抑えて、安期小生に尋ねる。

「その疫病とは、どんなものだった?

 疫病以外に、人食い死体になった者に特徴はあったか?」

「ううむ、記録によると、高熱が出て体中に大豆より大きな吹き出物ができたとか。それが潰れて化膿して、食事も喉を通らず死んだ者が多いとか。

 それから、初期に人食い死体になった者は、肝を腫らしていたとか……」

「そうか、おそらく疫病は天然痘だな。アレは大陸で時々流行って、そのたびに多くの死者が出る。

 それに重ねて肝の病か……それは特定できんな。

 まあとにかく、連れて来る子にはそういう病がないよう細心の注意を払おう」

 話を進めながら、徐福の頭の中は既に別の行為で占められていた。

 今言ったのと逆を行い……すなわち、尸解の血に肝の病と天然痘を重ね、人食い死体を作る。そこからさらに研究を重ね、不老不死に……。

 そのためには、尸解の血を持つ者が必要だ。

「なあ、その代わりと言っては何だが……島の者を何人か俺に引き渡してくれぬか?

 死体が食べる機能と欲求を取り戻せるなら、それは俺にとって価値がある」

 その言葉に、安期小生はピンときたようだった。

「なるほど……そういう事か。

 だがこちらも門外不出の秘密の血、それ相応の対価はいただくぞ」

 徐福のやろうとする事は、安期小生にも想像がついた。だが止める理由はない、自分たちの損にならない限りは。

「そうだな、連れ出すのはまともに働けぬ者に限る……それから一人につき、そちらは大陸の子供を十人……」

 安期小生の出す条件に、精悍な男が口を挟んだ。

「おい、あいつにとっては喉から手が出るほど欲しいものだ。

 もっと、多くと引き替えにしてやろう!」

 精悍な男は、欲にぎらついた目で徐福を見据えて言った。

「我々の島から人を連れ出したいなら、まず百人は連れて来ることだ。千人連れて来れば、障害のある者はいくらでも連れて行って良い。

 それだけ連れて来られないなら、仙紅布のみで我慢しておくんだな!」

 精悍な男の目には、何としても搾れるだけ利益を搾り取ってやろうという欲望があふれていた。

 その口ぶりに、徐福は昨夜訪れた老人のことを思い出した。安期小生の失態をなじり、息子を次の長にと言っていた計算高く欲深い男……精悍な男は、その息子ではないか。

(あの親にしてこの子あり、か。

 だが欲をつつけば交渉はしやすそうだ、それに……こやつが次の『安期生』になる可能性も捨てきれぬな)

 徐福は、その男の名を尋ねた。

「分かった、条件を飲もう。おぬしの名は?」

「安息起、安期に次ぐ家の者だ」

 徐福は、取引の条件とともにその男の名を頭に刻んだ。

 取引の条件は、あまりに多大な対価を求められるものだった。だが、それでも徐福には勝算があった。

 不老不死……それは富と権力の頂点を極めた者が、何としても手に入れたがるものだ。そういう者の力を借りれば、子供や交換物資などいくらでも準備できる。


 道は見えた、ならば後は進むのみ。


 こうして徐福は不老不死の元となる血を発見し、それを手に入れる取引を交わして大陸に戻ってきた。

 目指すのは、この中華の大地を統一した最高権力者の力。

 運命の歯車は、回り始めた。

 力と欲望が噛み合わさって取引のための子供と物資を用意させ……徐福はそれらを載せた船団を率いて、再び島を訪れようとしていた。

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