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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第四十一章 引き継ぐ者
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(201)

 趙高が倒れた直後、子嬰は趙高の館で真実を知ります。


 趙高の配下が知らせた世の災厄に、子嬰は何を思うのでしょうか。

 そして、子嬰が自分に課した使命とは。彼は自分の運命を分かっているんです。

 咸陽の街を、慌ただしく人馬が駆け回る。

 いきなり起こった騒ぎに、都の人々は慌てふためいた。ついに反乱軍がここまで来たのか、国が終わり自分たちが殺される日が来たのか。

 だが、その不安は勇ましい兵士の声によってかき消された。

「皆の者、趙高の専横は終わった!

 新たな秦王、子嬰様が立たれた!

 趙高の一派を逃すな、皆一丸となって悪の根源を一掃するのだ!我らの秦に救った病を、この機に根絶やしにせよ!!」

 その声に、民たちの目に一斉に希望が灯った。

 もはや反乱軍くらいにしかどうしようもないと思われていた、趙高が倒れたのだ。

 民たちも、趙高の専横により反乱がなくても生きるか死ぬかの生活を強いられていた。それを、新たな秦王が終わらせようとしているのだ。

 愛国心が、忠誠心が湧かぬはずがない。

 これまで息を潜めていた民は、一気に立ち上がった。

 これまでの恨みを晴らすように、役所に押しかけて趙高の手下と思しき役人たちを引きずり出す。

「この野郎、さんざん俺たちから搾り取りやがって!」

「こいつ、趙高に賄賂を贈ってたらしいぞ!

 やっちまえ!!」

 たとえその役人が趙高の専横以前から働いていた有能な人材でも、彼も家族を守るために賄賂を贈らざるを得なかったとしても、関係ない。

 民に心の中の区別はつかないのだ。

 そうして、吹き荒れる内乱の中で多くの人材が殺されていった。

 それは、新たなる秦王子嬰も望まぬことであった。が、予想はしていても防ぐことはできなかった。

 子嬰の下にも、もうそれをやってくれる有能な臣が残っていないのだから。


 子嬰は、兵を率いて趙高の館に乗り込んだ。

「必ずや趙高を見つけ出せ!

 もっとも、あの傷では逃げられんと思うが」

 趙高の館とその周辺では、既に多くの配下や食客が殺されたり捕らえられたりしていた。恐怖で周囲を押さえつけていた趙高が倒れた今、もはや彼らの味方はいないのだ。

 館から勝手に持ち出した金目のものを差し出して必死に命乞いする者たちを見ていると、子嬰は哀れに思った。

「趙高の権力をかさに着てやりたい放題していたのに、それを失ったとたんこの有様か。

 所詮こやつらも、使い捨ての駒として踊らされていたにすぎぬのに。

 ……だが、こうなってしまった以上、まとめて処分するのが世のためか。

 甘い汁の味を覚えたならず者など、生かしておいてもよいことなどない。それに、もうこやつらに価値など……」

 しかし、空虚な気分で呟く子嬰の下に、兵士が一人の男を連れてきた。

「趙高と懇意にしていた医者です。

 子嬰様のお耳に入れたいことがあると」

「ほう……趙高のために使っていた毒でも、私に差し出す気か?」

 子嬰がそう言って冷たい目で見下ろすと、その医者はびくりと身を固くした。自分がこれまでしてきたことが、どれほど後ろめたいのか。

 それでも、医者は汗を流しながら子嬰に平伏して言った。

「い、いえっ……ただの毒ではなく、病毒でございます!それも、一旦広まれば世を滅ぼしかねないほど質の悪い……。

 趙高が秘密裏に研究させ利用していたそれについて、私は知ってございます!」

 それを聞いて、子嬰は少し思案した。

 命乞いの口上のようであるが、世を滅ぼしかねない病というのは気になる。もし本当であれば、きちんと始末しなくては。

「そうか、ならば早くその証拠を見せてもらおうか。

 もしその話が本当であれば、命だけは助けてやろう」

「ありがとうございます!では、すぐ趙高の部屋に……」

 医者はだいぶ安心した顔になって、すぐ目的地を吐いた。嘘ならこうはなるまい。だとすると、本当なのか。

(それはそれで、物騒な話ではある。

 だが、だからこそ私がしっかり後始末をせねば……)

 そう思案する子嬰に、ちょうど別の知らせが届いた。

「趙高を発見いたしました!

 寝室にてこと切れてございます、ご検分を」

 趙高は、思った通りもう死んでいた。これならもう、抵抗はないだろう。

 ちょうどこの医者の言うことを確かめるためにも、寝室に行くところだ。子嬰はこの医者に縄をかけ、寝室に踏み込んだ。


 寝室は、血痕でひどく汚れていた。寝台の上はもちろん床にまで趙高が這いずったらしい血の跡がべったりとついている。

 そこに入った瞬間、子嬰は鼻をつく悪臭に顔を歪めた。

 趙高は死んだばかりで他に死体はないのに、部屋の中には腐り果てた死体のような悪臭が満ちている。

 それに気づいた医者が、ぎょっと顔をこわばらせた。

「趙高様、まさかあれを……!?」

「ほう、何か心当たりがあると申すか」

 子嬰が死体に近づくことを許してやると、医者は血相を変えて趙高の傷口を覗き込んだ。それから大慌てで、寝台の下を漁り始めた。

 それを眺めている兵士が苦笑して、子嬰に告げる。

「この趙高も、寝台の下に頭を突っ込んで尻を出したままこと切れておりました。

 ただ隠れようとしただけかと思いましたが、この下にそんな大層なものがあるのでしょうか?

