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ep.08 反則級の一撃

 ツワブキ家とマグナム家の因縁は、実に350年以上前に遡る。


 時は1942年、太平洋戦争の真っただ中。ミッドウェー島近海で行われた歴史的にも有名な海戦の中に、ハヤト・ツワブキの乗る一隻の重巡洋艦があり、それを迎え撃つ米国海軍の中には、ロック・マグナムの姿があった。

 この海戦がどのような結末を迎え、その後戦争がどのような流れを辿っていったかは、今更説明するまでもない。尊敬していた山口多聞提督が、航空母艦“飛龍”と運命を共にしたと聞いたハヤトは、ここに至って海戦に勝機がないことを確信し、より一隻でも多く祖国の脅威となる艦船を沈めるべく奮闘したという。最終的にハヤトは持ち場を離れると、単身、敵船へと飛び移り、軍刀を片手に甲板で大暴れをした。この艦こそ、当時ロック・マグナムが指揮していた艦であり、そのあまりの傍若無人ぶりを、ロック・マグナムは後にこう述懐している。


『TSUWABUKIがあと10人いれば、米国は負けていた』


 と。


 甲板から艦橋まで駆け上ったハヤトは、そのままロック・マグナムにまで肉薄し、斬りかかったが、全身に合計200発近い銃弾を食らってようやく足を止めた。死んだわけではない。気を失ったのだ。あまりの気迫に、米国海軍の兵士たちはトドメを刺すことすら躊躇った。こうしてハヤト・ツワブキは終戦までアメリカの捕虜となったのである。


 彼の乗っていた巡洋艦も、その後、海戦の中で轟沈した。

 と、思われる。正確には不明だ。なぜなら、戦後、ハヤトの乗っていた重巡洋艦は、いつの間にか“存在しないこと”になっていたからである。乗組員も、他の艦船の乗員としていずれも戦死したことになっているが、それはハヤト・ツワブキの証言とは一致しない。しかし、元来多くを語りたがらないハヤトの性格もあって、この奇妙な矛盾は表沙汰になることなく、それを知るものはごく一握りとなった。まるで忽然と、どこかに消えてしまったかのような重巡洋艦の謎は、戦後、好事家の間でミステリーとして語り継がれるのみである。


 ともあれ、ツワブキ家とマグナム家の因縁はここに端を発した。


 しかし、因縁というには、マグナムがツワブキの後塵を拝することの方が圧倒的に多かったのも事実である。結局、ロック・マグナムはハヤト・ツワブキに有益な情報を吐かせることはできなかったし、最終的に二人の間には奇妙な友情が生まれ、因縁はそのまま両者の息子であるタロー・ツワブキとサンドマン・マグナムに受け継がれた。

 タローはツワブキ家には珍しく比較的凡庸な男であり、サンドマンは歴代マグナム家でももっとも優秀なひとりに数えられるほどの逸材であった。父からハヤトの話を聞いていたサンドマンはことあるごとにタローに突っかかっていき、あらゆる勝負で勝利をもぎ取っていった。しかしサンドマンは、ある一点においてタローに大敗を喫する。それは、ハーバード大学の学友であり、サンドマンにとっては身を焦がすほどの慕情を抱かせた女、三ノ宮華子の心を射止めることである。華子は、温厚だが芯の通ったタローに惹かれ、最終的にタローと華子は結婚した。

 残念なことに、タロー・ツワブキは早逝であり、華子が息子であるメイロー・ツワブキを生んでしばらくして死んだ。


 メイローは優秀な男だった。サンドマンから、タローの死の背景に幾つかの胡散臭い影があることを聞くと、それが戦後急成長を遂げた岩戸財団であることを突き止め、最終的には財団を解体にまで追いやったのである。

 彼の活躍によって、戦前は日本有数の大財閥であった石蕗財閥は、ツワブキコンツェルンとして復活を遂げた。この時点で、ツワブキ家の眼中には既に、マグナム家の存在などなくなっていたも同義である。メイローにとって、サンドマンの息子であるロック2世は、祖父の代から付き合いのあるアメリカ人の友人という程度のものでしかなく、サンドマン・マグナムの存在もまた、父の敵討ちに手を貸してくれた恩人という程度のものだ。


