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2-2.超高校級

特訓と仲間集めはスポーツ漫画の鬼門ですよね!


新しい仲間候補の登場シーンや回想話をやる→大抵暗くて地味なので人気が急落して巻末常連に→唐突に女キャラ出したりラブコメやり出してテコ入れ→結局浮上できずに○○先生の次回作にご期待ください!


この流れをジャ○プで何度見たか……

 父との思い出の詰まったボールに背中を押されたヨシトは、次の放課後、ふたたびグラウンドを訪れた。

 それは、今まで避け続けてきたベイスボールと向かい合う決意を固めた証……だったのだが、


「あ、あれ? 他の人、は?」


 グラウンドにいたのは、ヨシトを含めてもたったの四人。

 それも、ヨシト、トウヤ、ミユキ、そしてニッタという、昨日と全く同じメンバーだった。


 不思議そうな顔をするヨシトを見て、沈痛な面持ちでミユキが言った。


「その、昨日のことがあって、みんな部を辞めたいって……」

「それは……」


 考えてもいなかった事態ではあったが、だからといって彼らを「根性がない」と断じることも出来なかった。


 彼らは自分たちよりも年下のトウヤに完膚無きまでに叩きのめされた。

 そのショックは計り知れないものだろう。


 それに、彼らはトウヤの剛速球を受けることで、あらためてベイスボールが危険な、死と隣り合わせのスポーツであると実感してしまっただろう。

 ベイスボールに詳しくない人は冗談だと思うこともあるらしいが、一見きらびやかなベイスボールというスポーツは、実は試合中、練習中に死亡する人数が他のスポーツと比べて圧倒的に多い、非常に危険なスポーツでもある。



 ――ベイスボールの過酷さを象徴する用語として、「ベイスボール治外法権」という言葉がある。


 ベイスボールに関連した事柄については、多少の無茶であっても法令の適用外とされることが多いことを揶揄した言葉だが、それは現代の実情を的確に表していると言ってもいいだろう。

 その関連法は世紀の悪法とも、画期的な新法とも言われるが、とにかくベイスボールに関連することについては現代の法律はあまり意味を為さない。


 銃刀法が機能している日本においても、ベイスボールプレイヤーであれば合法的に銃や刀剣を扱えるし、その過程で重傷者や死亡者が出ても、それがベイスボールの適正な活動の範囲内と認められれば罪には問われない。


 もちろん、ベイスボールにかこつけた犯罪や、健全なベイスボール活動とは言い難い行きすぎた行動は、〈ベイスボールGメン〉と呼ばれる専門の捜査員たちによって徹底的に取り締まられるため、法整備という点については他のスポーツよりも先進的で厳格なほどだが、正規の手順を踏んでいた場合、ベイスボールによる怪我や死は自己責任とされてしまうのだ。


