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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第二十九章 止められない
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(144)

 盧生と侯生の作り上げた、作戦を進めるのに最適の舞台……しかし、巡幸となると徐福サイドからも抜けてしまう人が出ます。

 その穴埋めは、やっぱり……。


 適していないと思われつつピンチヒッターを任された彼は、きちんと作戦ができるのでしょうか。

「ほう、陛下を巡幸に連れ出すというのか!」

 盧生と侯生の報告に、徐福の顔がぱっと明るくなった。世代交代の秘策を実行する、千載一遇の機会を作ってもらえたのだ。

「うむうむ、素晴らしい作戦だ。

 これで今調べがついている反体制派、今の世を憂う者たちの兵力を集めれば、陛下を処分できるかもしれん。

 工作部隊には、早速動いてもらおうか!」

 徐福は嬉々として、指示を出した。

 しかし、そううまくはいかないものである。

 尉繚たち工作部隊に、巡幸に先行して道中の安全を確保せよという始皇帝からの命令が下ってしまったのだ。

 工作部隊が徐福たちに従っているのは手が空いている時そうせよという命令であり、それより重大な任務ができてしまったらそちらを優先せねばならない。

 よって、尉繚と潜入工作専門の者たちはそちらに回ることになる。

「くそっいいところで……しかし陛下の命令とあらば、従わねばなるまい」

 歯噛みする尉繚に、徐福は苦い顔をしながらも別の指示を出した。

「仕方あるまい。……それに、旅に出るなら出るで、別にやってもらいたいことがある。

 おぬしには巡幸に同行する盧生と連携し、蓬莱と連絡を取ってほしいのだ。治療法について、蓬莱にまだ手がかりがあるかもしれん。

 病あればその地に薬あり、と言うからな」

 転んでもただでは起きない徐福は、別の方向を進めることにした。

 尸解の治療法もしくは治療薬となるものが、蓬莱にないか……巡幸で海岸地帯へ向かうついでに探らせることにしたのだ。

 盧生が巡幸先に燕を指定したのも、それを考えてのことだ。

 燕は斉と同じく東の海に面しており、斉より少し南に位置する。そして、斉と同じく仙人への信仰が盛んで方士の多い地域である。

 今蓬莱との連絡拠点にしている琅邪からは、海岸線を伝って海路で来られる場所だ。

 なので燕に盧生を滞在させて工作部隊を動かせば、蓬莱と連絡を密にして詳しく調べることができる。

 場合によっては、尉繚たちを蓬莱へ派遣することもできる。

「……なるほど、それはそれで意義がある。

 だが、となると問題は……」

「ああ、誰が扶蘇様に近づいて決起を促すかということだ」

 尉繚がいなくなり、潜入工作に長けた工作部隊も大部分が巡幸に駆り出されてしまうと、咸陽で作戦を進める者がいなくなる。

「扶蘇様も皇族だ、あまり身分の低い者や素性が知れぬ者とはお会いになるまい。

 特に、あの方は方士の言いなりになる今の体制を憂いており、こちらの手下と分かる者だと話も聞いてくれないだろう。

 何とか、つなぐ方法を考えなければ……」

 頭を悩ませる徐福と尉繚に、韓衆が声をかけてきた。

「ならば、小生が参ります!

 小生は盧生殿、侯生殿とよく口論になっていると周囲に知られております。あの二人を追い落したいと言って、国を憂う者たちに近づきます。

 そこから扶蘇様につないでもらえば……」

 しかし、徐福は不信感もあらわに言う。

「なるほど、扶蘇様につなげることはできるだろう。

 だが、おまえは本気で父を殺すよう説得できるのか?ここの秘密を漏らさず、情けを捨てて演じきれるのか?」

 韓衆は、立ち位置としてはまあまあ適している。しかしそれ以上に、自分に嘘をつけず汚い事を嫌うその性格が気にかかった。

 果たして、この残酷で大逸れた策をきちんと実行できるのかと。

「やります……これで、天下の全てがあの災いから救われるのならば!」

 韓衆は、徐福の目を正面から見つめて言いきった。

 そんな韓衆に、徐福と尉繚はどうしようかと顔を見合わせる。

 正直、こいつにあの策を任せるのは非常に不安だ。しかし、実行役がいなくて機を逃してしまったら元も子もない。

 徐福は、だいぶ渋い顔で念を押すように言った。

「分かった、そこまで言うなら任せよう。

 しかし、何度も言うがこの策の成否に天下の命運がかかっている。情に流されたり嫌だからできませんでした、では済まんぞ。

 必ずや、陛下を処分できるように動くのだ」

「……はい!!」

 決意のほどを見せるように、韓衆の返事が空気を震わせる。

 しかし、いくら口で勢いよく言ったところで心がついてくるとは限らない。韓衆は、今すぐにでもあふれそうになる情を、天下のためと己に言い聞かせて必死に抑えていた。

 それでも、この機を逃さぬためにこの件は韓衆に任せざるを得なかった。


 数日後、王宮でまた盧生、侯生と韓衆の言い争いが起こった。

 王宮ではもはや見慣れた光景であり、誰も止めようとせず遠巻きに見守っている。他の方士たちも韓衆を疎んじているので、どんなにひどいことを言われても助けない。

 しかし、そこに蒙兄弟が通りかかった時、侯生がいつもと違うことをした。

「黙れ、我らはいつでも陛下に申し上げておまえを処罰できるのだぞ!

