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ep.05 アカリの真実(後編)

「それって……」


 ローズマリーの言葉を受け、ミライは、わずかな間をおいて尋ねる。


「アカリがなんでアフターマンに狙われているのか、とか、そういうことが、わかるってことですか?」

「そうですね。そのあたりを、説明します。もちろん、私がわかっている範囲でですが」


 大きな扉の前に立っているかのような感覚だった。その扉を開けてしまえば、もはや前に進むことしかできない。だが、開ける前ならばまだ引き返せる。そんな扉だ。知識とは不可逆なものであることを、ミライは知っている。そして、ローズマリーが今から話そうとしているのは、知ったからには当事者でいるしかなくなる類のもの。

 ミライにこの事実を告げるのは、アカリの我儘によるものだ。ミライが危険に巻き込まれたくないと主張すれば、ローズマリーはその意思を尊重してくれるかもしれない。今ならまだ、聞かずにいることができる。


 そういった思考が脳裏をかすめた。が、ミライにとってそれは、勘考するに値しない。


 地球に行きたいと思う感情は、大して強くなかった。楽しみではなかったと言えば嘘になる。期待に胸を膨らませていた自分がいたのも事実だ。だが、それよりも、今、自分にわからないことがあるという事実の方が、ミライにとっては問題だ。そしてそれが、アカリに関することだというのが、更に大きな問題であるように思えた。

 なぜかはまぁ、よくわからないけど。


「……よろしくお願いします」

「結構」


 果たして、ローズマリーは、ミライに最後の選択を与えていたのだろうか。前に進んでしまった以上、それはもう、どうでも良いことではある。


 この直後、ローズマリーの口から、とんでもない言葉が飛び出した。


「ではまず結論から申し上げましょう。彼女は超能力者です」

「は?」

「超能力者。サイキッカーです」


 サイキッカー。単語の意味は理解している。通常の人間では為しえないようなことを実現できる特殊な能力を超能力と言い、それを扱う人間のことを超能力者と言う。非常に大雑把な定義ではそうなる。もちろん、厳密性はない。

 なぜなら、さまざまな技術の発達によって、『通常の人間には為しえないこと』は常に減りつつあるからだ。昨日できなかったことが、明日できるようになる。ローズマリーが扱う情報武装技術だって超能力と言えるかもしれないし、言うなればアフターマンの存在そのものが、そうだ。


 しかし超能力者の中でも、サイキッカーとなればまた話は別だ。


「あの、それは、えっと……いわゆる、オカルトだったのでは?」

「そういうことになっています。表向きはね」


 そう告げるローズマリーの口元は、うっすら笑みを浮かべているようであった。

 まるで、ミライの知っている知識や真実が、すべて上っ面だけものであると告げられたような感覚でもあり、静かな苛立ちが鎌首をもたげる。ありていに言えば、ムッとした。


 サイキッカーは、超能力者の中でもとりわけ能力の傾向が限定されて語られる。論じられ方としては、『魔法』と同じ概念だ。そういったものは存在しえないというのが常識で、たびたびそれに異を唱える人間が現れても、多くの場合はばっさりと切り捨てられる。切り捨てられなかった人間は、主張の優位性に圧倒的に欠けていて、歯牙にもかけられない存在だ。


 ただ、以前のミライならば一笑に付していただけであろうその単語を、今は簡単に笑い飛ばせなくなっていた。なぜなら彼は、見たばかりなのだ。マジマとキョウスケの使った、不可解な特殊能力を。そして、まるでこちらの意識を読み取ったかのように話す、アカリのことを。


「そういう考え方もあるのかも、と思いますけど……」

「納得はできない?」

「はい。なんだか突飛なことを言われてる気がして」

「わかりますよ」


 と、ローズマリーは言って、また小さく笑みを浮かべる。そして、そこで初めて、近くの椅子を指して、座るよう促してくれた。彼女はさらに続ける。


「少し単語のインパクトを狙って言った節もあります。では彼女のサイキック能力がどういったものか、説明しましょう」

「よろしくお願いします」

「まず話さなければならないのは、ミライの生活においても非常に身近な、ある技術との関連です」


 これは意外なことを言われた気がした。身近な技術とはつまり、なんのことか。無言で続きを促す。


「生体量子回路。ミライの身体の中にも埋め込まれている、それですね」


 どきりとする。確かに、生体量子回路はすべてのジュピターチルドレンに埋め込まれた、身近と言えば身近に過ぎる技術だ。しかしアカリは、この回路を使用してネットワークにアクセスするのが極めて不得手だった。そんな彼女の持つ“能力”と、生体量子回路の間に、そこまで深い因果があるのだろうか?