 ヨシトやトウヤよりは年上であるとはいえ、彼らだってまだ学生だ。

 命を落とすリスクを意識したままベイスボールを続けろ、とはヨシトには言えなかった。


「ケッ! あれくらいで根をあげるような根性なしはオレの部にはいらねぇよ」


 一方、それをあっさりと口に出してしまった者もいた。

 部員たちが辞める元凶を作ったトウヤである。


「そ、そんなことを言って! そもそも、いつからあなたがベイスボール部員になったんですか!」


 吐き捨てたトウヤに噛みついていったのは、マネージャーのミユキだ。

 だが、怒りをあらわにするミユキをトウヤはどこ吹く風といなした。


「今日だよ。ここの顧問のヤマ爺ったっけ? そいつに入部届けを出してきた」

「なっ!」

「何だよ。あの時の勝負はオマエの勝ちだったろ。約束の通りじゃねぇか」


 確かに、あれは「トウヤが一球ボールを投げて、ミユキがその場に留まっていられたら入部する」という取り決めの勝負だった。

 部外者であるヨシトがトウヤの投げたボールを打つという誰もが予想のしなかった結果にはなったが、勝負自体はミユキの勝ちと言える。


「それは、でも、その……」


 思わず口ごもるミユキ。

 このまま喧嘩をされてはたまらないと、そこで慌ててヨシトが口をはさんだ。


「そ、それで、辞めたいって言ってるのって、全員なんですか?」


 その言葉に、ミユキもこんなことで言い争っている場合ではないと気付いたらしい。

 すぐに真剣な表情を作って答えた。


「一人、昨日来ていなかった二年生がいて、その人は辞めたいとは言っていません。

 でも、今日メールがあって、練習には来られないって」

「メール、ですか?」

「ええ。その……」


 そこでミユキは言い淀む。

 もしや、そのもう一人もトウヤに恐れをなして逃げ出そうとしているのか、と思ったが、違った。


「『頭痛と吐き気と熱と腹痛でとても運動が出来る体調ではないので今日はサボります』って」

「最後本音出てるじゃないですか!」


 どうやらその二年生とやらは、あまり熱心な部員ではないらしい。

 昨日の練習に出てこなかったというのも納得だ。


「と、とにかく! みんなにはもう一度、部に戻ってくれないか話してみるわ。

 全員は無理だと思うけれど、二年生を中心に、たぶん何人かには戻ってきてもらえると思う。

 でも、やっぱり……」

「それじゃぜんっぜん足りねえなぁ」


 ズバリと核心を突くトウヤの言葉に、ミユキは唇を噛んだ。


 もともと栄祝学園のベイスボール部は弱小で、ほとんどギリギリの人数しかいなかった。

 その半数以上が抜けてしまったら、とても部としては成り立たないのは自明のことだ。

 しかし、すぐにミユキは顔をあげる。


「で、でも大丈夫! そう思って、昨日もあのあとたくさん部員勧誘のポスターを貼りつけておいたから!

 だからきっと、新入生がたくさん見に来て……」

「来てねーじゃねーか」

「うぅぅ」


 容赦のないトウヤの言葉に挫けそうになるが、ミユキは折れなかった。


「き、きっと、ホームルームが長引いたりして、入部希望者が来てないだけよ。

 確かにうちは弱小だけど、それでも例年通りなら、最初の一週間で十人以上の新入生が見学に来てくれるって、先輩も言ってたから!

