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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第三章 失われた島
16/255

(15)

 ゾンビを見た徐福は島から逃げ出すために島の弱みを探しますが、そううまくはいきません。

 しかし、島は確かに他に見せられない異常を抱えていました。


 中国の神は今でこそ人間と同じ姿で描かれますが、古代ではだいたい半人半獣だったそうです。

 徐福は、背中に冷水を浴びせられたようだった。

 いつの間にか、隣に誰かが立っている。

 顔を見られないように足だけを見ると、そこにいるのは女だと分かった。血色が良くて張りのある、生きた人間の足だ。

 徐福の心臓が、再び縮み上がりそうになった。

 あの化け物のことばかり考えているうちに、島の住民にここまで近づかれてしまったのだ。全く気付かなかった。

 いや、島の者は初めから徐福を捕えるつもりで声をかけずに近づいたのか。

 万事休すか……いや、まだ捕まる訳にはいかない。

 徐福は、今度こそ最悪の手段も辞さないと覚悟を決め、短剣を握った。

 しかし徐福が襲い掛かる前に、女は歩き出した。徐福のことなどまるで意に介さぬように、ばしゃばしゃと川に入っていく。

 そして、かついでいた桶を下ろし、水を汲み始める。

 徐福は、あっけにとられた。

(こいつは……俺が部外者だとまだ分かっていないのか?)

 だとしたら、まだ逃げ出せる。

 しかしその一瞬の判断の間に、女が顔を上げてこちらを向いた。

 しばし沈黙の中で、二人の視線が交錯する。

 顔を見たことで、徐福は気づいた。女の目は、片方があさっての方向を向いている。それに、表情にどうも締まりがない。

 見知らぬ男と向き合っているというのに、女の表情はあまり変わらない。驚きや恐怖はあまり感じられず、ただ戸惑っているように見える。

 少し経つと、女は何事もなかったように再び水汲みを始めた。

 桶一杯に川の水を汲み、川から出て来た方に戻ろうとする。

「おい、待て!」

 徐福はすかさず、女の腕を掴んで声をかけた。

 今ここで危害を加えられないのは、ひとまずそれでいい。だが、自分という部外者の存在を知られたまま他の住民と接触されるとまずい。

「おまえ、俺が誰だか分かるか?」

 徐福が強く問うと、女はおろおろとして首を傾げた。

「え……誰?あなた?

 私は、水……水を汲まないと……」

 どうも返答が要領を得ない。質問の意図そのものが、よく分かっていないような口ぶりだ。

(知恵遅れか……?いや、そう偽っているだけかもしれん)

 表情と受け答えからして、どうも前者のような気がするが、現時点でそれを確かめる術はないし、そうする必要もない。

 徐福は素早く手刀を繰り出し、女を気絶させた。

 そして、必要最低限の縄で女の足を近くの木にくくりつける。

 これで、多少の時間を稼げるはずだ。いずれ戻って来ない女を探しに人が来るだろうが、とりあえずここから離れることはできる。

(くそっ……これでは網の目が細かくなるばかりだ。

 あの化け物と出会ってから、どうも心が乱れていかんな)

 徐福は、つい油断して姿を見られてしまった己に歯噛みした。

 自分に残された時間は、どんどん少なくなっていく。心中を焦がす焦りと戦いながら、徐福はまた歩き出した。


 日がだいぶ高くなった頃、徐福は集落の近くに来ていた。

 結局、林の中では大したものを見つけられなかった。島の弱みは、やはり人がいるところでないと見つけられないようだ。

 だが、集落と畑の様子を遠目に見ているだけでも分かることはあった。

(作業をしている者はそれなりにいるが、指示を出す者が妙に少ないな)

 畑を耕したり水をまいたり、単純な作業をしている者は多い。しかし彼らは、誰かに声をかけられない限り休むことも別の作業に移ることもない。

 そして、声をかけて彼らに指示を出して回っている者の数が、少ないのだ。

 単純作業をする者数十人に対し、指示を出す者は多くて十人程。明らかに、指示を出す側が忙しく動き回っている。

(奴隷の管理が厳しいのとは、少し違うな)

 身分の上下が厳しいところは大陸でもよくあるが、そういう場合でも奴隷は大まかな支持を受ければ自発的に考えて仕事をするはずだ。

 しかし、ここの雰囲気はそれとは違う。

 単純作業をする者に、自分で考えさせていないのだ。

 いや、させていないのではなく、できないのだとしたら……。

 徐福の頭の中に、一つの仮説が組み上がった。

 その元は、漂流者の証言だ。漂流者は島を出るときに、何かの粉を吹きつけられ、意識がもうろうとしている間に帰されていたという。

 だが、中にはそのまま頭がぼんやりとして、元に戻らなくなった者もいるという。

(何かの毒で、意識を混濁させて働かせているのか?)

