(16)
島の秘密が明らかになっていきます。
徐福を捕まえた男の名は、安期小生……仙人を名乗っていた男に似ていますが、これは何を意味するのでしょうか。
そして徐福が喉から手が出るほど欲していた、島の弱みとは。
島の者は、徐福をどこかへ運んでいく。
しばらくして荷車は、放棄されたと思しき廃屋が立ち並ぶ場所で止まった。
身なりのいい男は、一人で徐福を荷車から下ろして背負うと、そのうちの一軒に入っていった。
「ふむ、重いな……だが、いい体をしておる。
我が一族を立て直す血としては、申し分ない!」
男はやや苦労して徐福を座敷牢と思しきところに運び込んだ。
そして、徐福を下ろした勢いのまま、どかりと座り込む。
「ふう……朝から働きづめで疲れたわい。
少しここで休憩し……」
その時だった。男の後ろから、唐突に声がかかったのは。
「ならば、その間俺との話に付き合ってもらおうか」
男は、ぎょっとして振り返った。
徐福は、先ほど薬で昏倒させたはずだ。あれの効果は、この目で何度も確かめている。こんなに早く意識が戻るはずはない。
だが、徐福はしかと目を開いて男を見ていた。
「なっ……貴様!?」
驚く男に、徐福は転がったまま笑いかけた。
「なに、話に付き合ってもらうだけだ。おまえが手荒な事をしたり仲間を呼んだりせぬ限り、俺も大人しくしているさ。
まずは、俺がこれからどうなるのか説明してもらおうか。
さっき、血をもらうとか何とか言っておったな?俺の体が保証されぬようなら、俺もこうしてはおれぬのでな」
徐福はそう言って、縛られた手を少しだけ持ち上げて見せた。
「ずいぶんと作りの荒い縄だな、え?
不具の者だらけの村では、満足な拘束具も作れぬか?この程度の物ならば、少し無理をすればどうにか抜けられぬことも……」
「うわっま、待て!
命は取らぬから話を聞いてくれ!!」
男は、大慌てで徐福をなだめようとした。
ここで反撃されるのはまずい。味方もいなければ、ろくな武器もない。
そもそも、あの毒粉に耐えられる者自体が想定外だ。普通は意識が戻るまでにたっぷり一日はかかるので、一人でも牢に入れてしまえる。
だからこそ、こうして一対一で対応できたのだ。
だが、この目の前にいるよそ者はもう動けそうなほど回復している。
男は徐福に底知れぬ恐怖を覚え、丁寧に名乗った。
「手荒なまねをして悪かった、おまえをこれ以上傷つけやしないから安心してくれ。
俺は安期小生、この島の若頭のようなものだ。
俺の力でどうにかなる限り、おまえに不自由はさせないようにする。だからどうかここにいてくれ、おまえはこの島の希望になるのだ!」
すっかり委縮して平伏す男に、徐福はしてやったりと笑った。
実際には、徐福は動けるほど回復していない。さっきやったように、ほんのわずかに手を動かすのがやっとだ。
しかし、脅しとしては十分だったようだ。
それに、対策として服用した丸薬により、思考能力としゃべる力は回復している。今は、ひとまずこれで十分だ。
「では、俺に何を求めているのか、説明してくれるな?」
男は……安期小生は青ざめた顔でうなずいた。
「一言で言うとな、おまえには多くの子供をもうけてほしいのだ」
開口一番、安期小生は言った。
「子供?」
徐福が問い返すと、安期小生は少し恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「そうだ、要するにおまえの健常な子ができる子種をだな、島中の女に与えてたくさん子を生ませてほしいのだ。
そうして健常な子が増えれば、島は持ち直す。
もう島内の血筋を混ぜるだけではとても改善できん。
おまえ、集落の有様を見ただろう?」
それを聞いて、徐福は納得した。
「なるほど、あの奇形と障害の多さは親近相姦が原因だったか」
先ほど見た集落では、もう奇形を持つ者の方が外見だけでも普通の者より圧倒的に多かった。障害についても同じだとしたら、もうこの島の社会が崩壊する日も近いだろう。
この閉鎖的な島では、外からの血が入ることがほとんどない。子を作って血を継ぐことも、ほぼ島内のみの交配で完結してしまう。
だが、それを長く続ければ続けるほど、血は濃くなり淀んでいく。
子はできにくくなり、流産や死産が増え、生まれても奇形や障害を持つ者の割合がどんどん増えていく。その結果、人口そのものが減っていく。
何もしなければ、島は滅びを待つばかりであろう。
「おまえは、まだ見ておらぬと思うがなァ……」
安期小生は、遠い目をして呟いた。
「この蓬莱島以外の二つの島にも、元は集落があったのだ。瀛州と方丈……百年ほど前までは、三島全てに人がいたらしい。
今でも、二つの島には多くの廃村が残されている。
だが人の数が減るにつれて、二島は放棄された。もはやこの島に全てを集めて収束させなければ、生活を営めなくなったのだ」
「なるほど……確かに海中の神山は三つと伝えられておる。
元は、三つの島全てにここと同じような社会があったのだな」
既に、元からあった社会の半分以上は滅びてしまったということか。
そして、最後の砦である蓬莱島も、もはや滅ぶ寸前だ。幻の神山が本当に幻になってしまう日は、もう遠い話ではない。
安期小生は、徐福に深く頭を下げてすがるように言った。
「だから頼む、どうかこの島に留まって、新しい血を入れてくれ!