 だから、もう少し待っていればきっと……」

「ほぉーお。じゃ、精々楽しみに待っておくとするかねー」


 完全に信じてない顔で皮肉げにうなずくトウヤ。

 それを涙目でにらみつけるミユキ。

 ダメだこりゃ、と思ったヨシトは、ふと隣に目をやった。


「ん、どうかしたか?」


 話の流れを分かっているのだか分かっていないのだか、緊張感のない顔でヨシトを見たのは、ヨシトの悪友、ニッタだ。

 新入生が全く来ていないのも不思議と言えば不思議だが、どちらかというと、ヨシトにはこっちの方が気になった。


「昨日あんなことがあったのに、まだベイスボール部に入るつもりなんだ」


 トウヤの最初のひとにらみで完全に動けなくなっていたニッタだが、だからこそ、それからの一部始終を見ていたはずだ。

 ならば、倒れていた部員たちのことも含め、ベイスボールが危険なスポーツであることも肌で感じられたはず。


 それなのにあまり根性がある方でもないニッタが、これほどの積極性を見せるなんて。

 ヨシトは失礼だとは思いつつも、驚きを隠せなかったのだ。


「そりゃ、俺だって怪我したり怖いのは好きじゃねぇけどさ。

 ただ、その……見ちまったから、なぁ」


 見ちまったから、とはどういうことだろうか。

 ヨシトが首を傾げると、ニッタは少し迷うような素振りを見せたが、


「あー、ここでこんなこと言うのは、俺も流石に照れくさいんだけど。

 ……ま、お前にならいっか」


 一人で納得すると、ちらりとミユキとトウヤを見て、その視線がこちらに向いていないことを確認する。

 それから、ヨシトをちょいちょいと手招きして少しだけ離れた場所に連れてくると、声を潜めて話し出した。


「まあ、その、何だ。昨日はちょっと、感動したんだ」

「え……?」


 ニッタの口から飛び出したのは、普段の彼からは考えられないような言葉だった。

 ヨシトは思わず固まってしまう。


「高校はレベルが高いって聞いてたから覚悟はしてたはずなんだけどさ。

 実際に目の当たりにしちゃうと、正直圧倒された。

 だ、だけど、俺だって男だからさ。無理だとは思ってもやっぱりああいうの憧れるし、せめて、挑戦くらいは、って。

 あ、あはは。何言ってるんだろうな、俺」

「ニッタ……」


 本当に、ニッタらしくない言葉だと思う。

 けれど……。


「……分かる、気がするよ」


 トウヤの球を見て、ヨシトが感じたのは、まず、恐怖だった。

 あの〈死球デッドボール〉の球を、父の命を奪ったボールを彷彿とさせるような、剛速球。


 けれど、ボールの声を聞いて、実際にマウンドに立つトウヤと向かい合ってみて、ヨシトの心も変わった。

 確かにあの時のトウヤの投球には、人の心を揺り動かす何かがあったのだ。


「へへっ! やっぱりお前なら分かってくれるって信じてたよ!」


 嬉しそうに笑う親友の姿に、ヨシトは胸が熱くなるのを感じた。

 あの感動を、あの凄さを、ニッタと共有出来たという想いが、ヨシトの頬を自然と緩ませたのだ。


「……だってあれは、ホンモノ、だから。

 僕じゃなくても、誰だって一目ですごいって分かると思う」

「言うなぁ、ヨシト! でも、うん。まったくもって同感だ!

 いやぁ、やっぱほんと、すっごいよな! あの――」


 同志を見つけた嬉しさからか、ニッタは両の手をグッと握り、そして、




「――あのマネージャーの、おっぱいは!!」




 なんか、とんでもないことを叫んだ。


「…………は?」


 一瞬で、真っ白に漂白されるヨシトの意識。

 そしてそのさらに一瞬後、ヨシトの頭に最悪の可能性がよぎった。


「あの、さぁ。もしかして、と思うけど……」


 おそるおそる、尋ねる。


「さっきまでの話って、トウヤのボールの話じゃなくて……」

「はぁ、ボール? あのマネージャーさんのたっゆんたっゆんのおっぱいの話に決まってるだろ!」


 一片のためらいなく、堂々と宣言するニッタ。

 しかも、たっゆんたっゆんときた。

 これには流石のヨシトもすぐには言葉が出ない。


 というか、あの惨劇を目の当たりにした感想が「おっぱいすげえ!」というのは、考えようによっては相当な大物なんじゃないだろうか。


「あの、豊かで豊満で、あの、ええと、とにかく豊かで柔らかそうな巨乳!

 あれこそが男の夢! ロマン! あれは高校級、いや超高校級バストと言っても過言じゃない!」


 適当なことを言いながらにやけ顔を晒すニッタの前で、ヨシトはガクッとうなだれた。


「あいかわらず、だね、ニッタは」


 一瞬でもニッタのことを見直した自分を悔やむ気持ちでいっぱいだった。

 実際にはエロイものに耐性がなく、水着グラビアを目にするだけで鼻血を出し、現実の女の子を前にしたら満足に名前も呼べないチキンのくせに、妄想だけは人一倍なのだ。


「ははは。今さら何言ってるんだ、我が同志よ」

「いや、だから同志じゃ……」


 ヨシトは抗弁しようとするものの、ニッタは聞いていない。


「お前だって、あのマネージャーさんとお近づきになりたい!

 むしろあのマネージャーさんの胸とお近づきになりたい!

 あわよくばあの手に収まらないサイズのお胸様に顔をうずめたい!

 そう思ってここに……」

「ストップストップ! 勝手に仲間にしないでってば!」


 流石にここで同類扱いは勘弁してほしい。

 ヨシトは無理矢理ニッタの言葉を遮った。


「ええ、でもな……」

「でも、じゃなくて! そりゃ、この人の胸大きいなーとかそのくらいは思ったよ!

