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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第二十六章 嵐の後
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(128)

 ようやく始皇帝の裁定が下ります。

 始皇帝や李斯たちは盧生と侯生を殺したくない訳ですから、それはもう……。


 そして、そこにはきちんと根拠がありました。法家の李斯が、今回の法的な問題を説明してくれます。

 さらに、今回の戦いで一番厳しい目に遭ったあの人が……。

 部屋の中は、しーんと静まり返っていた。

 それは、これから始皇帝が下す裁定に誰一人口を挟んではならないから。

 訴え出た将軍たちから、事情は聴いた。訴えられた方士二人の弁明も、聞いた。後は、両者の話を統合して判断するのみ。

 蒙恬たち軍人は、険しい顔で始皇帝を見上げている。どうか訳の分からない言い訳に心を動かされずに、軍法に則って裁いてくれと。

 李斯たち文官は、祈るように運命の言葉を待っている。どうか寛大なる裁きを下して、今後の政務に支障がないようにしてくれと。

 侯生は平伏したまま、盧生は担架の上で達観したように動かない。

 しばらくの静寂の後、始皇帝が重い口を開いた。

「二人に対する処分は、減給半年とする!

 これからは今回の分を挽回できるよう、より精を出して仕事に打ち込むこと。以上!」

 それを聞いた瞬間、侯生の顔がぱぁっと明るくなった。

「ははーっ!一層、精進いたします!!寛大なるお心、誠に感謝いたします!!」

 侯生は大きな声で返事をし、始皇帝に感謝を述べる。

 二人に下された裁きは、ごく軽い処分であった。軍法に違反すれば死刑すらよくある中で、軽すぎる処置である。

 当然、蒙恬や将軍たちは黙っていられない。

「どういうことでございますか!?

