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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第二章 徐福の船出
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(9)

 不老不死の仙薬探しをやめさせたい、尉繚さんの話です。

 彼は仙薬探しについて、既に失敗した記録を手に入れていました。仙薬を求めたのは、始皇帝だけではなかったのです。

 そして、尉繚が徐福の要求に対して抱いた疑念とは……。

 出航の日は、着々と迫っていた。

 徐福が要求した貢物と、全国から買われた処女童男たちが、続々と港に集まっている。

 威風堂々とした大型の船には、早くから積んでいけるものが次々と積み込まれていた。もう八割がた、準備は整っていた。

 徐福は最近、処女童男たちの身を清める儀式を行うとして、始皇帝の側にいない日が多い。

 さらに、始皇帝の不老不死のために役に立ちそうな方士たちを集めている。

 自分がいない間は、彼らの話を聞いて神や仙人に徳を知らせる行いをせよということだ。

 こうして始皇帝の周りには多くの方士たちが集まり始めたが、始皇帝は何となく寂しかった。徐福本人が役目のためとはいえ、近くにいなくなってしまうのが心細かった。

 帰って来られるかも分からぬ、海の彼方……毎日果てしない海を見つめるたびに、もう二度と会えぬのではないかと不安が募る。

 だが、行かせなければ不老不死は手に入らないのだ。

 始皇帝は祈りにも似た気持ちで、海を眺めて過ごしていた。


 そんなある日、尉繚が訪れた。

「必要な職人たちの身柄を、全て港に移動させました。

 船も、必要数揃っております。壊れたところがないか点検も済んでおりますので、ご命令があればいつでも出航できます」

 出航のために任せておいた仕事の、報告である。

「ご苦労であった、下がっておれ」

 始皇帝は、特に何の感情を示すでもなく短く返事をした。

 しかし、尉繚は下がらず、目の前にひざまずいたまだ。まるで声をかけられるのを待っているように、険しい顔でそこにいる。

 始皇帝はしばらく見ぬふりをして無言でいたが、尉繚が去る気配はない。

 そのうち始皇帝はしびれを切らして、声をかけた。

「まだ何か言いたいことがあるのか」

「はい、恐れながら」

 尉繚の返事に、始皇帝の顔が苦々しく歪んだ。

 最近、尉繚は始皇帝のやることに何かと文句をつけたがる。主に、不老不死についての事だが、尉繚はこの計画をやめさせたいようだった。

 反論は理論的でおかしい事を言っている訳ではないため、それを理由に首をはねるには足りない。

 それに、尉繚は得難い有能な人材だ。

 特に裏工作や情報収集については右に出る者がおらず、秦の天下統一でも大きな力になってくれた。今でも、与えられた仕事はきっちりこなす、優れた部下である。

 ゆえに、安易に首を斬ってしまうと代わりがいない。

 尉繚本人もそれが分かっているから、こんな不遜な事をするのだろう。そう思うと、始皇帝は胸がむかむかした。

 だが、どうも相手をせずには下がりそうにない。

 それならせめて早く済ましてやろうと、始皇帝はぞんざいに尋ねた。

「言ってみよ」

 すると、尉繚は何か古い書簡を差し出した。

「陛下は、今のこの計画が初めての試みであるとお思いですか?」

「それがどうした?」

「この書簡は、以前同じようなことが行われた時の記録でございます。斉と燕の史書から探し出して参りました。

 これによると、斉の威王及び宣王、燕の昭王も海中の神山を探すために船を出したとのこと。

 この書簡は、その時の資金や物資の目録でございます」

 始皇帝は、一応それを手に取って目を通し始めた。

 尉繚はその様子を見ると、己を奮い立たせるように一呼吸置いて告げた。

「かの王たちも陛下と同じように方士の言葉を信用し、莫大な資金をつぎ込んで海上を捜索させております。

 しかし、その全てが失敗に終わりました。

 方士たちは神山を見れども近づけなかったというばかり、そして注ぎ込んだ資金はどのように使われたかも分からぬまま戻りませぬ」

 その話しぶりに、始皇帝はあからさまに不機嫌になった。

「つまり、朕のこの計画もそのようになると?」

「それを判断されるのは陛下御自身です。

 ただ、このような資料が見つかったのでお耳には入れておくべきかと」

 始皇帝は、小さく舌打ちした。

 ここで失敗するなどと言えば、それを理由に罰することもできる。だが、はっきりと言わず判断を委ねてくるのが尉繚の賢い所だ。

 しかし、委ねられたなら己の思うように判断するだけだ。

 始皇帝は、尉繚から渡された書簡を投げるように返した。

「ふむ、かの王たちが失敗した事は認めよう。事実、かの王たちは不老不死になれなかった。

 だが、朕はそうとは限らぬではないか。

 朕はかの王たちとは違う、中華の全てを一つにし、天下を泰平に導いた皇帝であるぞ。君子としての格が、あやつらとは違うのだ」

 積んだ功績が違うから、仙人の対応も違うであろうとの考えだ。

 確かに始皇帝はこの広大な中華を一つにまとめ、長きに渡る戦乱の世を終わらせた。その功績は、国が分かたれていた時の王たちと比べるべくもない。

 さらに始皇帝は、尉繚の手に戻った書簡を見下ろして鼻で笑った。

「それに、捧げる貢物の質も量も、朕とかの王たちでは比べ物にならぬ。

 その目録を見てみたが、かの王たちの貢物の何と粗末なことか。これでは仙人に振り向いてはもらえまい。

 所詮一国の王が出せる物など、その程度よ。

 その点、朕は仙人の求めるものを全土から集められるのだ!」

 始皇帝は、胸を張って得意げに言った。

「物事を為すには、それ相応の投資が必要なのだ。

 国を滅ぼすにも運河を掘るにも、十分な資金と労力をつぎ込まねば良い結果は出せまい。おまえもよく分かっておろう?

