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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第二十二章 想定外
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(109)

 まさかの濡れ場、でもこの程度ではノクターン行きにはならないであろう。

 色気のあるシーンは書き慣れていないので、つまらなかったらご容赦を。


 歌妓は男を手玉に取れると思っていましたが、男が普通の男ではないことを忘れていました。いくら正論を並べても、相手の育った環境によっては通用しないこともあるのです。

 次回、ゾンビ注意。

 助手たちに命を取ると脅されてから、男の検体はビクビクしどおしだった。

 今までは体調などに気を遣って、いろいろ世話をしてくれるいい奴らだと思っていたのに……それが、自分を切り捨てるなどと。

 こんなことは、初めてだった。

 あの歌妓だって、元は彼らが連れてきてくれたのに……今さらになって引き離すとは一体どういうことなのか。

 自分の周りで、何が起こっているのか。

 いくら考えても分からなくて、男はどんどん不安になる。

 事実、男はこの地下生活の背景をほとんど知らない。

 自分が人食い死体を作るための実験体として連れて来られたことも、自分を病気にするために歌妓が当てがわれたことも、蓬莱の支配層が徐福への交換物資兼厄介払いとして自分を送りだしたことも……。

 男はただ障害の治療ができるかもと言われて船に乗せられ、見知らぬ地に驚いているうちにここに連れ込まれ閉じ込められてしまっただけだ。

 大陸の恐ろしい病気から、守るという名目で。

 事実、ここに来た仲間たちは女一人を除いて皆病気で死んでしまった。どんどん人数が減っていく中、次は自分かと怯えていた。

 しかし、幸い自分は大した病気にかからず、勝ち残ったように歌妓を自分のものにした。

 徐福たちは自分を幸せにしてくれた……はずだったのに。

 自分は一体、これからどうなってしまうのだろうか。

 思えば、自分の暮らしも幸せも全ては徐福たちから当てられたものだ。悔しいが、これは動かしようのない事実だ。

 つまり、徐福たちの判断一つで全ては奪われる。

 食べ物も居場所も、愛すらも。

 それを直視すると、男は身震いした。

 自分という存在は、徐福の手の中で生かされていただけだった。

 同時に、悔しくなった。

(畜生……従うしかないのか!別れるしかないのか!俺には、自分の愛を貫き通すだけの力もねえのか!!

 そんな……全部、あいつらの思うままだってのか!!)

 自分の無力が惨めで、仕方なかった。

 ここまま別れさせられると思うと、いくらでも涙がわいてくる。

 だが、どんなに悔しがっても怒っても反抗しようがないのだ。歯向かっても、自分が首を切られて歌妓が他の男に与えられるだけ。

 憎き徐福たちに打撃を与えることも、大事なものを握って交渉することもできない。

「いや……できんこともないぞ!」

 ここで男の検体は、あることを思いついた。

 徐福たちが大事にしている歌妓の体を押さえ、歌妓を他の男に取られないようにし、さらに歌妓との愛をもっと深められる方法を。

「へっへっへ……こうすりゃ俺とあいつは、本当の家族だぁ……!」

 男は血走った目をらんらんと輝かせ、同時に下半身の一部を充血させて歌妓の下へ向かった。


 歌妓は、冷たい水底にいるようなまどろみの中にいた。

 助手たちが男を脅して追い払ってくれたおかげで、疲れ切った体はすっと眠りに落ちた。さっき与えられた薬湯の効果もあってか、寒さも少し和らいだ。

 おかげで、歌妓はようやく意識を手放して休むことができた。

 ……が、その意識を再び引っ張り上げようとするものがある。

(やめて……重い、苦しい……。

 でも、とってもあったかい……)

