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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第三十三章 二つの滅び
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(161)

 超久しぶりに、取引先の蓬莱です。

 徐福は大陸の希望をかけて蓬莱に取引を持ち掛けますが、蓬莱側の回答はどうでしょうか。


 楽をしすぎると人は変わるもの、特に広い世界を知らないお山の大将は……。

 時々手紙でやりとりをしていた島の長は、こんなになっていました。

 その日も、蓬莱は栄華を享受していた。

 栄華といっても一部の元々島民の上層部だけで、多くの元気な若者たちは畑仕事や漁に勤しんで上の生活を支えている。

 蓬莱の一番大きな集落には島に不釣り合いなほど豪華に飾り立てられた宮殿が作られ、そこでも多くの若者が支配者たちに仕えたり侍ったりしていた。

 元は山と森ばかりだった方丈と瀛州も切り開かれ、平地のほとんどが畑に変わっている。

 そして三島全てのあちこちに家が立ち並び、炊煙が上がっている。

 以前徐福が訪れた九年前とは、見違えるような変わりようだ。

 そんな蓬莱で一番高い楼閣の上で、今日も安期小生はうまい酒を飲んでいた。

「うーむ、この全てがわしのもの……実に素晴らしい」

 安期小生は徐福から千人の少年少女を受け取って島の主となってから、大陸人たちを支配し仙人の代理として君臨している。

 成長してきた少女たちを何十人も娶り、健康な子がそれはもうたくさん生まれた。

 徐福に会うまでは、考えることもできなかった夢を越えた幸せ。

 だが、安期小生はこれくらいで終わるつもりはなかった。

「ぐっふっふ……次は何を大陸から持ってきてもらおうかのう!いずれ、ここにいれば大陸のものが何でも手に入るようにしたいものじゃ」

 安期小生はそう言って、侍らせた女の尻を撫でた。

「今ここにいる女よりもっと美しく、様々な芸事に秀でておまけに床上手な女が、大陸にはわんさかいると聞く。

 酒も、ここで作ったものはどうにも大陸の美酒に及ばぬ。あれももっとたくさん持ってきてくれれば良かったものを。

 はてさて、どう話を持っていけばもっともらえるかのう?」

 安期小生の顔には、限りない欲望がにじみ出ていた。

 これまでこんなに楽をしていい暮らしを手に入れてこられたのだ。満足してしまうなどもったいない。自分たちは、もっと手に入れられるはずだ。

 そのために、多くの島民と島の秘密を売ったのだから。

 徐福は近頃研究をやめるなどと言い出したが、とんでもない。

 自分たちにとってこんないい商売は他にないのだから、是が非でも続けねば。もし大陸からの恵みが途絶えたら、自分たちはあの何もない貧乏暮らしに逆戻りだ。

 幸い、徐福としては治療法が分からぬ限りやめる訳にいかないらしい。

 ならば、これからも搾れるあてはある。

「フッフッフ……大陸人全てが人質か、素晴らしい!

 それらしい話があるようなフリをしておけば、まだまだここは発展できる。

 そのうちここが、大陸の都も遥かに及ばぬ天国になるのじゃ!自分たちの命のためなら、大陸人はいくらでも差し出そうなあ!

 ワッハッハッハ!!」

 安期小生は、大陸の人々を完全になめきっていた。

 死んだ老害共は大陸の国をひどく恐れていたが、何のことはない。思い切って取引してみれば、こちらの思うままではないか。

 何が滅びの災いだ。これまで何の役にも立たなかった尸解の血を売るだけで、向こうが自分から首に鎖をつけてくれた。

 こんなボロい商売はない。何もかもうまくいく。

 大陸の人々など、怖くもなんともない。

 そうして完全に思い上がっていたから、海の彼方から大型船がいくつも現れたのを見ても、特に警戒はしなかった。

「ほほう、今回の取引は気合が入っておるのう!

 せいぜい自分が尻につけた火を消すために、もっと貢いでもらおうか!」

 安期小生はそう言って、上機嫌で杯を傾けた。


 一日ほど経って、徐福と数名の男が小船で上陸してきた。

 九年前は礼儀正しく自ら出迎えた安期小生だが、今回はただ使いの者を走らせて徐福を自らの宮殿に案内させる。

 そして自分は動かずに、どっしりと座ったまま待った。

 やがて徐福がやって来て、安期小生を見て目を細めた。

「おぬし……安期小生、か?」

「おお、いかにも!見違えたであろう?

 しかしおまえは変わらぬな、ハハハッ!」

 安期小生は尊大にそう言って、嘲るように笑った。自分がこんなに富貴になったのに、徐福が相変わらず粗野なのがおかしかったのだ。

 しかし、徐福から見れば逆だ。

 九年前あんなに思慮深く聡明だった安期小生は、すっかり堕落して太り果て、楽をすることしか考えぬ卑しい男に成り下がっていた。

 思わず、これがあの安期小生なのかと疑ってしまうほどに。

 そこには他にもあの時徐福を助け協力してくれた者たちが島の有力者として集っているが、誰一人としてあの頃の面影を残していない。

 あの時皆が抱いていた島を救いたいという理想は、ぜいたくに浸ってすっかり肥大化し、全く別の醜いものに変わってしまった。

 彼らの徐福たちを見つめる目も、変わってしまった。

 九年前は島の救い主として期待と尊敬がこもっていたのに、今はもう次は何をもらおうかと欲望ばかりを向けてくる。

 完全に見下し、侮り、いいようにできると思っている。

 徐福が不快そうに顔をしかめると、安期小生はえらそうに言い放った。

「何だその顔は?人に物を頼む態度ではないな!

