マリ子
「JAXA は医学総合研究所と共同で、あるものを開発したんだ。どんなウイルスでもごく微量あれば、それに対応するワクチンを、数日で作ることが出来る装置を!」
「ワクチンって普通、開発まで数ヵ月とか数年かかるんでしょう。それに100パーセント成功するとは限らないんじゃないかしら」
「美咲ちゃんの言うように、ワクチン開発を短時間で、しかも100パーセント成功させるのは、今までは不可能だった。でも、この新しい装置はそれを可能にする。もうほぼ完成して、あとは実験を何度か重ねていくだけなんだ」
『その装置を奪うのが目的ってことかしら』と乙姫。
「みんなが言う宇宙ウイルスが、本当に猛威をふるっているのだとしたら、おそらくそれが目的だろう」
『しかし、この地球上には無い未知のウイルスです。この装置が正常に機能すればいいけど・・』不安を漏らすセレーネ。
『そうだな』とポセイドン。
『でも、そんなものがここで開発されているなんて、サターンはどこで知ったんだ?』とアオ。
「とにかくこの出入り口を見張っていれば現れるわね!」
「そうだけど、いつ現れるかわからないからな・・そうだカメゾウ、お前じーと待ってるの得意だろ?!」
『えー、ボクが・・』
「ぼくも一緒にいてあげるよ」優しい駿。
そしてゼウスとポセイドンは、再び被害状況の収集にあたっていた。
『そうか、被害は拡大しているか!』アかにも手だてはない。
『それに銀河系でも!』
『なんだと!ついにきたか・・』
『この太陽系の正反対に位置する恒星に被害が確認された』と深刻な表情のゼウスだ。
『・・やはり宇宙ウイルスなのか』
『早く対策をとらないと、この太陽系も危ない』
『くそー、こんなとき天空の神ゼウスならどうしたろうか・・』
JAXAでは・・
『あーあ、退屈だなあ』アクビをするカメゾウ。
「こら、カメゾウ、ちゃんと見張れよ!」と駿。
「ガイアの顔は駿しか知らないんだ。頼むぞ!」と太郎。
『駿、駿・・』
「ん?何、カメゾウ」
『おしっこしたくなっちゃったよ』
「はあっ?」
『一緒に行こうよ』
「イヤだよ!」
『頼むよ駿』
「駿、ついて行ってやったら。ここをまっすぐ行けばすぐ海だから」
「しょうがないな・・」
『ありがとう駿』
駿とカメゾウは海へ向かった。
そして一人の女性が、太郎のもとへやって来たのだった。
「お久しぶりです。太郎さん」
「あっ、マリ子さん!」
マリ子さんは、半年前までこのJAXAの技術開発部で、まさにこのワクチン開発装置に携わっていた人物だ。それが突然、失踪のようなかたちで姿を消してしまった。JAXAと医学総合研究所では、この画期的な装置の技術情報が、外部に漏れるのではないかと 恐れていた時期もあったほどだ。
「今までどこにいたんですか?随分探したけど」
「ごめんなさい」
「部長には会いましたか?」
「これから謝りに行くところよ」
「お供しますよ!」
そんなマリ子さんに僕は密かに、恋心を抱いていたのだった。
「お待たせ!・・あれ?太郎さんがいない」
『サボってジュースでも飲んでるんじゃないの』
「しょうがないな・・」
『駿、ボクの背中に腰かけてもいいよ』
「そう、ありがとうカメゾウ」
「あっ、駿。戻ってたか」
「サボってたな!太郎さん」
「違うよ、お客さんを中に案内してきただけだよ」
「ん?太郎さん、何か良いことあったでしょ!」
「えっ、何でだい」
「顔がにやけてるもん」
『本当だ!』
「いや、そのお客っていうのが、昔のJAXA の同僚なんだ。懐かしくてさ!」
「女性でしょ?!」
「そうだけど・・」
『やっぱりね』
セレーネ達も月に戻っていた。
『やはり宇宙ウイルスでしたか』
『太郎の言うワクチン開発装置に、望みをたくすより他無いのかも知れないわ』
『どうもそのようだな』
『しかし、太郎の話では、そ装置はまだ実験段階だとか』
『うん、しかしぐずぐずしていたら手遅れになる。危険な賭けだが、ぶっつけ本番でやるしか無さそうだぞ!』
『ところでウイルスの採取はできそうなの?ポセイドン』
『ああ、それは大丈夫だ』
『でも油断すると危険よ』とセレーネ。
『わかってるよ』
『とりあえず、翔太達と合流だ』
「駿、よくがんばってるな!お菓子とコーラ買ってきたぞ」
「ありがとう翔太」
「で、どうだった?」
「まだ見つからない」
「でも、懐かしい女の人に会えたんだよね太郎さん!」
「ああ、昔の同僚でさ」ちょっと慌てる太郎さん。
「女性なの?!」ちょっとやきもちの美咲お姉さん。
「ははあーん、恋人か!」
「違うよ」慌てると益々怪しいよ!太郎さん。
「ひょっとしたら、サターンはJAXA の職員に成りすましてるかもね!」鋭い桃子ちゃん。
「大いに有りうるね」
「そうか、その手があったんだ」と太郎。
「じゃあ、もう浸入している可能性もあるわ」
ゼウスとポセイドンは再びJAXAに戻っていた。
『やはり宇宙ウイルスで間違いなさそうだ。しかも銀河系の一部まで迫ってきている』
