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後処理の地下パート、まだ侯生には大事な任務が残っています。
この研究の最重要人物である徐福は、今どこにいましたか?
そして、地下に閉じ込められて助けを待つ中、徐福の心に今までになかった変化がありました。だって、あれだけ対策をしたと思っていたのにこんなになってしまったもの……。
さらに、まだ解き明かすべき謎が残っています。
軍法会議にて処分が決まった翌日から、侯生は宣言通り精力的に働き始めた。
「まずは、陵の工事が安心して行えるよう離宮の災いを取り除かねばなりませぬ。
危険な仕事ですが、これも陛下の永遠のためでございます。必ずや、陵を陛下の安住の地としてみせましょう」
そう言って、工作部隊たちを引き連れて工事現場へ向かった。
休んでなどいられない。急がねばならぬことがある。
(徐福殿……無事でいてくだされよ!)
侯生は、祈るような気持ちで地下へと向かう。
まず真っ先にやらねばならぬこと、それは徐福と助手たちの救出であった。
離宮で感染が広がりさらに死刑囚たちが解放されて暴れ出した時、徐福は地上への感染拡大を防ぐため自分もろとも離宮を隔離した。
本宮と実験区画の間の通路を、断ったのだ。
そのため徐福と助手たちは、未だ地下に閉じ込められている。侯生が外から救出しなければ、ほぼ助かることはない。
まず彼らを救出し安全を確保することが、急務であった。
徐福たちは、地下で助けを待っていた。
生きているのは徐福と十名ほどの助手、そして数名の工作部隊だ。
徐福たちは、閉ざされた地下でどうにか生き延びていた。時々襲ってくる人食い死体を倒し、地下にあるものを消費しながら。
地下離宮や実験区画には、元々人間が暮らすためのものが少し蓄えてある。助手数十名と、実験体用の死刑囚百人が数日生きられる量が。
それを使う人間は十数名まで減ったため、食糧はまだまだ余裕だ。
水も地下の泉から水道が引いてあり、空気もきちんと通気口から新しい空気が送り込まれる。そのため水道と食糧がある一部を制圧すれば、生きる事自体は難しくない。
問題は、明かりだった。
隔離された部分は全てが地下である。ゆえに、明かりがなければ全てが闇に包まれてしまい、まともに行動できなくなる。
人食い死体の襲撃に対応することも、できなくなる。
もちろん燃料の灯油もそれなりに蓄えがあったのだが……解放された死刑囚がめいめい勝手に持ち出したため、ほとんどなくなってしまった。
そのうえ坑道の壁につけておいた明りすら、だいぶ持ち去られてしまった。これでは、通路に明かりを灯すこともできない。
徐福たちはできるだけ一つの明りの届く範囲に固まっているが、それも限界が近づきつつあった。
「油は、あとどれくらいもつ?」
「は……あと、一日半ほどかと」
助手が答えるのに、徐福は険しい顔をした。
「まずいな……ならば、あと半日の間に籠城か脱出かを決断せねばならん」
今徐福たちに取れる選択肢は、二つ。このまま明りの限界までここで助けを待つか、その前に離宮出口からの脱出を図るかだ。
そのどちらにも、利点と難点がある。
籠城ならば、安全が確保されたこの場から動かなくていい。明かりが切れても、この場をしっかり封鎖すればしばらくは生き延びられるだろう。
ただし、外から助けが来なければ死を待つしかない。
一方、脱出ならば外からの助けはいらないが、代わりにいろいろと危険がつきまとう。明かりがなく人食い死体が潜む道を、長く進まねばならない。
当然、ただここに留まっているより多くの明りを同時に灯さねばならない。時間当たりの灯油の消費は、籠城の何倍にもなる。
それでも、明かりを惜しむ訳にはいかない。
照らせる範囲が狭いと、人食い死体の発見が遅れ、自分たちの中からさらに感染者や人食い死体を出すことになる。
そんな状態で脱出すれば、また地上を危険に晒す。
何のためにこうして今自分たちを閉じ込めているのか、分からなくなってしまう。
そのうえ、脱出しても外がどうなっているか分からない。
盧生と侯生の息のかかった者が周りにいれば、助かるかもしれない。しかしそうでなかったら、正体不明の賊として最悪処刑も有り得る。
徐福たちは、今ここにいてはいけない人間なのだ。
事情を知っている者と地上に出てすぐ接触できなければ、命すら危うい。
慌てて脱出して盧生と侯生が対応できない間に命を取られてしまったら、それこそ何のために脱出したか分からない。
そんな本末転倒な結末だけは、避けねばならない。
「……結局、地上に出ても盧生と侯生が無事でなければどうにもならぬ。
ここは二人を信じ、籠城するべきか」
徐福は、心細く揺れるたった一つの灯火を見つめて呟いた。
(そもそも、地上への感染拡大が防げたかまだ分からん。
もし離宮出口が破られてそこから人食い死体や感染者が外に出てしまっていたら……地上に戻ったとて、そこは既に死の世界かもしれん。
それでは、地上へ出ようが出まいが結果は同じことだ)
徐福は、今の己の無力を感じ心の中でぼやいた。
仙人の秘密を求めて冒険していた頃は、己一人で誰も知らない理を解き明かすのだと燃えていた。
しかし、実際に研究を始めるとそうはいかない。
実に多くの者の力を借りねば、研究を続けるのは不可能だ。
そのうえ、仙人伝説の元を暴いて手に入れた理は、あまりに危険で大きな力だった。
うまく解き明かして利用すれば、人は死ぬという理を超えられる希望。しかしその中間産物は、人の世を死の世界に変えるとてつもない危険物。
いかに徐福といえど、ここまで両極端なものを手に入れたのは初めてだった。
それが引き起こした今回の惨劇を前に、つい弱気になりそうになる。
(元々は俺が求めたもの……しかし、俺の手に余るものだったか?)