 求めるものがあるなら、貢物だけでなく態度でも示さぬか!」

 すると、周りにいる島の支配者たちもゲラゲラと下卑た笑い声を上げる。そのうえ、さっそく自分の欲しいものをふっかけ始めた。

「米の美酒が五十樽で、今の無礼を許してやるぞ!」

「話に応じてほしくば、もっと美しくて芸もできる女を二十人よこせ!

 大陸人全員の命がかかっているんだから、それくらい安いもんだろう?ほれ、これで子々孫々の命が買えると思うて」

 もう完全に、徐福たちを支配している気分だ。

 徐福の取り巻きの一人が小刀に手をかけたが、徐福はそれを制して言った。

「もちろん物資は持ってきたとも、そして今回は人もな。

 それぞれの要望は、目録に目を通してから言ってもらいたい」

 徐福がそう言って差し出した目録を、安期小生はさっそく読み進める。その口元が上がり、涎が落ちそうに歪んだ。

「ほほう……清らかな少年少女が三千人か、豪勢だのう!

 他にも鉄製の農具や、牛馬、羊か……かゆいところに手が届くではないか。

 よろしい、話だけでも聞いてやろうではないか!」

 安期小生が言うと、徐福は真剣な顔で告げた。

「話とは、もちろん治療法のことだ。俺は治療法もしくはその手がかりを探すために、これだけの貢物を持ってきた。

 そのために今回は、調査の専門家も連れてきている。

 どうかこの貢物と引き換えに、我々の手で島を捜索させてもらえぬだろうか?」

 それを聞くと、安期小生はあからさまに不機嫌になった。

 当たり前だ、そんな事をされたら自分たちにもう何の情報もないとバレてしまう。それでは、もう大陸から恵みを得られない。

 しかしすぐに手が届くこれらの貢物を、我慢できる訳もない。

 酒浸りの頭で考えた末、安期小生は答えた。

「そう簡単に分かったとは言えぬな。

 なので、こうしよう。今夜おまえたちの貢物で我々のための宴を開き、我々を満足させることができれば調査を認めよう」

 要は、考えてやるから先に物をよこして楽しませろということだ。

 どう見てもただで物だけせしめようという魂胆がバレバレな提案だが、徐福は微笑んでうなずいた。

「……分かった、宴の準備をさせよう。

 それはそうと、三千人の子供たちと家畜は他の二島に分けて下ろしてよいか?一つの島に三千人は多すぎる」

「ああ、良いとも。そして、宴は我々だけじゃぞ!」

「もちろんだ、持ってきた物資はおまえたちのためだけのものなのだから」

 話を合わせながら、徐福は取り巻きに何事か指示を出した。そうして表では宴の準備が、裏では別の準備が整えられた。


 その夜開かれた宴は、蓬莱の者たちがこれまで経験したことのない素晴らしいものだった。

 軽妙な音楽が奏でられ、色とりどりの衣装をまとった美女が舞う。そして島の支配者たちの前に、前回とはまた別の美酒と美味が並べられている。

「ワハハハッ分かっておるではないか!

 そうよなぁ、このような宴が毎日できたら満足だが、果たして……」

 すっかり酔ってだらしなく顔を緩めながら、安期小生は限りなく欲深いことを言う。

 徐福はその杯にまた酒を注ぎながら、たしなめるように言った。

「おいおい、それでは毎日大陸から船を出さねばならん。さすがに無理だ。

 それでもこれからはよく肉を食えるように、牛馬も羊も連れて来てやったじゃないか。これを増やせば、ずっと食っていけるのに」

 徐福は、恒久の恵みを与えよという希望に少しは応えてやる気もあった。できるだけ穏便に調査させてもらえたらと、少女たちに付け焼刃だが楽と舞を覚えさせた。

 だが、そんなものではこいつらの欲望の沼は満たせないらしい。

「なあ、島をよくするための取引だろう?足りないものはまだまだあるんだよ!

 そうだ、最近方丈と瀛州で海岸の崖崩れが多くて困っている。もう畑が減らないように、とびっきりの祈祷師を連れてきてくれよ」

「あたしねぇ、八人も子供を生んだら体の調子が良くないのよ。

 大陸の技術なら、こういうのも治せるんでしょ?ま、治らないならあんたたちの仲間を治す方法もなしだね!」

 好き放題望みを言って、これがなければ調査はさせないと言う。

 もはや、いくらこちらが出しても埒が明かないのは明白だ。

「そうか、分かった分かった……明日になれば、おまえたちの暮らしは変わるさ」

 徐福がそう言ったのを話半分に聞きながら、安期小生たちは酔い潰れて眠りについた。

 そこにどかどかと徐福の手下たちが乗り込み、宴の跡片付けと同時に全く別の準備を始めた。

 望むだけ望んでふっかけて、それで自分たちの世界がどう変わるのか、狭い島の支配者たちは想像もできなかった。

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