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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第三十六章 崩れゆく道
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(180)

 バイオハザード系あるある:ものすごく危険な兵器でも戦果しか頭にない外道にはメリットにしか見えてない。特に上が追い詰められると、そいつらの意見が幅を利かせる。

 どんなに正確に危険を示す資料を揃えても意味がないことってありますよね。


 さあ、今度は故意による危機が始まりますよ。

 それから少し経ったが、趙高が手に入れるはずの天下はうまくいかなかった。

 李斯や馮去疾はさすがに真面目過ぎる堅物だけあって、調べさせても不正の証拠が一向に出てこない。

 おまけに、反乱軍の鎮圧もうまくいかなくなってきた。

 章邯と囚人部隊は各地で反乱軍を打ち破ったが、章邯がそこを去ってしばらくするとまたどこからか反乱軍がやって来て勢いを盛り返す。

 モグラ叩きのように、倒しても倒しても追い付かない。

 それもそのはず、もう民の心はとっくに秦から離れているのだ。見える反乱軍を叩いても叩いても、すぐ民の中から新たな反乱軍が生まれる。

 そんな状況で転戦につぐ転戦を強いられ、さすがの章邯と囚人部隊も疲れ切っていた。

 そしてついに、章邯たちが反乱軍に敗れたという報告が届いた。

 敵に、項羽という化け物のように強い将が現れたのだという。

「くっ……そんな力を持ちながら、なぜ反乱軍などに味方するのだ!?

 私につけば、ずっといい待遇で迎えてやるものを!」

 趙高は歯噛みしたが、どうにもならない。実は趙高はこれまで何人もの反乱軍の将に寝返らないかと誘いをかけてきたが、誰一人として乗ってこなかった。

 一般の将兵ではとても稼げない、破格の金を提示したというのに。

 だが、それも当然だ。

 趙高はこれまで、何の罪もなく真面目に国に仕えてきた者たちをどんどん殺してきた。そのためもし仕えたら、自分もいつかはそうなると思われているのだ。

 もっとも趙高としては、粛清した者たちも書類上は罪をでっち上げて法に則って処罰したので、疑われることなどないと思っている。

 しかし真実を語る人の口に戸は立てられない。

 秦に暮らす人々の多くは、趙高が全く信用してはならない外道だと知っている。

 あまつさえその外道の苛政から自分が逃れる、あるいは民を救いたいと願う反乱軍が、秦に仕えたがる訳がなかったのである。

 もはや天下に、本当の意味で趙高の味方はいない。

 誰も彼も怯えて表面上従っているか、騙されているか、自分の目先の利益のためにくっついているかだ。

 こんな状態で、反乱を鎮圧できる訳がない。

 趙高は本格的に、地下で思いついた切り札を使おうと考え始めた。

「こうなれば……人食い死体を使うしかないかもしれませんねえ。

 さっそく、地下にいる者たちに作戦の検討をさせねば」

 趙高はさっそく、その作戦を立てる者を食客たちの中から選ぶべく、欲望の巣窟と化した屋敷に帰っていった。


 少しして、趙高の使者から伝えられた言葉に、石生は絶句した。

「……人食いの病毒自体を、兵器として使うですと?」

 石生は、伝えられた作戦の意味が分からなかった。

 趙高の言う事には、反乱軍の鎮圧に人食いの病毒を使うのでこの食客たちと共に作戦を立てろという。

 つまり、地上で生きている人間に人食いの病毒を使うということ。

 だが、人食いの病毒はこれまで厳重に地下で管理してきたものだ。

 もしこれを地上に出せば、何も知らない人々の間に感染が広まり、地上はあっという間に人食い死体で覆いつくされるだろうから。

 この研究の創始者である徐福が、それを恐れて厳重に禁止した。

 だというのに……こいつらは、趙高は一体何を考えているのか。

「あ、えっと……これを地上に出すのは厳禁です。

 趙高様にも、基本事項としてお伝えしているはずですが?」

 やっとのことでそう説明した石生を、食客の一人が怒鳴りつける。

「黙らっしゃい!!禁止禁止規則規則と、どうせそれも人が決めたことじゃろが!そんな固い事を言っておるから、おまえらの研究はうまくいかんのだ!

 昔からの、決められたやり方を破ってこそ、時代は進むのだ!!」

 いきなり自分たちの研究の進め方まで否定されて、石生は目まいがした。

「で、でも……人食い死体は、人間に制御などできぬものですよ!?

 あんなものを地上に出せば、感染を敵だけに絞ることなどできません。どのような人間にも、あれは容赦などしないのです!

 そんなことをすれば、民が皆死体に変わり国が滅んでしまいますよ!!」

 石生はぐらぐらする頭を支えて、必死で言い返す。

 こんなことは、これだけは許してはならない。

「そもそも、この人食いの病毒は不老不死に至り人の苦しみを取り除く過程で作られたもの。これ自体を使うべきものではないのです!

 徐福様も私も、世を滅ぼしたいと思ってこのようなものを作った訳ではございません。それをこのような使い方、許されません!