だが、それでも徐福はこれまでの道が間違っていたと思いたくなかった。
だから、自分が見出した弟子二人を信じて待つことにした。二人が助けに来れば、これは自分に乗り越えられる試練だったということ。
助けに来なければ……それまでだ。
手を出すべきでなかったと嘆くのは、死の直前でいい。
果たして、その祈りは天に届いた。
徐福が内から封鎖した重く頑丈な扉は、侯生と工作部隊たちによって本宮側から開かれ……静かな地下に、侯生の声が響く。
「徐福殿、ご無事ですか!!」
ようやく耳にした自分たち以外の声に、助手たちは抱き合って喜んだ。
「やった、助けが来たぞ!」
「おーい、我々はここだーっ!」
その返事を頼りに、侯生と工作部隊たちがどかどかと踏み込んでくる。
外から持ち込まれた多くの明りに照らされた徐福と助手たちの顔には、希望の光があふれていた。
「徐福殿、助けが遅くなり申し訳ありません!」
半泣きになって謝る侯生の肩に、徐福は優しく手を置いた。
「いやいや、上出来だ。困難も多かったろうに、よく頑張ってくれた。
それに、これは元々俺が始めたこと……たとえ助からなくても、それは俺が受け取るべき結果だった。
なのに、よくおまえの身を張って助けてくれた!」
「いいえ、我々は徐福殿にここまで引き上げていただきました。
恩人にして師を助けるは、当たり前にございます!」
侯生は、すぐにでも徐福を連れ帰ろうとその手を取った。
「ささ、早く地上へ参りましょう。ここは危険でございます」
しかし、その手をぐっと引いて止めたのは、当の徐福であった。徐福は険しい顔で侯生と助手たちを見回して言った。
「地上に出る前に、今ここで感染がないか検査せよ。
地下にいた我々は、今普通に見えても安全とは言い切れん!」
最後まで、油断はならない。ここで気を抜いて感染者を外に出してしまったら、今まで苦労が無に帰す。
すぐさま、侯生たちが地下にいた全員を検査した。
侯生は、苦々しい顔で結果を告げる。
「助手が二人、感染してございます!」
「やはりか……その二人はこの場で処分せよ!」
徐福の予想通り、地下から助けられた者の中に感染者が潜んでいた。これを、地上に出す訳にはいかない。
しかし、感染が分かった二人は驚いて叫んだ。
「どういうことだ!?俺は噛まれていないぞ!」
「もしかして、前あの歌妓にこっそり手を出した時に……いや、でもあれは歌妓が外で天然痘をもらってくる前のはずだ!
俺たちに感染の機会なんて……」
目を白黒させる二人に、徐福は無情に言い放った。
「検査の結果が全てだ。
どうして感染したかは、後でよく調べておいてやる」
徐福の命令の下、工作部隊が二人の頭を貫いて絶命させる。その死体は地下を去る時に、停止させた人食い死体と一緒に焼かれた。
かくして、徐福と感染を免れた助手たちは無事地上へと逃げ延びた。
離宮での感染拡大からは本当に予想外の連続で、何か一つでも間違っていたら、ここにいる全員いや世界が助からなかった。
しかし、徐福たちは針の穴のような道をくぐって生還した。
生きて帰れた全員が、その喜びに心を満たされていた。
それでも、ここで終わりではない。
生きているのだから、研究はこれからも続ける。そして、今回の事件であった不可解な現象を解明しなければ。
事態は収束した。しかし、謎はまだ解けていない。
これまでの仮説で説明がつかない感染の謎を、解かなければ。
徐福は、感染していた助手二人の検査液を見て顔をしかめた。
「妙だな……液がこんな朱色になる頃には、とっくに症状が出ているはずだが。あの二人にそんな様子はなかった。
これは、またしっかり研究せねば……」
徐福は強く輝く太陽の下、新たにした研究心で弱気にふたをした。