 もちろん、別の可能性もある。

 先ほど川の側にいたあの女は、どうも障害があるようだった。思考能力に問題があるゆえに、単純な作業しかできない……そんな者が多いのだとしたら……。

 集落に忍び込んで様子を伺うと、どうも後者の予感が濃くなった。

 集落で作業をしている者の中に、奇形や障害を持つ者が多すぎる。

 先ほどの女と同じような斜視は序の口で、足が奇妙に曲がってよたよたと歩いている者、口が裂けて閉じられないため涎を垂らしている者など、実に様々な障害を抱えた者がいる。

 精神面でも、ぼんやりした顔つきの者が多い。

 これでは、他から指示を出してできる事をやらせるしかないだろう。

 その状況に、神仙の伝承と重なる部分を見出して、徐福は苦笑した。

(神は半ば、獣のよう……か)

 古き時代、人ならざる力を持つ神は人ならざる姿をしていると思われていた。

 女媧は蛇の体に人の首、神農は人の体に牛の首、他の多くの神々もだいたい普通の人間ではない姿をしている。

 だから奇形の子が生まれると、場合によっては神の子だと言われたりもするのだ。

 そう考えると、奇形だらけのこの集落も、人ならざる血を継いだ証ととれなくもない。少なくとも知識のない者、迷信深い者ならそうとってもおかしくない。

 この光景も、この島が神山と噂された原因の一つだろうか。

(……だが、島の者はこれを外の人間に見せたがらぬ。

 わざわざあんな不便な島の裏側に専用の館まで作って、外から来た人間がこちら側を目にしないようにしていた。

 ……ということは、これは……)

 見せたがらないということは、弱みの可能性が高い。

 徐福は、ようやく口元に希望の笑みを浮かべた。

 これを辿っていけば、どうにか帰るための交渉に使えそうな弱みを握れるだろう。

 そう考えた矢先だった。


「いたぞ、動くな!!」

 突如として投げかけられた言葉が、徐福を凍り付かせた。

 振り向けば、数人の男がこちらを見ている。

「くっ……見つかったか!」

 徐福は短剣を投げようとして、やめた。

 相手は複数、しかもそのうち二人が弓を持っている。あれに攻撃されるのはまずい。矢の当たり所によっては、最悪ここで殺されかねない。

 徐福は抵抗を諦め、武器を捨てて両手を上げた。

 すると程なくして、徐福の前に見知った男が現れた。

「やってくれたな……ずいぶん探すのに手間取ったぞ。

 大人しいふりをしておいて、最後の夜に姿をくらますとは、ずいぶんと練られた動きだ。まんまと出し抜かれたわ!」

 その男は、仙人の館にいた身なりのいい男だ。

 どうも、この男が外から来た者の対応を任されている総責任者のようだ。

 穏やかな対応も、こうやって予想外の事態が起こった場合の荒事も、全て……。つまりこの男を説き伏せることができれば、自分は助かる可能性が高い。

(……さて、これまで得た情報の中で、使えそうなのは……)

 徐福はざっと頭の中を整理してみたが、まだ直接決め手になりそうなのは見当たらない。

 それでもどうにか話をしようと口を開きかけた徐福に、男は気味の悪い笑みを浮かべて近づいてきた。

「まあ安心しろ、殺しはせぬ。

 おまえには、生かす価値がある。その血を、我々のものとする価値が」

 徐福は、男の片手が何かを握っているのに気づいた。

 男はもう片方の手で身に着けていた襟巻を引き上げ、口と鼻を覆った。

「おまえを殺しはせぬ、生きて我々にその血を与えるのだ。

 帰り道はどこにもない、海で無為に死ぬよりは我々の仲間になって生きた方が良いだろう?

 ……しかし、おまえは少々できすぎた男だ。このまま監視して生かすにはちと手がかかりすぎる。我々に必要な部分以外は、少し削らせてもらおうか」

 男が袖で目を覆い、何か握っている方の手をかざす。

(来る!!)

 徐福には、、それが何であるか既に見当がついていた。


 それは、漂流者の証言だ。

 何かの粉を吹きつけられ、意識がもうろうとしている間に……。


 徐福は、意を決して口の中に仕込んでいた丸薬を噛み砕いた。

 次の瞬間、男の手から徐福に向けて粉末が放たれる。徐福は目と口を閉じ、鼻からはできるだけ長く息を吐いてそれが体内に入らないようにした。

 だが、徐福の体からは力が抜けていく。

 島の者たちが見ている前で、徐福は昏倒した。

 それを見届けると、身なりのいい男は襟巻の下で満足そうに笑った。

「よし、後は我々が処理する。他の者は持ち場に戻れ!」

 男を取り巻いていたほんの数人が徐福を縛り上げ、近くにあった荷車に乗せる。男は徐福の体を眺めると、安心したように肩の力を抜いた。

「一時はどうなる事かと思ったが……終わってみれば、良い拾いものであった。

 この男の血は必ずや、我々の助けとなろう!」

 男の表情は、何か大きな助けを得たようであった。

 荷車の上で徐福が目を開け、明らかに意志を持った視線を投げかけたことに、気づく者はいなかった。

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