 不老不死にも、相応の対価が必要なのだ。そして朕は、それを払うことが出来る!」

 その言葉に、尉繚は心の中で盛大にため息をついた。

 大事業に出費を惜しまないのは、始皇帝の長所でもある。

 かつて始皇帝は莫大な費用と長い年月をかけて秦の乾燥地帯に運河を掘り、灌漑で穀物の生産高を大きく上げた。他国の臣下を買収して国を弱体化させる時も、気前よく金を出してくれたので作戦は非常にうまくいった。

 天下を統一できたのも、この性質によるところが大きい。

 しかし、今回はそれが完全に裏目に出てしまっている。

 尉繚は、これまでの事を思い返して、悲しみに心の臓を焼かれる思いであった。

 もはや、理論的な説得は通じまい。そう判断した尉繚は、ついに工作部隊長の本領を発揮して密告めいた口調で進言した。

「ところで私は、徐福の要求した貢物に別の意図を感じます」

「ほう、別の意図とな?」

 始皇帝は、にらみつけるように目を細めた。

 さっきより、ずっと興味を惹かれた反応だ。

 始皇帝は疑い深く、他人をあまり信用しない。だからこうして猜疑心を刺激してやると、話を聞いてくれることが多いのだ。

 邪なやり方であるが、やむを得ない。

 尉繚には、どうしても進言せねばならない事があった。

「処女童男……つまり性病に侵されていない若者や子供を千人ずつ、そして生活に必要な各種の職人と保存食。

 これだけの人と物があれば、未開の土地に街一つ作れそうですな。

 徐福は……もう戻ってこないつもりではありませぬか?」

 その瞬間、始皇帝の眉間に深いしわが寄った。

「むうう……!」

 始皇帝にも、尉繚の言わんとする事は分かった。

 徐福は、東の海に出てどこか未開の島を開拓し、そこに住み着いてしまうのではないか。

 言われてみれば、徐福の要求した貢物は開拓に必要なものばかりだ。将来子供をたくさん産める処女童男を千人ずつ、各種職人と保存食は言うまでもない。

 始皇帝の理論的な頭脳でも、同じ結論に達したようだ。

 尉繚は、手ごたえを感じた。

「徐福め……もしや、朕の手の届かない国を作ろうと……!」

 始皇帝は、怒りにわなわなと震えている。

 このまま計画を中止してくれれば……尉繚がそう思った時だった。


「そのような事は、断じてございませぬ!」

 よく通る、どこか厳かな高い声が始皇帝の疑念に待ったをかけたのだ。

 はっと後ろを振り向いて、尉繚は歯ぎしりをした。

 そこに立っていたのは、二人の方士……盧生と侯生だ。徐福が弟子として推薦し、留守中に仙道について問うようにと遣わした者たちである。

 二人はしずしずと始皇帝の前に出ると、うやうやしく一礼して述べた。

「陛下におかれましては、その疑念のもごもっともでございます。

 しかし、徐福殿はそのような目的で船出するのでは断じてありませぬ!」

「貢物は全て、仙人に不老不死の薬を分けていただくためのもの。それをそのように疑われるとは、残念でなりませぬ。

 保存食や職人については直接捧げるものではございませんが、事を為すには必要です。

 仙人の気分によって、行き着けるかも分からぬ島に行くのですぞ?行った先で必要な物が生じ、いちいち船を戻して取りに来ていたら、いつまでかかるか分かりませぬ。徐福殿はそれも考えて、万全を期しておられるのです!」

 盧生と侯生は、滑らかな弁舌で始皇帝を説得した。

 その結果、始皇帝の疑念は火の側に置かれた氷のようにすっかり解けてなくなってしまった。始皇帝とて、あらぬ疑いで不老不死を逃したくはないのだ。

 始皇帝は穏やかな顔で、尉繚に下がるよう促した。

「おぬしは良い仕事をした、あらゆる可能性を考えて探るのが仕事であるからな。

 ご苦労であった、次の仕事に備えて休むが良い」

 こうなると、尉繚にはもうどうしようもなかった。

 尉繚は溶岩のような怒りと屈辱を胸の内に燃やしながら退出した。

 その途中、二人の方士だけに聞こえるようにぼそりとささやいた。

「戻ってくるものか……必ず、暴いてやるぞ!

 おぬしらもその時に、誠なき師を恨むがよい!」

 盧生と侯生はそれを聞き流し、お互いにしか聞こえぬよう呟いた。

「戻ってくるさ……ただし、本当の戦いはその後だがな」

「暴けるものなら、暴いてみるがいい……もっとも、その時はおまえも道連れだがな。いっそ誠なき師であった方が、良かったかもしれぬぞ」

 様々な思惑を含んで、出航の日は近づいていく。

 徐福のいない寂しさを盧生と侯生で埋めながら、始皇帝の夜は更けていった。

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