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ep.06 ツワブキの花(前編)

「よくもまぁ、こんなバカげたものを作りましたね」


 モノリスが完成した時、その女性が心底呆れた声で呟いたことを、ローズマリーは覚えている。しかし、女性の隣に立っていた御曹司は肩をすくめることすらせずに『ナンセンス』とだけ答えた。


 ローズマリーは知っている。

 この男の口にする『ナンセンス』という言葉は、時に否定を、時に肯定を意味し、状況においては単なるはぐらかしであったり、子供のような駄々や、あるいは宣戦布告などを内包したものである。


 御曹司は続けた。


「まぁ僕もほんとうに完成までするとは思わなかったけど。みんなが張り切りすぎてしまったからかな……。良い暇つぶしではあったよ」

「で、火星に行くんですか? こんな時に?」

「こんなもの地球に置いておくわけにもいかないし。良い機会じゃないだろうか」


 女性の方は、少しばかり不満げな顔をしてはいたが、まぁどうこう言ったところで御曹司の思いつきを止められるわけではない。渋々ながら、その火星行きを見送るのだろう。

 御曹司の火星行きは、偶然決まった。彼が気に入っている少女がいて、その少女を極悪非道な手段を用いてぬか喜びさせた悪魔のような女が火星に逃げたので、それをとっちめに行くだけのことである。そのついでに、完成したモノリスを火星に置いてこようということになった。


「そのモノリス、起動は人類滅亡後の予定と聞いていますが」


 気の長い話だと思いつつ、ローズマリーは口を挟んだ。御曹司は頷いた。


「一応、そういう予定になっている。人類が滅んだあと、どの生物が地球の覇権を握るにふさわしいか、それぞれの生物の代表によって公正に決めるためのシステムだ」

「代表ですか」


 それなら放っておいても生物は勝手に生存競争で決めるのではないかとも思うが。


「代表だ。モノリスが相似擬界領域フラクタライズサーバーを利用して、6体のアフターマンを実体化させる。それぞれ6体は、僕ら6人の人格をトレースしたものになるはずなんだけど」

「それは、かなり、見ていて愉快なことにはなりそうですね」

「そうかな。そうかもしれない。見届ける機会があったら楽しんで欲しいな」


 そう言って、御曹司は薄く笑った。

 昔からこの人は、自分のやりたいことだけをやる人で、その結果周囲になんらかの被害や影響が出ようとも、それを自制の理由にはしない人だった。

 今回だってそうである。あんなものを火星に投棄してなんの影響もないとは言い切れないし、モノリスの起動が確実に人類の滅亡後に起こるという保証もない。そんなことになったとすれば、はた迷惑の極みだ。

 彼は念のためといってカウンターを用意しておいた。

 別に責任感や義務感からではないだろう。

 ただきっと、自分が何も用意していないと思われるのが癪だったからであると思われる。


 そして、それだけ好き放題やった御曹司の置き土産はいま、確かに問題を起こしてしまっていて、やりたい放題やった挙句の当の本人は、いまは、この世界のどこにもいない。




「マグナム……」


 画面の中で、そう名乗った獅子頭の怪物を見て、ローズマリーが呟く。


「ノノ総裁、知ってるんですか?」

「ええ、一応は。もったいぶった喋り方をしていますが、実際は直情型で短絡的なタイプです」


 ミライの質問に対して返ってきたのは、思っていた以上に具体的な返答だった。

 ワープ回線をジャックしてきたということだが、おそらく相手は火星にいる。どのような手段を用いてきたのかは不明だ。ワープ回線に干渉できる端末を有しているのか、あるいは相応の施設そのものを手中に収めたのか。生体量子回路という可能性も、あるにはある。


 マグナムは、大画面で盛大なドヤ顔を披露したのち、言葉を続ける。


『あー、それでだな。俺たちは、この世界の覇権って奴を争うために生まれたわけだな。手始めにこの火星って奴を手に入れたいわけよ。人類が生き残ってるなぁ計算外だが、仕方ねぇ。他の連中に先を越されても困るってもんだ』

「他の連中……」

「いるんですよ。マグナムと同時期に目覚めた、アフターマンのオリジナル個体が」


 ミライがぽつりと呟いたところに、ローズマリーは被せ気味に説明をする。


「ひとまず、あちらから接触してきたのは好都合です。先にマグナムを叩かねば」


 ローズマリーは立ち上がり、オペレーションルームのスタッフにジャック元の特定を急がせる。その間にも、マグナムは何か演説のようなものを続けていたが、傾聴している者はほとんどいなかった。