 いくら趙高様でも、やっていい事と悪い事があります!陛下に訴えますよ!?」

 石生とて、研究の産物を生かせたらという思いはある。

 だから研究を終わらせるという、徐福の意見には反対した。

 しかしそれはあくまで人を幸せにし世を良くするためのもので、こんな世を滅ぼすような使い方を望んだわけではない。

 今の病毒は、どう考えても世のため人のためにならない。

 趙高だって、大切な秦の国を荒らしたいはずがないのに……。

 だが、それを聞いた食客たちはせせら笑った。

「ハッ、世が滅ぶだと?そんな事以前に反乱軍に国を滅ぼされそうだから、あれを使いのではないか!

 反乱軍より人食い死体の方が処分が簡単ゆえな。

 それに、そのために作ったものでなくても使えるものは使わねば損ではないか」

「帝に訴えるだと?てめえらみたいなモグラ風情が、どうやって?

 その帝も最近ここに来てねえだろ。てめえらがあんまりにものろまで強情だから、愛想が尽きちまったとよ!」

 そう言われて、石生はぎくりとした。

 確かに最近、胡亥がここを視察に訪れていない。

 もちろんそれは趙高の策により胡亥が宮中に閉じこもってしまったせいだが、ずっと地下で働き詰めの石生は知らない。

 だから本当に見捨てられかけていると思い、ひどく傷ついた。

 石生にも、ここまで研究を支援してもらいながら成果を出せぬことに負い目があった。それは、石生が研究に注ぐ情熱の裏返しでもある。

 思わず怯んだ石生に、悪賢そうな食客は言う。

「あなたにこの作戦に参加しろとは言いませぬ。

 我々もまだ立案段階で、すぐやる訳ではありませぬ。ただ今は可否を決めるべく、これまでに分かった情報を借りに来たのです。

 あなたは情報だけ出して、あなたの研究に打ち込みなされ。

 もしあなたがもっとましなものを作れば、そちらを採用するかもしれませぬぞ!」

 とりあえず情報だけと言われて、石生は差し出した。

 これだけ危険性の詰まった情報を見れば、まともな頭の持ち主なら考え直すだろう。そのためには、差し出す方が得策だと思ったから。

 それに、石生はまだ趙高を国を良くする忠臣だと思っていた。

 趙高が地下では物腰柔らかく腰を低くしているし、石生は地下にこもりきりで国の現状に全く気が付いていないせいだ。

 あんないい人が支えるいい国に反乱とはけしからんと思いつつ、石生は自分の研究……不老不死の方を急ぐことにした。


 しかし、趙高とその取り巻きたちの頭がまともな訳がなかった。

 人食いの病毒に関する資料を手に入れた食客たちはさっそくそれに目を通したが、彼らにとってそれは便利な兵器にしか見えていなかった。

 口では可否を決めるなどと言ったが、あんなものは相手の警戒を解く方便だ。

 彼らの中では、この作戦はもうやるものと決まっている。だって、やめてしまったら自分たちの功績にならないではないか。

「ほほう、感染の仕方によっては潜伏期間が長いのか。

 これなら気づかぬうちに感染を広げられるわい!」

 彼らにとって危険とは、敵を多く倒せて自分たちの功績が増えるということである。

 目先のことしか考えない彼らに、感染が広がって身内や自分までやられたり、社会が崩壊したりという考えはない。

 全ては、自分の手柄になるかどうかだ。

 食客たちは効果絶大と判断し、すぐ趙高に報告に向かった。


 その頃、趙高の下に別の報告が届いていた。

 趙高は、函谷関の向こうを守っている李斯の長男が反乱軍を通してしまったのは内通していたからだという筋書きで捜査を命じていた。

 しかし、その長男は捜査するまでもなく反乱軍に殺されてしまっていたのだ。

 それを聞くと、趙高は少し考えてニヤリと笑った。

「ほほう、死んでいましたか……これは都合がよろしい。

 死人に口なしと申しますからな、こちらがどのような供述調書を作ろうと訴えられまい。これで李斯を追い落とす口実ができました。

 それでは、これが李斯に知れる前にさっさと収監してしまいましょう!」

 同僚の息子が死に秦の守りがまた一つ敗れたというのに、この発想である。もはやどこからどう見ても、まともではない。

 そこに、食客たちが人食いの病毒について提案しに来た。

「資料を見たところ、あれは反乱軍に絶大な効果を発揮するでしょう。

 しかしどのような状況で感染を広げると効率的かを考えるために、我々にも一度感染実験をさせていただきとうございます。

 ただ……石頭の石生は、正直に言うと許可しないでしょうが」

 なんと食客たちは、自分たちも兵器としての実験をしたいと言い出した。

 もちろんこれは情報を得るというより、早く趙高の望むようなものを見せて褒美をもらいたいだけである。

 だが趙高は、それを許可した。

「なるほど、よろしいでしょう。兵器として使うのも一度は試した方がよい。

 何、石生はどうせ地下から出ぬのだから、あれにはやらないことにしたと言っておいて病毒だけ持ち出せばいい。

 そして、地下ではなく地上の閉鎖された環境で実験すれば良いでしょう。

 ちょうど……被験者としていい者を収監することですしねえ!」

 趙高は、これ以上ないくらい邪悪な笑みを浮かべていた。

 ついに地上で行われる悪魔の実験と、政敵の収監……この二つの出来事は、趙高の頭の中でつながって面白い見世物となった。

(さあて李斯殿、馮去疾殿……最期まで、国の役に立って死んでいただきましょうか)

 趙高の魔の手はついに李斯と馮去疾の首根っこを掴み、これから開幕する悪夢の舞台に引きずり込もうとしていた。

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