 生かしてもらえるだけありがたいと思え!!」

 これまでにない横暴な言葉と共に、韓衆に平手打ちを見舞う。

 思わぬ暴力に打ち倒され、蒙兄弟の足下に転がる韓衆。それでも周りの他の方士たちはニヤニヤ笑うばかりで助けない。

「いい気味だ、もっとやれ!」

「どっちも目障りなんだよ。韓衆はこいつらに処分してもらえば、もううるさくなくなって毎日快適だ。こいつらは化けの皮がはがれて追放されちまえ」

「そうなったら、わしが後釜に座ってやるぞ!」

 あまりの醜さに見ていられず、蒙兄弟は吐き気を催す。

 そして、それに対するささやかな抵抗のつもりで韓衆を助け起こす。

 盧生と侯生はそんな蒙兄弟をも嘲るような目で見たが、将軍の蒙恬がいると分かるとそそくさと去っていった。

「た、助けてくださり……ありがとうございます……」

 韓衆が弱弱しくお礼を言うと、蒙恬は同情するように言った。

「いやいや、あいつらの横暴をこれ以上見過ごせぬだけよ。

 それに、おまえは方士の中でも変わり者だが誠実と聞いておる。そのせいで、そこにいる詐欺方士どもに嫌われているとも。

 だが、拙者はそんなおまえの方が信じられるぞ!」

 その優しい言葉に、韓衆は思わず蒙恬にすがりついた。

「ううっそうなのです!

 小生はきちんと自分の体で試して安全な薬を作っているのに、あの嘘ばかりの方士どもは金にならぬと馬鹿にして……。

 盧生と侯生など、そんな努力より人を信じさせる嘘の方がよほど価値があると……あ、あんなものをのさばらせておいたら、この国が……!」

 話が国のことに及びかけると、蒙毅が慌てて韓衆の口を塞いだ。

「気持ちは分かるが、ここではまずい。

 話はたっぷり聞いてやるから……場所を変えよう」

 その時、蒙毅の手の下で韓衆の口がかすかに笑った。

 こうして、韓衆は今の国を憂う蒙兄弟の家に引き入れられ、時々出入りするようになった。韓衆は二人に盧生と侯生のひどさを訴え、蒙兄弟はそれを聞いてさらに憂いを深くした。

「そうか……陛下はそんな嘘話にのめり込んで……」

「何ということだ、もはや陛下の下では天下の平穏は望めぬか」

 元から蒙兄弟も始皇帝に幻滅しかけていたせいで、二人と韓衆の会話はどんどん弾む。そして自然に、なら誰が国を治めるのにふさわしいかという話になる。

「やはり、扶蘇様に望みをかける他あるまい……」

 三人はいつしか、扶蘇なら国をどう治めるかというところまで話すようになっていた。

 韓衆は、見事に憂国の士の懐に入り込むことに成功した。そのきっかけとなった盧生と侯生の横暴も、もちろん演技である。

 韓衆は任せられた仕事をきちんとこなし、他にも国を憂う将軍や方士を憎む儒者たちと交流を深めていく。

 ここまでは、非常に順調であった。


 裏で計画が動き始める中、ついに始皇帝が巡幸に出発する。

 六台の轀輬車と多くの兵士たち、そして始皇帝が旅先でも仕事をするために李斯を始め多くの高官が咸陽を後にする。

 もちろんその中には、盧生と侯生も含まれている。

 盧生は別の仙人を探すふりをして蓬莱の調査の中継となるため、侯生は巡幸の間じゅう始皇帝に付き添ってまた何か言いだした時に対処するために。

 尉繚たちの姿はこの行列にはないが、もう出発している。先に東に向かい、蓬莱と連絡を取ったり尸解の民の故郷と思しき楚で治療の手がかりを探したりしている。

 盧生と侯生は、咸陽を振り返って姿の見えない韓衆に手を振った。

(うまくやれよ、そして天下を救ってくれ!)


 一方、韓衆はこの機に扶蘇に会って計画を進めようとしていた。

 今回の巡幸に、始皇帝の子供たちは加わっていない。扶蘇も胡亥も、久しぶりに父の監視から解放されている。

 咸陽に残っている行政の最高責任者は、左丞相の馮去疾。この男は上からの命令があればよく働くが、自分で何か決めるのは苦手で李斯より事なかれ主義である。

 世代交代の舞台は、整ったかに見えた。

 しかし、咸陽の後宮、見えにくいところに野心を持つ者も残っている。

「くくくっ……この機に、方士の秘術を暴いて手に入れられませんかねえ」

 普段よりがらんとしている王宮で、趙高は不老不死への渇望をさらに燃え立たせる。

「へえー、それって僕にも何かいい事あるの?」

 そんな趙高の脚に、いつも面倒を見てもらっている公子の胡亥がまとわりつく。胡亥も、楽をして何かを手に入れるのが大好きだ。

 その胡亥もまた、始皇帝の跡を継ぐ可能性がある公子の一人だ。

 監視の目は緩み、韓衆は順調に仕事を進めている。このままうまくいけば、扶蘇が立って天下が平穏を取り戻す日は近いかもしれない。

 だが、それに影を落とす暗雲は王宮の奥と韓衆の心に潜んでいた。

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