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2-1.過ぎ去りし栄光

 ヨシトは、夢を見ていた。

 過去の、まだ無邪気だった子供の頃のヨシトが、父と一緒にキャッチボールをする夢だ。



 ――〈静寂の騎士(サイレントナイト)〉セイヤ。



 ヨシトの父であるセイヤは、当時の日本最強のチーム〈グロリアスナイツ〉の打のエースであり、〈静寂の騎士(サイレントナイト)〉の他にも〈真なる(グローリーオブ)英雄グローリー〉〈無傷の王(ミスターパーフェクト)〉など、様々な異名を持つ名プレイヤーだった。


 彼の名を全国区にしたのは、今も名試合と語られるNIPPONシリーズの最終戦。

 対戦チームの〈SAGAMIロボティクス〉は現在はベイスボールのルール改正によって弱体化してしまったものの、当時は圧倒的な戦力を持っていた。


 何しろ、〈SAGAMIロボティクス〉は登録選手全てが百万馬力のパワーを誇るロボットという異色のチームだ。

 人間の限界をあっさりと超えるパワーを全選手が振るい、「DOMシステム」という、当時はまだ一般的ではなかったホバー移動機構を仕込んだ彼らの速度は自動車並み、さらに総重量一トン超えの超合金ボディとなれば、接触プレイでも負けるはずがない。


 また、高性能AIを搭載しているため頭脳面での適応性も高く、送球、走塁の判断はもちろん、マニピュレータ収納部のデッドスペースを用いた隠し球などのトリックプレイも可能で、球場内LANという新技術によって全ての選手が光速での意思疎通が出来るため連携も抜群だった。

 さらにはベンチに出張した開発チームによるリアルタイムの支援によって、相手のチームのデータに即応した行動を取らせることも出来た。



 ただ、ロボットをベイスボールに起用することについては根強い反対もあり、特に彼らに実装された特殊兵装や光学兵器の数々を肉体の一部と見做していいかどうかについては、多くの国民の議論が集中した。


「元々そういう風に設計されたんだからセーフ」「アタッチメントは道具と同じだからアウト」などというように意見は真っ二つに割れ、やがて有識者や芸能人たちも熱心になって議論をするものだから、「目からビーム合法論」や「口から怪光線まではセーフ派」など、現代の常識から思えば馬鹿らしいとしか思えないような流行語がいくつも生まれたほどだった。


 要するにそれは新技術に対してベイスボールのルールが対応出来ていなかったというだけなのだが、そのルールの穴を突くように〈SAGAMIロボティクス〉は快進撃を続け、あれよあれよという言う間に日本の全てのベイスボールチームの頂点が手に届くところまで上り詰めた。


 だが、それを阻んだのが〈グロリアスナイツ〉と、〈グロリアスナイツ〉の四番打者だったセイヤだ。



 当時、全てのベイスボーラーにとっての悪夢とまで言われた「ロケットパンチキャッチ」――打球に対して選手が有線式アーム〈ブラウ・グローブ〉を飛ばし、たとえどんなボテボテのゴロでも、たとえホームランボールであっても全てアウトにしてしまうという技――を非常にシンプルに、「ロケットパンチでも取れないほどの速度でボールを飛ばす」という力技で打ち破り、見事チームを優勝に導いた一幕はいまだに伝説として語り継がれている。


 その試合は「人間でもロボットに勝てる」ということを証明し、全てのベイスボーラーに勇気を与えたのみならず、「ロボットでも人間に負けることがある」という事実が、逆風を受けていたロボットのベイスボール参画を間接的にではあるが助けた。

 この試合によってセイヤは人間とロボット、両方のベイスボーラーを救ったのだ。



 もちろん、セイヤが活躍したのは〈SAGAMIロボティクス〉との試合だけではなく、彼はどんな選手、どんなボールにも恐れずに立ち向かった。


 荒れ狂う波に球場が呑み込まれても、赤熱するボールがマグマをまき散らしながら迫っても、吹き荒れる風が他の選手全てを吹き飛ばしても、テロリストが乱入して銃を乱射しても、超能力者とまじない師に五感の全てを封じられても、セイヤはただ一本のバットを武器に彼らに立ち向かい、その全てを打ち倒してきた。