おまえは体も強くて頭も良く、見たところ病気なども持っていないようだ。おまえの子なら、強くて賢い子がたくさん生まれるだろう」
しかし、徐福は乗り気になれなかった。
それを察すると、安期小生はますます必死になって言い募る。
「おまえが食うに困らぬようにはする!
それに、島中の女を抱き放題だぞ!
島内では、できるだけ自由に暮らせるようにする。島を出さえしなければ、我々はおまえに危害を加えん。
おまえは島を蘇らせた大いなる父として崇められるのだぞ、どうだ!?」
だが、熱く言われれば言われるほど、徐福は冷めていった。
島が滅亡の危機に瀕していることは分かった。しかし、なぜそのために自分だけがこんな目に遭わねばならないのか。
だいたい漂流者なら他にもいるではないか。
それを何もせず逃がしておいて、今さら何を言っているのか。
徐福はうんざりしたように顔をしかめて、安期小生に言った。
「……なあ、どうしてこんなになるまで何もしなかったんだ?」
はっと押し黙った安期小生に、徐福は当てつけるように言う。
「ここまで血が淀んだところに、今さら俺一人の血を混ぜても、根本的な解決にはならんだろう。
確かに数十年、子や孫の代くらいまでは持ち直すかもしれん。だがそれより後は、結局また同じことだ。
俺の子孫がそうなると分かっていて、子種をやろうとは思わんな」
「ぐっ……それは……!」
反論できない安期小生を、徐福はいぶかしげに見つめていた。
この島の問題は深刻だが、解決は至って簡単だ。時々やって来る漂流者を捕まえ、島に取り込むか、少なくとも子を数人作らせればいい。
島民がきちんとそれをやっていれば、こんな事態は防げたはずだ。
それができずにここまでなってしまったということは、それができない理由があるということだ。
その理由について、徐福には心当たりがあった。
「おまえたちが何もしなかった理由を、言ってやろうか?」
「何だと!?」
青ざめる安期小生に、徐福は言い放った。
「おまえたちは何もしなかったのではない、できなかったのだ!
外から来る者を取り込んで子を作らせる、それができない原因があるだろう?大陸にはなくて、ここにある恐ろしい怪異……。
あの死体が動いているような化け物だろう!!」
その瞬間、安期小生の顔に動揺が噴き出した。
「お、おまえ……あれを見たのか!?」
その顔に、徐福は自分の考えが正しかったことを確信した。
「やはりな……あのような怪異が何の害もなさぬはずがない。
この島が外からの来訪者を受け入れられぬのは、あの化け物のしわざであろう。大方、呪いか毒気の類で島の者以外は早々と死んでしまうに違いない。
そのせいで、外から来た者は多くの子を残すほど長く生きられぬのだ!
俺のことも、同じように使い捨てにして殺す気だろう!?」
「違う!!」
安期小生が叫んだ。
その声には、切なる訴えの響きがあった。
「……いや、確かにあのように死体を動かす血が原因には違いないが……。
しかし、あれ自体は何の害もなさぬ。腐敗し、臓物をこぼしながら歩き回るだけだ……見た目の不快や悪臭は害といえば害だが。
あれは妖怪の類ではない、ただ動き回るだけだ。呪いも毒気もない。
だから、おまえがあれに殺されることはない。それは安心してくれていい」
安期小生の説明に、徐福は少しだけ首を傾げた。
「ふむ……思ったより複雑な事情がありそうだな。
話してもらおうか。その方が、お互いのためになりそうだ」
どうも安期小生は、徐福を生贄にするために嘘をついている感じではない。
安期小生も困っていて、自分にできる限りで何とかしようとしているのだ。ならば、手を取り合う余地があるのではないか。
そもそも安期小生の方が助けを欲しているから、島の弱みをわざわざ話してくれたのだ。
ならば、ここはお互いに手の内を明かして話し合った方がいい。そうすれば、徐福にとっても安期小生にとっても助かる方法が見つかるかもしれない。
「そうだな、どのみち島の中だけではもうどうにもならぬ。
おまえがここに来たのも、何かの縁かもしれぬ。これが我らの助けになるならば」
安期小生も、観念して頭を下げた。
どうやら、帰れる糸口は掴めたようだ……徐福は心の中で、ホッと胸を撫で下ろした。