「くそー!」
『太郎、緊急事態だ!ワクチン開発装置の力を試したいんだが』とゼウス。
「だけどまだ・・」
『実験段階なのはわかっている。しかしもう時間がない』
「ウイルスの採取は?それがないとどうにもならない」
『それはワタシとポセイドンで、ここまで届ける』とゼウス。
「わかった!なんとかやってみよう。偶然だけど、半年前までワクチン開発装置を担当していた人が、今JAXAに来てるんだ。彼女なら理由を話せば協力してくれるはずだ」
『それは心強いな!』ポセイドン。
『でも、未知のウイルスだ。じゅうぶん気を付けないと!』
「よし、で、その開発を担当していた人っていうのは?」
「まだ出てこないな。ちょっと様子を見てくるよ」
そう言って、太郎は奥に姿を消した。
「でも、まだ不安だわ」と桃子ちゃん。
「祈るしかないね」と美咲お姉さん。
『ゼウス、ワタシ達は早速ウイルスの採取に向かおう』
『そうしよう!』
『気を付けて』セレーネと乙姫は、そう言って二人を見送った。
ガイアは火星が放射能で覆われたとき、必死で太郎に呼び掛けていた。しかし、放射能の厚い壁に遮られ、思うように言葉が伝わらなかった。
その時、不意にブルーの声がガイアの耳に届いたのだ。自分の言葉がどれだけブルーに伝わったかは不安だったが、希望は捨てていなかった。
そしてついに、雷鳴の剣を持った翔太と駿が現れ、天空の神ゼウスの後継者として、見事に剣を操り、風雲の盾を復活させたのだった。初めは信じられなかったが、月でレッドやセレーネと会い、夢ではないのだと確信したのだ。
レッド達が火星のことを知ったのは、太郎への自分の呼び掛けだったことを知り、二重の驚きだった。
そして今度は、宇宙ウイルスの脅威・・。
サターンに自分の身が拐われたとき、ガイアはあることを行動に起こすと決心した。かつて自分も携わっていたワクチン開発装置を、宇宙ウイルスに対して試みてみようと!あれから半年が過ぎている。ガイアの計算では、装置は既に完成しているはずだったのだ。
サターンに言えば、地球に行くことを許してくれると確信していた。サターンはまだ自分に未練があるからだ。
そして、予定通りJAXAに着いたガイアは、常に自分を監視しているサターンから、自分の身が少しでも自由になるチャンスを待っていた。
そしてあの時の稲妻が、ガイアにチャンスを与えたのだ。乙姫は必ず自分のテレパシーに気づき、みんなをJAXAに集結させてくれると。
そしてもう一度、最後のチャンスは来る!みんなにテレパシーを送るその瞬間に、ガイアは備えていたのだ。
どうしちゃったんだ?マリ子さん。
それでも技術開発部に顔を出すと、こちらに向かって歩いてくるマリ子さんに太郎はすぐ気付いた。
「マリ子さん!」
「あっ・・」
「遅いから、様子を見に来たんです」
そしてマリ子さんは奇妙なことを口にした。
「浦島、ムカシ、ハルカトオイ、マエノヒトト、テヲツナギ、ダキツイタノ」
「ん?・・」マリ子さんは普段ここでは、僕を浦島さんと呼ぶんだけどな・・しかも今のは・・。
初めは戸惑ったが、マリ子さんの言いたいことはすぐに理解できた。
それは昔、僕が彼女に教えてよく遊んだ暗号だ。言葉の意味をすべて反対にする、ただそれだけ。嫌いは好き、重たいは軽いと・・。
「昔、遥か遠い、前の人と、手を繋ぎ、抱きついたの」とは、「今この瞬間、後ろの人、手を払い、突き飛ばす」・・マリ子さんの後ろには、JAXAの制服を着た男が立っている。その目は僕をじっとにらんでいた。
そして僕はマリ子さんの危機を悟った!
ぼくは、研究室の壁に近づくと、赤い非情ベルのボタンをおもいきり押し込んだ!
非情ベルの激しい警報音が、施設内を駆け巡る。
僕は人々の混乱に紛れて、あの男の体を力一杯突き飛ばした。男は床に倒れこみ、軽い脳しんとうをおこしていた。
太郎がしでかした、やや大袈裟なハプニングのおかげで、ガイアはテレパシーを送るチャンスを得た!
『あっ、ガイアだわ!』とセレーネ。
『私も感じた!』と乙姫。
そのテレパシーは、僕も感じていた。ガイアはJAXAの中だ!当然、サターンも近くにいる。
その時だ、太郎はひとりの女性を連れて、施設内から逃れてきた!
「太郎さん!何があったんだ」
「あっ、ガイアさん!」驚く駿。
「ガイアさん?!・・」太郎は理解できていない。
『ガイア!』
『ガイア、無事だったのね』
乙姫とセレーネの言葉に、太郎は真実を知った。
『ガイア、太郎、よくもやってくれたな!』
「サターンだ!」
「えっ、サターンだって。じゃあ、さっきの男が」
『そう、サターンよ』とガイア。
『ガイア、地球に来たいと言ったのはこのためだったのか。ワクチン開発装置!いいものを見せてもらったよ』
『何をするつもり?!』
『お前がせっかく案内してくれたんだ。今からこのJAXAは、ワタシがいただくことにする!』
「何だと!」