 しかし、死に際にまで財産に固執するとは!」

 だが、子嬰の表情は固いままだった。

「いや、どうやらそういう話でもなさそうだぞ……」

 程なくして、医者が真っ青な顔を上げた。

「やはりそうだ!趙高様はあれをお使いに!」

 医者の手には、細い竹筒が握られていた。さらに医者が兵士たちに頼んで、寝台の下にあったものを引っ張り出させる。

 それは、一通の手紙が入った開かれた金庫だった。

 子嬰がそれに手を伸ばそうとすると、医者は切羽詰まった様子で訴える。

「そんなことより、早く趙高の死体を縄で縛ってください!特に口には布をつめて、そのうえで口が開かぬように!

 手遅れになる前に、早く!!」

 子嬰は何のことか分からなかったが、とにかくその通りにさせた。

 事情は分からないが、知っていそうな奴が尋常ならぬ様子で訴えているのだ。たとえさっきまで敵でも、こういう時は素直に聞くものだ。

 特別こちらが不利になることでもなし。

 趙高の死体をぐるぐる巻きにすると、医者はようやくホッとして額の汗を拭い、子嬰の前に平伏して告げた。

「迅速なご処置、ありがとうございます!

 これでひとまず、世の滅びは避けられました!

 つきましては、趙高が研究させていたこの病毒について知る限りをお話しします。信じがたきことも多いかと存じますが、どうかお聞きください。

 その前に……大変危険な話でございます、どうか人払いを」

 兵士たちは不安そうな顔をしたが、子嬰は下がらせた。

 この期に及んでどんな甘い誘惑があろうと脅しがあろうと、子嬰に屈するつもりはない。だって、屈しても屈しなくても自分の未来に大差はないだろうから。

 そんな事より、今は己の使命を全うしなければ。

 子嬰は、医者の話すことに静かに耳を傾けた。


 そこで、これまであったいろいろな事の真実を知った。

 祖父、始皇帝が莫大な人と財を注ぎ込んで探し求めていた不老不死の正体。その副産物である、正気を疑うようなおぞましい病毒。

 徐福と盧生、侯生が不老不死の研究をしていたこと。偶然それを知って手中にした趙高に芽生えた、野心と嫉妬。

 それに嫌気がさして去った徐福と、研究の現状。

 始皇帝の呪われたような死の真実、そして実験台にされた李斯たちの死に様……。


 だいぶ簡潔だが全てを聞き終えると、子嬰は長いため息をついた。

「そのような事があったのか……世の中、本当に何があるか分からぬな」

 子嬰の反応に、医者は逆に驚いたように呟く。

「信じて、くださるので……?」

「否定する要素はないし、何より証拠も実験場もあるのだろう?それを感情で拒んだとて、良いことにはなるまい。

 私は全てを知り、できる限り対処せねばならぬのだ。

 世の理を覆すほど危険なものなら、なおさら」

 子嬰はそう言って、金庫の中にあった手紙に目を落とした。

「差しあたってまずやらねばならぬのは……その実験施設の確保か。

 この手紙を見る限り、趙高はずいぶんと奴らを頼りにしておるようだな。奴らの長も、趙高に忠実だったようだ」

 その手紙は、地下の実験施設に宛てたものだった。

<この手紙が渡ったということは、私は死んでしまったのでしょう。

 ですが、私は病毒を使い、人食い死体として復活の日を待ちます。

 あなた方はこれから、最優先で私に人の意思を取り戻させるための研究をなさい。あなた方ならやり遂げると、信じています>

 趙高は、自分が道半ばで死ぬことも想定していたらしい。

 そしてもし間に合えば人食いの病毒を使って体だけでも保存し、さらに研究を続けさせてそこから復活しようと考えていたようだ。

 この手紙は、その願いを地下の実験施設に託したものだ。

 子嬰は、その手紙を握りしめて呟く。

「ふふふ、もうその願いを叶えてやる気はないが……私にその存在を知らせてくれたことは感謝しよう。

 後の世に、こんな災いの種を残す訳にいかぬ。

 行くぞ、阿房宮の地下へ!」

 子嬰は、すぐに問題の実験施設に踏み込むことに決めた。

 そこまで危険なものを扱っていると分かった以上、うかうかしていられない。趙高の死に気づいて下手に動かれる前に、確保せねば。

 趙高を倒して終わりではない。災いはできる限り、自分がいる間に始末せねば。

 きびきびと動く子嬰の目には、悲壮なほどの決意が宿っていた。

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