 何か、重くて温かいものが自分にくっついている。

 尋常ならぬ冷えに襲われてぬくもりが恋しい歌妓は、つい本能的にそれに腕を絡めて抱き付いていた。

 だが、いきなり息が苦しくなった。

 口の中で何かが動くような感覚と、妙な臭い。

「……っ……あっ!」

 たまらず、歌妓は目を覚ました。

 そして、ぎょっとした。

 目の前に、見慣れた男の顔があった。さんざん自分のことを愛していると喚いて、休ませてもくれなかったあの煩わしい男。

 その男が自分の上に乗っていると気づいた時、歌妓は狼に捕えられた羊のような差し迫った恐怖を覚えた。

 それでも下手に機嫌を損ねてはまずいと思い、できるだけ優しく声をかける。

「あの……何してんの?」

 男は、ニンマリと笑って答えた。

「おまえを、温めてやりに来たんだ。

 こんなに冷えちまって、かわいそうになあ」

 男はこう言ったが、それだけではないと歌妓にははっきりと分かった。荒い鼻息、ねっとりと粘りつくような声、やや火照った体……歌妓にとっては、慣れた感覚。

 地上で店にいた頃も地下に来てからも、こういう状態の男の相手を数えきれないほどした。それが仕事だから。

 しかし、今はそれができる状態ではない。

 歌妓は何とか跳ね除けようとして、はっとした。

 歌妓は、既に寝巻の前をはだけさせられていた。そして、のしかかってきている男も全裸。もう収まりのつかない熱の証が、押し付けられている。

 さっきから温かかったのは、この肌のぬくもりだったのだ。

 歌妓は命の危機を感じ、顔を引きつらせて拒もうとする。

「その気になってるとこ悪いけど、今はちょっと体がついていきそうにないよ。こういうことはさ、もう少し元気になってからしよう。

 今は、手と肌だけで勘弁してくれない?」

 しかし、男の検体は妙に楽しそうに首を横に振る。

「だめだ……それじゃあおまえが孕まんだろう」

「は?」

 男は今、何と言ったのか。自分を、孕ませると言った。

 どう見ても明らかに本人の命もおぼつかない相手に、どうやったらそんな発想が浮かぶのか。

 この男は一体何を考えているのか。

「待って、それはもっと元気になってから……」

「うるせえ!!俺にゃそんなに待ってる時間はねえんだ!」

 いきなり、男は激昂した。

「元気になったら……おまえは他の男相手をさせられちまうだろうが!そうなる前に、子を作って家族になるんだ!

 それに……徐福と手下どもは、俺とおまえを何が何でも引き離す気だ。おまえに手を出したら、俺を殺すって……。

 でも、俺がおまえのなくちゃならねえ大切な人になれば……!!」

 その言葉に、歌妓はぞっとした。

 男は、何がどうあっても歌妓と別れたくない。命を取ると言われても、諦めきれなかった。

 だから別れられなくなるように、歌妓を孕ませようとしているのだ。そうすれば晴れて夫婦になれると、信じている。

「馬鹿なっ……そんな事したって、一緒になれやしないよ!

 あんたは殺されちまうし、あたしだってこの体で堕胎なんかされたら死んじゃう!いや、孕むだけでも体がもたないかも……!」

 歌妓は必死で思いとどまらせようとするが、男は聞く耳を持たない。

「何言ってるんだ、子ができたら結婚に決まってるだろうが。堕胎?授かった子をわざわざ流すなんざ有り得ねえ!

 島では、みんなずっとそうしてたんだ!」

 そう、蓬莱ではずっと男の言う通りだった。

 少しでも血の淀みを軽減するため、血筋をはっきりさせるために親子関係を固定する。少しでも健常な子が増えて欲しいから、宿った子は全て生ませる。

 そもそも、島には娼婦なんて職業はなかった。

 ずっとこんな環境で育ち外の世界を知らないせいで、歌妓の言うことが理解できないのだ。

 大陸、特に街では孕んだって夫婦になれるとは限らないし、邪魔な子を堕胎するのは娼婦にとってよくあることなのに……。

 男は、どこまでも狭い見識と暴走した本能に従って暴論を紡ぐ。

「大丈夫だ、絶対に夫婦になる!

 それに、母は強しって言うだろ?子ができれば、育てるために体だって気合が入るさ。

 そうだよ、寒いんなら赤ん坊に腹の中から温めてもらえばいい。俺と子が外と内から温めれば、病だって吹っ飛んじまうさ!」

 全く根拠のない滅茶苦茶なことを言いながら、男は歌妓の脚を開いて腰を進める。

「そんな、無理だよ!やめてっ!!」

 歌妓は無我夢中で抵抗しようとしたが、弱り切った体には力が入らない。

「分かってるさ……口ではそう言っても、本当は欲しいんだろ?

 体は正直だな、可愛いぜ!」

(ち、違う……体が、言う事聞かないだけ……!)

 歌妓が抵抗できないのをいいことに、男は好き放題に腰をぶつけ始める。必ず孕ませてやるぞとばかりに、執拗に何度も歌妓を貪る。

 男の方も、命の危機を感じて子を残そうと本能が暴走しているのだ。いつもの弱弱しいやり方とはうって変わって、全身全霊の力を込めて歌妓を揺さぶる。

 そんな激しい運動に、弱り切った歌妓の体が耐えられるはずがなかった。

「うっ……ぐっ……胸が、苦し……息が……!」


 助けに来てくれる者はいない。

 徐福と助手たちは実験が忙しくて、こんな真夜中までこちらを見張りに来たりしない。

 女の検体が元気なら嫉妬に狂って乱入してきたかもしれないが、彼女も彼女で急速に病魔に蝕まれて伏せっている。


 結果、歌妓は発情に狂った男の腕の中で息を引き取った。

「こ、んな……死に方ぁ……恨んでやる……呪って、やる……」

 新しい命を宿すどころか、たった一つの命すらその身からこぼれ落ちていった。

 同時に、命を失った歌妓の体におぞましいものが支配の根を伸ばしていく。早まった死を笑い、その亡骸を作り変えていく。

 それに気づく者は、まだ誰もいない。

 男は歌妓の死に気づかぬまま、力も精も尽きるまで腰を振って眠りについた。

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