 アカリの事情をある程度明かされたとはいえ、ミライにはわからないことだらけだ。さらにいえば、ここで何をしていればいいのかすらも、まだわからない。


「ノノ総裁、アカリと、合流したいんですが……」

「え? ああ、そうですね……。ひとまず彼女を連れて避難をお願いします。キョウスケかマジマさんのどちらかを、護衛につけて」

「……あのマグナムとかいう奴が、アカリを狙う可能性もあるんですよね?」


 ミライが、おずおずと懸念を吐き出すと、ローズマリーは少し虚をつかれたような表情をする。

 しかし、すぐにそれは穏やかな笑みへと変わり、彼女はいつもの落ち着いた声で、言い聞かせるように言葉を紡いだ。


「彼らがサイキッカーの危険度をどれほどと認識しているかにもよります。ですがご安心を。あれの暴走は私が止めましょう」


 できるんですか、という言葉が、喉元まで出かかった。


 アフターマンに対するカウンター措置を管理するのが、ローズマリーの使命であるということは、ミライもおぼろげながら理解している。しかし、そのために用意されていた肝心のフラクタライズ・システムは、現在並行世界からの干渉エラーによってほとんど使用できない状態だ。


 それでもミライはできるんですか、とは尋ねなかった。意味がなかったからだ。

 この問いに、ローズマリーが首を縦に振ろうが横に振ろうが、ミライの取る行動は変わらない。アカリと合流し、彼女に避難を促すことだけ。結局はローズマリーに任せるしかないのだ。


 歯がゆい。


 知識だけで頭でっかちになっても、大人のやり方が汚いと憤ってみても、結局自分が無力なのだということを思い知らされる。


「普段通り、素直なままでいればいいんですよ」


 ローズマリーは、つい先ほど、ミライに告げた言葉と同じものを、もう一度告げた。


 それはきっと、彼女なりの慰めのつもりだったのかもしれないが。

 ミライからすれば、それ以外にできることなど何もないと、突きつけられたかのような気分だった。




「ええ!? キョウスケくん。あのネコの人と知り合いなの?」


 無人のロビーに、アカリのやたら大きな声が響き渡った。キョウスケは指で自らの耳の穴を抑えながら、ぱたぱたと手を振り、アカリを少し遠ざける。


「ネコじゃなくてライオンな。似たようなやつが知り合いにいるんだよ」

「初耳だな」

「まぁおっさんは会ったことない奴だからなー」


 腕を組んで、マジマが驚いたような声を出す。


 しかし、似てはいるが、本当に同一人物なのだろうか。キョウスケは首を傾げた。彼の知る獅子王マグナムと、あの画面の中でマグナムと名乗った男は、確かに姿見も口調も似ており、名前までもそっくりだ。偶然の一致とは考えづらい。

 とはいえ、キョウスケの知るマグナムは、今よりもずっと過去の存在だ。ほかのさまざまな要素を複合して考えてみても、同一人物と考えるにはちょっと無理がある。


「とにかくだ。火星を自分のもんにするとかフツーの発想じゃねーだろ。厄介ごとになる前に、さっさと避難しようぜ」

「道理だな」


 キョウスケの提案に、マジマが頷く。しかし、それを聞いてわずかに躊躇したのがアカリだ。


「うん、でもあの、ミライは……」

「ミライのやつもすぐ来るさ。あいつがなんで地球に行かずに残ったのか考えてみろよ」


 そう告げると、アカリは一瞬きょとんとして、それからすぐに、表情を崩す。


「えへへ、そ、そうだよねぇ……。えへへぇ……」

「おまえとミライの馴れ初めもあとで聞きたいところだぜ。なぁ、おっさん」

「俺はそういうの聞くと心が寂しくなるから……」


 そのまま、キョウスケとマジマはアカリを護衛する形で、無人の通路を走りだす。しばらく走ったところで、突如、キョウスケの脳内を、ひどい耳鳴りのような現象が襲った。


「っぐ……!?」


 額を抑えて足を止め、苦悶の声を漏らす。同時にアカリへと視線を移すと、彼女もまたうずくまり、頭を抑えて喘いでいる。


「っあ、う……! あ、あたまが……! いたいっ……!」


 同じ現象はアカリにも襲いかかっているらしかった。サイキッカーの領域サーバーを狙い撃ちにした、なんらかの直接干渉だ。

 アフターマンによるものであることは間違いがない。


 キョウスケとアカリの異変をすぐさま察知したマジマは、懐から冥瘴鍵を取り出し、臨戦態勢を整える。いまだ前後に長く続く無人の通路に、何物かが訪れる気配はなく、周囲は不気味なほどの静けさを保っている。


