玉手箱
このまま噴火が続けば、噴煙に太陽の光と熱は遮られ、大量の火山灰が世界中の都市を丸飲みにする。文字どおり、地球は灰色の世界だ!
ここ数ヵ月、地球は地震が立て続けに起きていた。これが原因だったんだ。全世界の海底火山を噴火させるためのプロセスが、あの段階から進められていたんだ。
何とかして火山活動を止めなければ・・。
「ゼウス、ポセイドン、お前たちの力でも止められないのか?!」
『この規模だと、10パーセントを抑えるのがやっとだ。しかも、次から次へと火山活動は活発になる。結局は無駄な行動だ』
「くそー!片っ端から火山を噴火させて、この竜宮城をあぶり出すつもりか」
『ひとつ気がかりなことがある。これだけ全世界に及んでいる噴火だが、一ヶ所だけ、噴火活動をしていない所があるんだ!』とゼウス。
『ああ、ワタシも不思議に思っていた。日本列島とオーストラリア大陸のほぼ中間、マリアナ海溝の辺りだけ、火山活動が一切起きていない』
『マリアナ海溝といえば、水面下10,000メートルの深海、地球上で最も深いくぼみのあるところ。あのエベレストでも、海中にすっぽりと沈んでしまうほどだ』
『しかも、地形が複雑で、全容は未だ解明されていない。もしかしたら、そこがサターンの隠れ家!』
・・ポセイドンの思い・・
乙姫よ、お前が残したあのメッセージを、ワタシはどう解釈すればいいんだ。
『太郎さんにわたしの気持ちを伝えます。 乙姫』
乙姫と浦島太郎。ワタシの知らないところで、いったい何があったというのだ。
・・乙姫の思い・・
あの玉手箱は、天空の神ゼウスから預かったもの。
『乙姫、この玉手箱をお前に預ける。いつしかお前のもとに現れし者に、この玉手箱を渡してもらいたい。その者をワタシの後継者とする。あらゆる能力に長け、優しさ、思いやり、そして何よりもひとを信じる心。それらを兼ね備えた者こそ、ワタシの後継者にふさわしい。それを占う方法はただひとつ、この玉手箱を渡す際に、こう言付けて欲しい。
「この玉手箱のふたは、決して開けてはならぬ」と。
それを守れてこそ、ワタシの後継者にふさわしい者だ』
開けてはならぬと渡したところで、開けてしまうのが人情。そんな当たり前のことを重々知っていながら・・。
ワタシの愚かさを、太郎さん、どうか許して欲しい。
火山の噴火はいっそう激しくなり、海に街に火山灰を降らせている。何千メートルにも及ぶ噴煙は、太陽を覆い、地上の光を奪っていった。
『サターン、聞こえますか、わたしです、乙姫です』
『何だと!』
『もう止めてください。この星を壊すのは』
『そんなことは、ワタシの知るところではない』
『あなたの怒りは、すべてわたしの過ちから。その怒りを、すべてわたしに向けて欲しい』
・・マリアナ海溝・・
この海底は複雑な地形をし、深いところでは水面下10,000メートル。1,000気圧もの圧力がかかる世界、普通の深海魚でも生息は難しい。ましてや人間が生きて足を踏み入れる場所でもない。サターンが身を隠すには絶好の場所。そこに乙姫は向かったのだった。
『乙姫、おとなしく引き返した方が身のためだぞ』
『サターン、わたしはあなたに謝りに来たのです。わたしはあなたに、取り返しのつかないことをしてしまった』
『なんのことやらさっぱりわからんな、つべこべ言わず早く帰れ。さもないと攻撃する』
『セレーネはどこにいるのです?』
『セレーネ、知らんね』
『そんなはずありません』
その時だ。一筋の鈍い光が、乙姫の右腕をかすめた!
キズをおった腕からは、真っ赤な血が、海水に溶け出している。
『くちごたえは許さん。次はとどめをさすぞ』
『サターン・・・うっ』
その時激痛が乙姫の体を襲った。サターンの攻撃だ!乙姫はその場で気を失ってしまった。
「マリアナ海溝に向かおう!」
『いや待て、このまま行っても勝ち目はない。地球の危機、セレーネの命、乙姫の命、それを守りきりサターンを討つのは不可能だ!』とゼウス。
「しかし、今行かなければ、どれも救えない!」
『翔太、お前の気持ちは嬉しい。でもゼウスの言う通りだよ』
「アオ・・」
『やはり雷鳴の剣が必要か・・!』
『あのー・・』
「どうしたのカメゾウ」
『あのー・・』
「あのー、あのーじゃわかんないだろう。はっきりしろカメゾウ!」
『多分なんだけど、ボク、そのガラス玉のあるところ知ってるよ!』
「本当か!」
『カメゾウ、詳しく話して』とアオ。
『うん』
カメゾウは話し始めた。
『竜宮城から太郎さんを、海岸までおくりとどけたとき、もう役目は終わったから、帰ろうと海に戻ったんだ。しばらくして、そうだ、最後にお礼を言うの忘れたと思って水面に顔をあげた。そしたら大きな叫び声というか、泣き声というかが聞こえて、慌てて海岸に戻ったんだ。そこにいたのは白髪頭のおじいさんで、太郎さんの姿はなかった。周りを見渡しても、太郎さんはいなかった。その老人は、うなだれたようにその場を去って行ってしまった。
そしてそこには、太郎さんが持っていた玉手箱があって、蓋が空いていた。そのときボクは、あの老人は太郎さんなんだと、何となく思ったんだ。