 父は、全ての日本人にとって、そして、少年にとっての栄光だった。

 ヨシトはそんな父に憧れ、毎日ベイスボールの真似事をして過ごした。


 とはいえ、子供にはそんなにハードな練習など出来ない。

 せいぜいがバットの素振り、それから父とのキャッチボール程度だ。


 だがそれがヨシトにとっても、そして父、セイヤにとっても何より大切な時間だった。

 笑い合いながら、ボールを投げ合う夢の中の二人。


 ……しかし、そんな幸せな時間は唐突に終わりを告げる。


 凶悪な面構えをした、大柄な男。



 ――世界で一番危険なピッチャー〈死球デッドボール〉。



 彼は二人のキャッチボールに乱入すると、幼いヨシトからボールを奪い取る。

 そして……。


(――やめろ!)


 夢を見ているヨシトは叫ぶ。

 だが、その声はセイヤにも、夢の中の幼いヨシトにも届かない。


 ボールは放たれ、〈死球〉の顔が、残酷な期待に歪む。


(――やめろ! やめろぉおおお!!)


 ヨシトは、必死に手を伸ばす。

 一瞬先に待ち受ける惨劇を止めようと、必死に、死にもの狂いで。


 けれど、時は止まらない。


 死を宿したボールはセイヤを打ち、そして、父は……。




「うわぁああああああ!!」


 自分の叫び声で、ヨシトは目覚めた。


「……夢、か」


 ここ数年は見なかった夢だ。

 だが、あの時の光景を忘れたことはない。


「……父さん」


 あの、トウヤとの勝負の後。

 トウヤは「今日はもう終わりだ」と一方的に宣告すると、呆然とするヨシトに「続きは明日だ」とやはり一方的に告げて去っていった。


 ヨシトがベイスボール部に入ると微塵も疑っていないその態度。

 出来ればヨシトは、それに応えたいと、いや、応えてみたいと、そう思った。

 しかし、それでもヨシトにはどうしてもふんぎりがつかなかった。


 あの時。

 あのボールを受けてから、いや、ボールを信じて立ち向かうと決めた時、確かにヨシトは一歩を進めた気がした。


 けれど……。



「――父さん。僕はもう一度、ベイスボールをやってもいいのかな」



 思わずつぶやいた時、ヨシトは自分の手が知らぬ間に何かを握っているのに気付いた。


「これ、は……」


 それは、紛れもないベイスボールの球。

 あの惨劇の日。

 家から全て捨てたはずの、ベイスボールの。


「どう、して……」


 だが、ヨシトにはそのボールに見覚えがあった。


 あの日、ヨシトがただ一つだけ捨てられなかった、父との思い出がつまったホームランボール。

 伝説とも言える〈SAGAMIロボティクス〉との試合、その決勝点を決めた、ホームランボールだ。


「どうして、どうして今さら、こんなものが……」


 どうしてもこのボールだけを捨てられなかったヨシトは、小さな缶の中にボールを詰め込み、ガムテープでぐるぐる巻きにして、押し入れの一番奥に突っ込んでいたはずなのだ。


 ヨシトは涙と一緒に苦い思いがフラッシュバックしそうになって、もう一度ボールをしまおうと考えた。

 しかしその時、ヨシトの目に、ボールに書かれたサインが、父の言葉が飛び込んできた。



 ――Catch The Glory!!



 懐かしい、セピア色になってしまった思い出が、ヨシトの中によみがえる。


「別に、ベイスボールじゃなくてもいい。お前はお前のやりたいことで、夢をつかめ」


 そう言って父は、ヨシトにこのボールを手渡してくれたのだ。

 そしてその日からこのボールは、ヨシトの一番の宝物になった。


「そうだ。そう、だったんだ……」


 悲しみと一緒に、温かい気持ちが、ヨシトを包む。


 なぜだろうか。

 ヨシトはそのボールが、父が、迷う自分の背中を押してくれたような気がした。


「……父さん。僕はやっぱり、ベイスボールが好きだよ」


 言葉は、自然に漏れた。

 ヨシトはボールを胸に抱くと、立ち上がる。



 ――その瞳にはもう、迷いはなかった。


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