 サンドマンも、この時点ではツワブキ家に対する怨みなど持ち合わせてはいなかった。


 サンドマンは比較的メイローのことを可愛がり、自分の娘、すなわちロック2世の妹であるルビーを、メイローに嫁がせようとした。メイローとしては、嫌がる理由もない。こうして、メイロー・ツワブキとルビー・マグナムが結婚し、数年後には、結果的に一人息子となるイチローが生まれた。


 メイローとルビーの結婚生活は、そう長くはうまくいかなかったらしい。


 だがひとまず、ツワブキ家とマグナム家の50年以上にわたる因縁は、丸く収まった。


 かのように思えた。





「ツ、ワ、ブ、キィィィィィィィィィッ!!」


 獅子頭の怪人、マグナムが咆哮する。


 彼の記憶は、ロック2世の息子、ジョン・マグナムのものを忠実に再現している。目の前に現れた少年の姿を見た瞬間、炎のような激しい感情が噴き上がったのである。マグナムはそれが何であるか、はっきりと自覚していた。


 歓喜だ。


 もちろん、その言葉すら正確ではないだろう。この時点で、獅子王マグナムの脳裏に浮かぶのは、曽祖父の代より引き継がれた因縁。すべてを受け入れた祖父の顔。その祖父の寵愛を一身に受けられず身を焦がした父の無念。そして叔母の内心に渦巻く愛憎だ。それらはすべて、言語化不明の感情となってたった一人の男に向けられる。


 目の前の少年は、青い光沢のあるスーツに身を包んでいた。頭髪は艶のあるプラチナブロンドへと代わり、二本の角のようなものと、爬虫類を思わせる尾が生えている。動揺を隠しきれていないその顔つきは、マグナムが憎む男と似ても似つかないはずだったが、それはどうしようもなく、“彼”を思い起こさせた。手に握った武骨な剣を大振りに、少年はマグナムにとびかかってくる。地面を蹴ると同時に、空気を圧縮したような衝撃と共に、決して大きくはない身体が加速した。叩きつけられると同時に、剣は情報崩壊を起こして霧散する。マグナムの身体は大きく吹き飛んだ。


「ぐうっ……!」


 少年は、自らの手のひらを見て、握ったり開いたりを繰り返している。表情にまだ怯えの色は濃いが、それでも、決して後ろにはさがらない決意が滲んで見えた。こちらを睨むように見据えて、少年は頷く。


 彼が纏っているのは石蕗一郎のアカウントデータ、それを元にした情報武装だ。アフターマンの肉体を構成する物質化情報因子に唯一有効打を与えられる手段である。相似疑界領域フラクタライズ・サーバーを通して、電脳空間から情報をダウンロードし、武装として纏う。技術化に成功したとはいえ、これを扱えるのはローズマリーだけだと思っていたので、まさかそれで後ろから殴りつけられるとは、思っていなかった。


「まぁ、なんだっていい……!」


 マグナムは頭部を押さえ、ゆらりと立ち上がった。


「待っていたぜツワブキ……! てめぇと堂々と殴り合える日をよぉ!」


 ジョン・マグナムは、間違いなく石蕗一朗の友人だった。血縁で言えば従兄弟ということにもなるが、それを意識したことは、ジョンも、一朗も、あまりなかっただろう。

 ただ、それよりも明確に、いつか相手を打ち負かしてやりたいという気持ちが、ジョンの中にはあった。友情と同居していた奇妙な感情。それは、彼の記憶をそのままに受け継ぐ獅子王マグナムの脳裏にあって、鮮明に燃え上がっている。


「覚悟しやがれ、ツワブキィッ!!」


 マグナムも床を蹴り、一気に加速する。目の前の少年の胴ほどもある太さの剛腕が振るわれ、叩きつけられる刹那、少年は虚空から先ほどのものと同じ剣を取り出して、マグナムの拳を受け止めた。情報リソースはすぐに限界を迎えて、剣は実体化を保てずに崩壊する。


「僕は……!」


 少年は、マグナム同様に拳を握った。それを勢いよく引き絞り、獅子王の顔面に叩きつける。


「僕は、ツワブキなんて人じゃない! 間違えるな!」


 顔面に浴びた衝撃は、想像してたよりも強かった。獅子王マグナムは大きくのけぞり、思わず鼻柱を押さえる。それから、目の前の少年を睨みつけ、わずかに、顔をしかめる。


「てめぇ……。なんだ、その拳は……」


 マグナムの知る限り、石蕗一朗のアカウントデータに、徒手空拳による攻撃の情報はない。

 無論、それが石蕗一朗の拳が弱かったことの証左ではないが、彼のアカウントデータはあくまでもシステムに登録されているものだ。剣と、魔法による波状攻撃こそが真骨頂であるはずで、拳でアフターマンの長たる自分に明確なダメージを与えられるようなデータはないはずである。