 突如、マジマの持っている携帯端末がけたたましい音を立てた。アカリがびくりと身体をふるわせ、キョウスケも顔をあげるが、取り出した端末の画面を見たマジマは、すぐに


「総裁だ」


 と短く言ってから、通話に出た。


「俺だ。……ああ、2人も一緒だ。……いや、そちらはまだ見ていないが……。場所か? Dー4通路の……なんだと?」


 マジマはぴたりと動きを止め、その視線を周囲にくばせた。だが直後に、短い舌打ちをする。

 彼がアクションを起こすよりも早く、キョウスケもまた状況を朧げながら察した。頭痛を抑えながら、領域から力を絞り出し、自らの肉体を突き動かす。うずくまったままのアカリを抱え上げ、大きく跳躍する。


 キョウスケが跳躍するのと、マジマが冥瘴鍵を自らに差し込み、その肉体を変質させるのはほぼ同時であった。そこから一拍遅れて、通路の壁が大きくぶち破られる。鼓膜をつんざくほどの咆哮が、それまでの静寂をぶち破り、獅子頭の怪物が通路の内側へと飛び込んできた。


「早くねぇか!?」


 キョウスケが正直な感想を口にする。


 そう、その襲撃はあまりにも唐突で、そして予想よりも遥かに早い。マジマと正面から対峙しているその怪物は、間違いなく先ほど画面越しに目撃したばかりの存在、すなわち、アフターマン・マグナムであった。


「やはりサイキッカーか……! 少年、その娘をこちらへ渡せ!」


 マグナムは胴間声を響かせて、キョウスケを睨む。キョウスケはアカリを抱えたまま、二歩、三歩と後ずさった。ひどい耳鳴りはまだ消える気配を見せない。調子が良ければ、このままアカリを連れてトンズラをこくことだって不可能ではないというのに。歯がゆさと情けなさが、キョウスケの心根を苛む。


「俺を無視するのはやめてもらおう!」


 キョウスケ達とマグナムの間に立ったマジマが、全身から冥瘴気ミアズマを放ちながら、マグナムへと突撃する。鋭い鉤爪が、獅子頭の怪人に向けて縦に大きく振り下ろされた。


 が、しかし、


「しゃらくさいぜぇっ!」

「むっ!」


 マグナムの剛腕が、振り下ろされたマジマの腕をたやすく掴み上げる。かと思うと、それをそのまま大きく振り上げて、床に向けてたたきつけた。床は大きくクレーター状に陥没し、もうもうと土煙があがる。


「ま、マジか……。マジマのおっさん……」


 キョウスケがぽつりと呟いたところ、土煙の中から叱咤が飛ぶ。


「侮るな! 伊達に長生きはしてはいない!」


 土煙の中からマジマの影が飛び出して、マグナムの腕を振りほどく。宙をくるりと回転しながら着地し、マグナムを睨みつける。

 それと同時に、マグナムの背後から飛び出してくる影があった。黒い外套に身を包んだその影は、マグナムの背後から砲弾のように斬りかかり、一刀による鋭い一撃を浴びせる。


「総裁か!」


 マジマが叫んだ。


 その言葉の通り、そこに立っていたのはローズマリー・ノノである。実体化させた黒い外套と剣を身に纏い、マグナムを睨みつけている。しかし、全身からはバチバチと電流が弾けた状態であり、纏った外套は今にも消えそうで、頼りなさげに揺らいでいる。

 フラクタライズ・システムの不調とは、どうやら事実であるらしかった。


「ほーう」


 マグナムは笑い、その太い指をローズマリーに向けて突きつける。


「貴様、記憶にあるぞ。ナリは多少違うが、ツワブキが関与したというあのメイドロボだな」

「………!」


 ローズマリーの表情が、いっそう険しいものとなる。その名前は、彼女にとって特別な意味を持つらしいということは、周囲の誰からも察せられた。


 マグナムは嗤う。


「ツワブキの名前は、我がマグナムとは縁深いものだ。その因縁のひとつをここで精算できるとなれば、結構なことだぜ」

「それはどうも」


 ローズマリーは、いつになく冷たい声で、マグナムの挑発に応えた。


「私も、その名前を出されては、おめおめと引き下がれません」


 構えた剣は頼りなく、しかしローズマリーの闘志はそれと反比例して燃え上がる。マジマがいま一度舌打ちするのが、キョウスケには見えた。

次回更新予定日は2018年4月1日です。

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