 軍法を犯し軍に損害を与えたるは、基本的に死刑。何か事情があったとしても財産没収のうえ奴隷に落とすと定められているはず。

 なのに、そのような軽い処分の根拠はどこにございますか!?」

 さすがに真っ向から反論することはできず、この軽すぎる処分の根拠を求める。根拠を示せなければ、それは不当な裁きとなるからだ。

 すると、始皇帝はうんざりしたように将軍たちを見下ろした。

「貴様らは、戦うための法しか知らぬ。ゆえにそのように考えても仕方があるまい。

 しかし今回のことは、それだけで裁くことではないのだ。

 李斯よ、分かるように説明してやれ!」

 始皇帝に言われて、李斯が将軍たちの方に進み出る。

 李斯は丞相という行政の最高官職である以前に、法によって国を治める学問を専門に学んでいる法家である。

 法については、ここにいる他の誰より詳しい人物だ。

 李斯は、憤慨する将軍たちを前に淡々と説明した。

「軍法のみに照らせば、二人の処分は貴殿たちの言う通りにするのが妥当であろう。

 しかし今回はそう単純な問題ではない。陛下もおっしゃったように、軍法のみで解決すべき事案ではないのだ。

 そうだな分かりやすく言えば……二人には、同時に達成できぬ二つの命令が下されていたのだ」

「同時に果たせぬ、二つの命令?」

 首を傾げる将軍たちに、李斯はさらに説明する。

「そう、二つよ……陛下の不老不死のために最善を尽くせという元からあった命令と、あの場で下された退却命令だ。

 それらは、一方に従えば一方を達成できなくなる。

 要は、必ずどちらかに背くことになる……命令そのものに問題があったのだ」

 李斯は、困ったように額に手を当てて言った。

 始皇帝の不老不死の道を守るためには、二人は最優先で離宮出口を守らねばならない。しかし、それでは退却命令には従えない。

 命令と命令がぶつかり合い、あちらを立てればこちらが立たずの状況に陥っていたのだ。であれば、どちらかに違反するのは必然。

 問題はその状況そのものにあり、二人にはどうしようもなかった。

 ならば、二人に違反した一方の規則だけを用いて罰を下すのは不当である。

 その行動によって生じた損害と逆に守れたもの、そしてそれぞれの命令の優先度を考えて処分を決めなくては。

「しかるに、これは相反する命令を下した者の責任でもある。

 貴殿ら、これで納得できぬのであれば、命令を下した者を訴えてみるか?」

 その言い方に、将軍たちはたじろいだ。

 命令を下した者、それはすなわち始皇帝である。

 始皇帝の下した命令に問題があってこうなってしまったのだから、不満があるならそこに訴えてみろというのだ。

 もちろん、絶対不可侵の皇帝にそんな事ができるはずがない。

 黙って歯噛みするしかない将軍たちに、その始皇帝が声をかける。

「李斯の言う通り、これは朕の下した命令の不備でもある。それでおまえたちにも迷惑をかけてしまったなら、詫びねばなるまい。

 しかし、朕も二人を助けようと思っての事で悪気があってではないのだ。

 償いに、この件で生じた部隊の損耗については特別に予算を組んで速やかに回復させるようにしよう。戦没者や負傷者には、手厚く慰問金を出そう。

 それで、許してもらいたい」

 そう言われると、将軍たちは引き下がらざるを得ない。

 始皇帝は、力で私情を押し通そうとしているのではない。この件における己の不手際を認め、現実的な落としどころを提示してきているのだ。

 不老不死と仙術に入れこむようになった今でも、こうして他のところでは現実をしっかり見て自分のまずさも反省する。

 その聡明さに、蒙恬は逆らうことができなかった。

「……分かりました。仰せの通りに」

 こうして蒙恬も納得し、二人の処分が確定した。

 罰はある。が、今後の活動に支障をきたすものではない。

 二人はこれからも、より精力的に始皇帝の不老不死のために活動し、いろいろと政治に口を出すだろう。

 それが、方士を信用しない者たちには悔しくてたまらない。

 蒙恬の弟で文官の蒙毅が、不満そうな顔でぼやく。

「……それにしても、方士のお二方ももう少しやりようがあったでしょうに。

 もう一つの使命の方が大事なら、それをきちんと兵や将軍たちに説明したうえで対処してもらえば良かったのです。

 それを、自分たちだけで何とかしようとするから……」

 すると、そこに馮去疾が反論する。

「そうしたら、兵や将軍たちは素直に聞いたのかね?

 私の下に報告が来ているが、二人が離宮出口を守れと言った時、末端の騎馬兵たちですら戦を知らぬ者の戯言だと取り合わなかったそうではないか。

 むしろ彼らがそんな態度だから、二人が体を張るしかなくなったのでは?

 兵士たちのそういう態度は、君のお兄さんたちの責任だよ!」

 そう言われては、将軍たちは返す言葉がない。

 自分たちだって命令に従っただけだという言い分はあるが、話を聞かなかったのは事実なのだ。

 それでも気に入らない蒙恬は、今度は切り口を変えて言い募る。

「では、驪山陵の工事現場で暴動が起こった責任はいかがいたします?

 二人は工事現場の責任者なのだから、労働者の監督についても責任があるはず。なのに、あれほどの暴動を防げなかった。

 監督を任された以上、監督の仕方を知らなかったでは済みませぬぞ!」

 そう言われると、馮去疾は歯切れの悪い顔をした。

「……と言われてもねえ、現場の労働者の管理はそれこそ二人の決めたことではない。既に秦の国法で決められたやり方に従っているだけなのだ。

 それでも起こってしまうことについては……」

「だから、その運用に抜かりがあったのではと……!」

 不毛な水掛け論が始まろうとした時、部屋の入口で待機していた伝令が声をかけた。

「恐れながら、その暴動の発端について、尉繚様から申し上げたきことがあると。

 今お通しして、よろしいでしょうか?」

 その名を聞いた途端、文官武官両方の視線がそこに集まった。

 尉繚といえば、秦の天下統一に大きく貢献した工作部隊の長である。その情報力は、誰もが認めている。

「おお、それはちょうどいい!

 何が暴動の原因だったのか、聞いてみようではないか」

 尉繚のもたらす情報があれば、何がどう悪かったのかすぐに分かるだろう。始皇帝もそれに賛成し、尉繚はすぐに招き入れられた。


 小一時間ほど後、部屋の中の全員があんぐりと口を開けていた。

「……と、いう訳でございます」

 部屋の中央で、尉繚は苦しい息の下説明を終える。

 工作部隊の配下二人に支えられて入室してきた尉繚は、盧生よりはるかにひどい有様だった。

 全身に火傷を負って包帯でぐるぐる巻きになり、激しい戦いの疲れと秘薬を使った反動で自力で立てない程消耗していた。

「おお、何と言う有様じゃ……一体何が?」

 驚く始皇帝に、尉繚は憤慨して告げた。

「蒙恬将軍がしっかり働いて、包囲した暴徒を我々が守っていた離宮出口に押し込んでくれたからですよ。

 殺しても殺しても集まってくる暴徒の群れに、私以外は皆黄泉にさらわれました。

 そもそも、その暴徒が発生した原因は……」

 尉繚によると、元々刑徒たちに大規模な反乱の計画などなかった。

 しかし離宮出口を守っていた警備隊長が、離宮から出てきた狂乱した住人たちを見て暴動の兆候と勘違いした。そして独断で配下の警備兵たちを動かし、刑徒たちに無意味な尋問と見せしめの処刑まで始めてしまった。

 それで理不尽に仲間を殺された刑徒たちは怒りと恐怖に突き動かされ、どうせ殺されるならと本当に暴動を起こしてしまった。

 疑いによる強引な行動が、本物の暴動の引き金を引いてしまったのだ。

 これには、文官たちも武官たちも呆れるしかなかった。

「何と……無実の者を勝手に罰して反乱の種をまくとは、言語道断である!」

「お、俺たちは……そんなものを鎮圧するために駆り出されたのか!」

 要するに、現場の下の方で起こった勘違いが都を揺るがすほどの暴動を招いてしまったのである。

 始皇帝は、頭を抱えて唸った。

「ううむ……皆、このようなくだらぬものに振り回されて災難であったな。

 これからは、何か疑わしいことがあっても独断で行動せず上の判断を仰ぐよう、末端の役人や兵長どもに徹底せよ!」

「は、御意に!」

 尉繚のもたらした真実が、責任の押し付け合いに終止符を打った。

 ここにいる誰も、決定的に悪くはない。そういうことだ。

 ただ今後このようなことが起こらないように末端の権限を削ることが決められ、会議はお開きとなった。

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