鞘に
駿とカメゾウは、マリアナ海溝の一番底に移動した。
いたるところに深海魚の怪物がいるが、小さな瞬間移動を繰り返し、敵をかわしていった。
ゼウスとポセイドンのキズは、美咲お姉さんの超能力で回復し、僕、ブルーと共に駿の後を追った。
そしてついに、駿は海底の一角に、セレーネを見つけた。
「あっ、ブルーのママ!」
『駿か、よくここまでたどり着いたな。ほめてやるぞ』
「サターン、ブルーのママを返せ!」
『相変わらず元気がいいな』
『駿、頼むぞ』
アカは祈っていた。駿に、もしもの事があれば、直ぐに飛び出す準備は出来ている。
『それが雷鳴の剣か!早くワタシに渡してしまえ』
「お断りだ!」
『なんだその剣は、輝きを失ってるではないか。それではワタシは討てんぞ」
「くそー!やってみなきゃわかんないやい」
駿は瞬間移動でいきなりサターンの目の前に!
そして、雷鳴の剣を振り上げた・・。
しかし、あっさりかわされ、駿の体は岩に激突してしまった。
「駿!」
くそー、もう見ていられない!行くしかない。
『翔太、我慢してくれ!』とアオ。
「駿!」
それでも駿は立ち上がった。そしてその目はサターンを鋭くにらんでいる。
『駿、いいものを見せてやろう』
そう言って、サターンはセレーネの脇に立った。
『セレーネの最期だ!』
「なに・・」
サターンの目が赤色に鈍くひかり、セレーネを見た。
うすい笑みを浮かべている。
セレーネがやられる・・。
「やめろー!!」
駿の哀しみの叫びのなか、サターンが発したビームは、セレーネの身体をむなしく貫いた。
「セラーネ!・・」
その時、駿の怒りは頂点に達した!
アカはその時を必死に待っていたのだ。
駿のポケットには第三のガラス玉が入っている。カメゾウがこっそり忍ばせたものだ。
駿の激しい感情をうけ、必ずガラス玉は反応するはずだ。駿、耐えてくれ!
駿は雷鳴の剣を強く握りしめている。
そして、その剣の復活をみんなが待っている。未完の剣ではない、完全なる雷鳴の剣を!
セレーネの死により、駿の怒りの感情は爆発的なものとなった。駿の感情をうけ、輝いてくれ!
・・しかし、ポケットの第三のガラス玉が輝きを放つことはなかった。
『そんな馬鹿な、まだ、まだ足りないというのか・・』
アカの作戦は、完全な失敗に終わってしまった。
『このままでは、駿が危ない!』
アカはマリアナ海溝に飛んだ。
「アカ!」
『翔太、どうやら失敗のようだ。駿は、天空の神ゼウスの後継者ではない。すまん』
「アカ・・」
『駿、もういい、やめるんだ!』
「・・・」
その時だ、駿のテレパシーがかすかに僕に届いた。駿は、サターンに攻撃をかけるつもりだ!
「くそー、サターン!」
「駿、やめろ!」
駿は再び雷鳴の剣を振り上げ、サターンの鈍くひかる赤い目に、渾身の力で振りおろした!
雷鳴の剣は、サターンの右目を捉えた。
やったのか?!
雷鳴の剣は復活したのか・・。
サターンの動きが止まった。まさか・・。
静寂の時が流れた・・。
しかし、それはサターンの一人芝居に過ぎなかったのだ。
『駿、その勇気はさすがだな。だがそれだけでは何も起こらない。ましてやこのワタシを倒そうなどとは』
「うるさーい!ブルーをいじめて、ブルーのママもいじめて。そんなお前を、ぼくは許さない!」
ん?殺気だ!サターンの駿に対する殺気だ・・。
駿がやられる。
僕は全力でサターンにサイコキネキスをかけた。サターンの動きを止めるんだ!
・・ダメだ、効かない。
一瞬の隙をみて、ゼウスとポセイドン、そしてアカまでが、駿の側まで瞬間移動をして、サターンの攻撃から駿を守る態勢をとった。
『そんなこと無意味だ!』
そして、サターンの目が再び鈍く光った。
「やめろ!やめてくれー!!」
サターンの攻撃は容赦がない!
ゼウスを・・。
ポセイドンを・・。
そしてアカを・・。
全力で襲った!
『やめろー・・パパー!』
アオの悲鳴が海底を駆け抜けた!
もう許さない!!