 だけど、そんなことで部活決めたりなんてしないよ!」


 まだ何か言おうとするニッタを止めるため、温厚なヨシトも声を張り上げる。

 ここで何も言わなければまたニッタに振り回されてしまうのだ。

 ならば言いたいことを言い切ってしまおうと、ニッタを糾弾する。


「大体、ニッタは妄想しすぎなんだよ! いくら大きいって言っても別に動く度にたゆんたゆん動いたりなんてしてなかったし、手のひらに収まらないってこともないよ!

 ミットを受け取る時、確かに胸の部分が押し上げられてるなーとは思ったけど、でも言うほどのサイズじゃなかったっていうか、精々こう、このくらいの大きさで、だからむしろちょうど手で……」


 ヨシトがニッタの誤りを正そうと、身振り手振りを交えて熱弁し始めた時だった。



「――コホン!!」



 後ろから、わざとらしい咳払いの音が聞こえた。

 反射的に、振り返る。


「……ぅあ」


 そこにはとっくに話をやめていたトウヤとミユキがいて、ニヤニヤとこっちを見ているトウヤの横で、ミユキは両腕で胸をかばうようにしてヨシトたちをにらみつけていた。


「……ぅぅ!!」


 その頬が真っ赤なのは、羞恥のせいか、怒りのせいか。

 だがどのみち、ヨシトとニッタの話を彼女が聞いていたのは間違いないようだった。


「あ、えっと、あはは……」


 力ない笑みを浮かべ、ヨシトはそっと、見えない何かを包み込むように持ち上げていた両手を、こっそりと後ろに隠したのだった。





 気まずい空気の中、彼らはさらに十分ほど待ったが、グラウンドにそれ以上誰かがやってくることはなかった。

 一番先に焦れたのは、やはり気の短いトウヤだった。


「これ以上は時間の無駄だな。さっさと練習始めようぜ」


 その言葉に、ミユキは反射的に何か反論しようとしたが、やがて彼女もうなずいた。


「いえ、そう、よね。残念だけど、これ以上待っても、誰も……」


 そうして、その場の流れが決まりかけた時、



「――ま、待ってください!」



 どこからか、彼らに声がかけられた。

 ヨシトは反射的に声の出どころを捜したが、そこには木があるだけだった。


 ――木の精霊?!


 一瞬だけ、そんなニッタ並みにアホなことを考えたが、もちろんそんなはずはなかった。


「にゅ、入部希望者なら、ここにいます!」


 その木の陰から、ジャージ姿の新入生が飛び出してきたのだ。

 しかも、それは……。


「おんな、のこ?」


 髪は短く、活動的な雰囲気を漂わせているが、それは間違いなく女子生徒だった。

 彼女は緊張した様子で一気にグラウンドまで駆けてくると、その場に座り込んだ。


「……へ?」


 全員が目を丸くする中、自前のものだろうか、使い古された様子のグローブをまるでキャッチャーのように構え、彼女は叫んだ。


「覚悟は、で、できてます! い、いつでもどうぞ!」


 全員で、顔を見合わせる。

 どうぞと言われても何をしていいのか、何のつもりなのか、まるで分からない。


「……テメエは一体、何やってんだ?」


 流石のトウヤもこれには面食らったらしい。

 めずらしく困惑した様子で問いかける。


「え? トウヤさんのボールを受けて生き残るのが入部テスト、なんですよね?」

「……は?」


 さらに目を丸くするトウヤ。

 そのトウヤに輪をかけたような困り顔で、彼女は言った。


「き、昨日、トウヤさんって人がベイスボール部で革命を起こして、先輩たちを粛清したって学校中の話題に……。

 ……ち、ちがうんですか?」


 震えながら問いかける彼女に、トウヤは爆発した。



「――な、ん、だ、そりゃぁあああ!!」



 突然叫び出したトウヤに新顔の少女が悲鳴をあげ、ミユキは衝撃の新事実に頭を抱え、ニッタはそんなミユキ(の胸)を横目でチラ見する。


 そして、大いなる混乱と波乱の中で、ヨシトは悟ったのだった。


 ――あぁ、これは絶対、新入部員来ないな。


 と。

転ばぬ先のテコ入れ!

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