「なんだ、その、拳、は……!」


 それだけではない。叩きつけられた少年の右こぶしは、黒いガントレットに覆われていた。

 石蕗一朗の衣装は、あの青い光沢のあるスーツ一式のみだ。彼は好んでこれを着用し続けた。性能をさほど気にする必要がなかったというのもあるが。篭手ガントレットなど、石蕗一朗の好みではない。


 だが、あの男のデータ以外に、ここまで自分に明確にダメージを与えられるものが、あり得るのか?


 たじろぐ獅子王に、少年は、一歩一歩、近づいていく。その前身が少しずつ、黒い甲冑に覆われていったかと思うと、背面から巨大な炎の翼を広げて、再びマグナムに向けてとびかかった。




「なんです、あれは……」


 ローズマリーは、珍しく困惑していた。


 石蕗一朗のデータは欠損が激しく、実用に耐えうるほどのものではなかったはずだ。いや、そもそも、フラクタライズ・システム自体が、平行世界の観測現象によって揺らぎが大きくなっている。それを何故、あの少年が、ミライ・ノイマンが使いこなせているのか。

 ミライは生体量子回路の扱いにかけては天才的だ。意識を電脳空間にドライブさせ、本来は機密であるはずの様々な情報に接触してきた様子もある。古い言葉を用いれば、ウィザード級のハッカー、ということになるだろうか。

 そんな彼の能力をもってすれば、フラクタライズ・システムを使用すること自体は可能かもしれない。だが。あそこまで情報の欠損していた石蕗一朗のアカウントデータを、どうやって。


 それに、あの黒い甲冑は。


「オレが手伝ったんだよ」


 横からひょいと顔を出してきたのは、キョウスケだ。


「詳しいことはわかんねーが、手伝えって言われたから、言われた通りにいろいろ試したんだ。そしたら、できた」

「あなたは……」


 と、言いかけて、ローズマリーはまた言葉を止めた。キョウスケの横から、ひょっこりと、アカリが顔を出したのである。


「……逃げろと、伝えたはずなのですが」

「その必要がなくなりそうだから、良いかなって」


 大した自信である。ローズマリーは黙り込むしかなかった。


 キョウスケが手伝って、アカウント情報を復旧できたのか。正確には、そういうわけでもなさそうだ。

 おそらく、ミライがキョウスケにさせたのは、彼の思考領域サイキック・サーバーを介したなんらかの干渉だ。相似疑界領域フラクタライズ・サーバーへの平行世界からの干渉をシャットアウトしたのか、あるいは、補強したのか。

 理論上、サイキッカーの手助けを受けることでフラクタライズ・システムの補強を行うことはできる。ローズマリーも手段のひとつとして考えていたが、それをぶっつけ本番で成功させてくるとは思わなかった。


「では、アレはなんです」


 困惑の色も濃く尋ねるローズマリー。


 獅子王に肉薄する黒い甲冑は、彼女の記憶の中にもない。背中に広げた六枚の翼には、まるで不死鳥を思わせる炎が宿っており、重厚な甲冑を軽やかに後押ししている。武器を使わず、徒手空拳だけで獅子王マグナムを圧倒していた。

 ローズマリーの記憶にないということは、つまり電脳空間上にあるデータではない、ということだ。キョウスケとミライが、別の場所から情報を引っ張ってきたということになる。情報が残っているということは、つまりどこかのサーバーということだが、そこに至って、ローズマリーははっとした。


「まさか、相似疑界領域フラクタライズ・サーバーに残っていた、転移経験者の生態データを……」

「そういうこと、なのかな? 詳しいことはわかんねーけど」


 そんなことができるのか? できたのだとすれば、それはもう、反則級の一撃だ。ローズマリーはミライの方を見る。

 黒い甲冑をまとった彼は、拳を振り抜くようにしてマグナムに幾度も叩きつける。炎の翼をバーニアのようにふかすと、獅子王の肉体を掴み上げ、そのまま天高く、一気に飛び上がるところだった。

次回更新予定日は2019年4月1日です。

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