サターン、お前だけは・・僕の怒りは頂点に達しようとしていた。
異変を感じて、美咲お姉さん、桃子ちゃん、乙姫も海底にやって来た。
『ポセイドン!』乙姫の悲しみが、マリアナ海溝に響き渡った。
「ゼウス!」
「レッド!」みんなの悲しみは止まらない。
そして、乙姫が静かに語り始めた。
『サターン、いえ浦島太郎、あなたはどこまで悲しみを大きくするつもりなのですか?!』
何だって、サターンが浦島太郎・・。
『あなたは、私が渡した玉手箱のせいで、人生が一瞬のうちに過ぎ去り、夢も希望も何もないと・・。そしてあなたは、悪魔サターンに身を売ってしまった』
「浦島太郎がサターン・・」
『サターンが浦島太郎・・』
みんなも、カメゾウも訳がわからない。
「乙姫、どういうことだ?」
『すべて私のせいなのです。あの時、いくら頼まれても、あの玉手箱は渡すべきではなかった!』
『今さらおそいよ、乙姫』
『私がいけなかったのです太郎。他の者は何も悪くない。私だけを、私だけを憎んで・・』
「乙姫・・」
『あの時、確かにワタシはあの、玉手箱がたいへん気に入った。なぜかはわからない。今思うと、あの玉手箱の方が、ワタシを気に入っていたとさえ思う』
『そう、あなたは天空の神ゼウスに選ばれたのです。後継者として・・』
『何だと、そんなこと信じられるか』
『嘘ではありません。天空の神ゼウスは、あなたがあの竜宮城に現れることを知っていたのです』
『どういうことだ!?』
『天空の神ゼウスが、私に玉手箱を預けるとき、はっきり言ったのです。浦島太郎、あなたの名前を』
『・・・』
『あなたの優しさ、心の強さ・・天空の神ゼウスは全部見ていたのです』
『・・もう遅い乙姫、もう遅いんだ!』
一瞬、心を取り戻しかけたと思われたサターンだったが、すぐに悪魔の自分にかえってしまった。
駿はまだ、サターンをにらんでいる。
ゼウス、ポセイドン、アカまでサターンにやられてしまったんだ。憎しみをおぼえて当然だ。
それでも、乙姫の話を聞いて激しい怒りの感情は、少しずつおさまってきているようだった。浦島太郎の気持ちを駿なりにさっして・・。
僕はゆっくりと駿の隣に行き肩を抱いた。そして、みんなのところへ戻ろうと、サターンに背を向けたその時だった・・。
『翔太、駿、危ない!!』アオの声が鋭く海底に響いた。
アオの叫びと同時に、サターンの鈍い光のビームが、駿の体を貫いた。
そして時は止まった!
「駿くん」
『駿』
みんなが叫んでいる。
そして泣いている。
しかし、僕の時も止まってしまっている。
僕は駿の身体を支えた。
みんなが駿の所に来てくれた。
美咲お姉さん、桃子ちゃん、アオ、乙姫、カメゾウ。
僕の中の時は、どのくらい止まっていたのだろうか・・。
僕の腕で眠る駿。
そして、悲しみは激しい怒りに変わった!
僕は駿の身体をみんなに託し、雷鳴の剣を握った!
レッド、ゼウス、ポセイドン、そして駿。
僕の怒りは爆発した。頂点を通り越して・・。
その時だ。
駿のポケットから、ガラス玉が転がり落ち、眩い光を放った!
そのガラス玉は、雷鳴の剣に吸い寄せられるように重なり、鞘となり剣を覆った。
そして雷鳴の剣は霊を宿し、最強の力を甦らせたのだった!
僕は、乙姫に視線を向け、サターンを討つことを無言で告げた。乙姫はうなずいてくれた。
僕は、真っ直ぐにサターンに向き、雷鳴の剣を鞘から抜いた。
驚いたサターンは、夢中で僕に攻撃を仕掛けた。しかし、雷鳴の剣を握る僕に、どんな攻撃も意味を持たなかった。
僕はゆっくりとサターンに近づき、雷鳴の剣を、力の限り振り抜いた!!
雷鳴の剣の威力の前に、サターンのからだは一瞬にして消滅し、そしてそこには、一人の青年の体が横たわっていた。
僕は慌てて、駿のもとへ駆け寄った。
今になって涙が溢れ止まらない!
「駿、駿・・」
『翔太、ワタシの声がわかりますか』
「・・その声はセレーネ」
『どうかそんなに悲しまないで』
「セレーネ」
『翔太、雷鳴の剣を持ち立ち上がって』
僕は、セレーネの言う通り、雷鳴の剣を握り立ち上がった。
『そして頭上に高く突き上げるのです。雷鳴の剣は生命の光で、皆を包み込んでくれるはずです』
僕は、雷鳴の剣を右手に持ち、海を越え、遥か天空に剣をつきあげた。
すると雷鳴の剣の輝きは、優しい生命の光となって、すべてを包み込んだ!
駿の、レッドの、ゼウスの、ポセイドンの、そして太郎の 生命の声が聞こえる・・。
「あっ、翔太!」
「駿、気がついたか!」
『駿、悪かったな!辛い役目をさせてしまって』
「なんの、なんの!」
「そうだぞアカ!しかもそれが、まんまと失敗して・・」
『だから謝ってるだろう』
『翔太、見事だったぞ、』とアオ。
『うん、ワタシは初めて翔太の超能力を目にしたとき、翔太こそ天空の神ゼウスの後継者だと思った。しかし、駿がその能力をはるかに超え、雷鳴の剣を復活させた。』アカはしみじみ言った。
「その駿くんの能力を更に超える者がいた。それが翔太君ね」
「駿の兄貴だからね!」
照れちゃうな、桃子ちゃんにそんな風に言われると。
『翔太、顔がニヤけてるぞ!』
『翔太の勇姿、この目で見たかったよ』
『男らしかったわよ!もちろん駿もね!!』と乙姫は僕を持ち上げてくれている。
『これでみんなとお別れか』とポセイドンはポツリと言った。
「太郎さん、これからどうするの?」
「諦めていた青春を大いに楽しむさ!そして、人のために生きてみたい。人としてね」
「リスタートライフだね・・」にっこりと駿は言った。
こうしてサターンは滅び、地球に平和が戻った。
「ん?駿、何してるんだ」
「書き足してるんだよ」
「なにを?」
「浦島太郎の結末・・」
「あれ、アオは帰らなかったのか」
『翔太、いい加減そのアオってやめてくれよ』
「じゃあ、名前変えたら」
『はあー・・。で、これからどうするんだ?翔太達は』
「普通の人間だよ!」
『そっか。じゃあボクもいくね』
「ああ」
「ブルー、バイバイ!」
『駿、元気でな!』
ブルーも月へと帰っていった。
「駿、家まで競走だ!」
「おう!」