でも、もうその姿はなくて。
仕方なくボクは海に戻った・・。
しばらくして、ボクは卵を産むためにまたその海岸に行った。そしてやっと卵を産み終え、海に帰ろうとしたとき、月明かりを反射して、なにかが光ったんだ。近づくと砂に埋めたはずの卵が落ちてて。ぼくは、不思議に思いながらも、その卵をもとの場所に埋めたんだ。
ところが、その卵だけいつまでたってもかえらないんだよ。次の産卵の時も、その次の時も。ずーとそのままで・・。
でもよく見ると、色も形もちょっと違うんだよな他の卵と・・。
さっき、駿の絵本に載ってるあのガラス玉を見てビックリしたんだ!ボクが卵だと思ってたものが、みんなが探しているガラス玉だっんだと知ってさ!』
「それであんなに、おどおどしてたのか」
『うん、早く言おうとしたんだけど・・』
「今も卵と一緒にあるのか?ガラス玉は」
『あるよ』
「カメゾウ、よく教えてくれたな。一緒に行ってくれるかその卵のありかまで」
『もちろんさ』
『翔太、ワタシとポセイドンは、一足早くマリアナ海溝に向かう。翔太達は第三のガラス玉を目指してくれ』とゼウス。
「うん、気を付けてな・・よし行くぞ!」
・・あの海岸・・
辺りはすっかり日が落ちて星の明かりだけ。周りにはほとんど民家もなく、灯りもない。幸い火山活動は小康状態のようで、静けさを取り戻している。
『こっちだよ』
カメゾウの案内で僕たちはガラス玉を目指した。
『気を付けて!』
どうした?カメゾウ。
『子供達の行進さ!』
「え・・」
そこには幻想的な光景が広がっていた。卵からふかしたばかりの子ガメ達が、砂からはい上がり、大海を目指しているのだ!何百いや、何千の・・。
「わー!」
「海までもう少しだ、ガンバレ!」駿の応援だ。
そしていよいよ、ガラス玉を掘り起こす。緊張の一瞬だ!
僕達は、そーと、そーと、砂を掘り進めた。
慎重に、慎重に・・。
第三のガラス玉。それはあくまでも僕達の仮定に過ぎない。強さと慈愛の二つのガラス玉。しかしそれだけでは完全な雷鳴の剣にはなり得なかった。そして僕達は第三のガラス玉の存在を信じた。そして今まさに、その第三のガラス玉が目の前に現れようとしている。
『玉手箱がガラス玉で飾られてたということは、もとは、天空の神ゼウスのものってことだよな!玉手箱って』とアオ。
「そう言うことになるかな」
『第二のガラス玉は、いったんボクのママに預けてから、後継者にということだった』
「うん」
『第三のガラス玉は、いったん乙姫に預けてから、後継者にということなんだよな』
「うん」
『じゃあ、第三のガラス玉を、受け取ることを許されたひとって、誰になるんだ?』
「浦島太郎?」
「そうなるわね!」
「でも、実際は浦島太郎に第三のガラス玉が渡ることはなかった」
『もし、駿が真の後継者でなかったとしたらどうなる』
「駿くんが後継者でないとしたら、もう一人の方が本当の後継者ってことになるわ」
『そのもう一人である浦島太郎は、あっという間におじいさんになって、もうこの世にはいない』
「どう言うことだ?アオ」
『つまり雷鳴の剣は永久に復活しない!』
「何だって・・」
・・マリアナ海溝・・
『ポセイドン、乙姫とは連絡はとれないのか』
『ああ、呼び掛けてはいるが返事がないんだ』
『とにかくこの小康状態のうちに、なるべくマリアナ海溝に近づこう』
『そうだな。よし、ワタシは深く海底に潜ってみる。ゼウスは空から頼む』
『わかった』
そして・・。
『あっ、あれは!』
そこには気を失った乙姫が。
『乙姫、乙姫、しっかりしろ』
『・・あっ・・ポセイドン』
『気がついたか』
『ここは危険よ。サターンが・・』
『ゼウス、乙姫を発見した。無事だ』
『よかった』
『サターンが近くにいる!気を付けろ』
しばらく小康状態だった火山活動が、また活発になってきた。遠くの火山から噴煙が上がるのが見える。
『乙姫、動けるか』
『大丈夫よ』
ポセイドンは乙姫の手をひき、海面へと出た。
上空ではゼウスが旋回している。
その時、ポセイドンの左足に激痛が走った。
『ウォー』
『ポセイドン!』
『乙姫、ワタシから離れろ』
ゼウスもポセイドンの異変に気づいた。
『ポセイドン!』
ポセイドンは激痛に耐えながら、左足の物体を振り払い、乙姫とともに空中へと逃げた。
『ポセイドン、見てみろ海を。鮫の大群だ!』
『現れたな』
ゼウスは海に群がる鮫に、稲妻を放った。
『しかし、あんなのがうようよいたのでは、海溝に近づけないぞ』
『なんとか鮫たちを一ヶ所に集めて!そうしたらフリーズで凍らせるわ』と乙姫。
『よし、なんとかやってみよう。ゼウス、あいつらを挟み撃ちにするぞ』
右からゼウスの電撃波が、左からポセイドンの衝撃波が、鮫たちを中央に追い込んだ。
『今だ!乙姫』
乙姫の大きく腕を広げたその体から、フリーズシャワーが発せられ、たちまち鮫たちを凍らせた。
『ポセイドン、とどめだ』
『よし』
ゼウスとポセイドンの渾身の一撃が、敵を砕いた!