 ――いや、深い因果があるからこそ、彼女は、それが苦手だったというのか?


「いいですかミライ。サイキッカーというのはつまり、生まれながらにして相似疑界領域フラクタライズ・サーバーにアクセスできる量子回路を、脳に兼ね備えた人間のことです」


 相似疑界領域。


 その言葉を、またも彼女から聞くことになった。


 量子力学の異端。並列位相空間の境界面に仮定として構築される鏡写しの領域だ。それはつまり、2つの位相空間――世界と世界を接続するための、穴のような役割を果たす。現在日常的に使われているワープ通信技術も、ふたつの位置と位置の間を繋げる為の領域を仮定構築しで情報のやり取りを行うため、奇しくも世界の技術は、その異端に歩み寄りつつあるわけではあるが。


 しかし、その相似疑界領域にアクセスする量子回路とは。ミライ達の身体に埋め込まれている生体量子回路は、そこまで突飛な権限を持たない。あくまでもワープ通信による、アドヴァンスド・ミライ・ネットワークへの接続が可能であるという、それだけのものだ。

 単なる電脳空間であるAMNと相似疑界領域では、そもそもまったくの別物と言える。


 それに、その相似疑界領域にアクセスできるということは、それではまるで。


「そう。私の使用するフラクタライズ・システムは、相似疑界領域を通して電脳空間からアイテムを実体化させる技術。それと極めて酷似していますね。というよりも、フラクタライズ・システムが、サイキッカーの能力を模倣して作られたものです」

「でも300年前のことですよね?」

「システムの設計者が天才だったのでしょうね」


 ローズマリーはさらりと言ってのけたが、どことなく、彼女の口ぶりには誇らしげなものがある。


「ええっと……では、あの、アカリは生まれながら、相似疑界領域にアクセスできて……それで、どうなるんですか?」

「いろいろなことができます。例えば、エネルギーのみを抽出して、不可視の力場として作用させることができたり、並列位相空間や、あるいは同位相空間であってもかなり離れた場所から、物体を呼び寄せることができたり。応用すれば、複雑な演算処理を相似疑界領域で行う、いわば脳のクロックアップみたいなこともできますね。そしてもちろん、相似疑界領域を介して、他者の意識にアクセスすることも可能なわけです」


 アカリが、ミライの意識を読み取ったかのように言葉を喋っていたのは、つまりそういうことだったのか。


「……アカリがアフターマンに狙われるのも、それが理由ですか?」

「おそらくは。アフターマン側に、サイキッカーを感知する能力があるのかどうかは不明ですが。フラクタライズ・システムと同様の力を持ったサイキッカーは、あるいは彼らにとって天敵なのかもしれません」

「じゃあ、キョウスケもですか?」


 アカリが、アフターマンが狙っているのは自分とキョウスケだと言っていたことを思い出す。

 確かに彼の能力は、相似疑界領域へのアクセスで、すべて説明をつけられるものだ。


「ええ、キョウスケ・ホウリンはサイキッカーです。ただ彼の場合は事情がいろいろと複雑ですから、これは後々、説明するときまでさておきましょう」

「キョウスケ達ではアフターマンの情報武装を剥がせないと聞きました。これは?」

「理論上可能かもしれませんが、確証がありません。フラクタライズ・システムは、あくまでも敵性情報体を破壊したり、剥離させたりするための技術ですが、彼らの能力は必ずしもそうではありませんし」

「じゃあ、ええと……マジマさんの能力は」

「彼はあくまでも別の能力者です。ミライが思っているより、世界には不思議なことがたくさんあるんですよ」


 そう言われるとやはり、ちょっとムッとする。


「まぁ構いませんよ。だって僕若いですから」

「そうですね。これから知っていけば良いものですからね」


 精一杯の反論も、蛙の面に小便をぶつけるだけで終わった。ところでこの慣用句について、一体どう考えれば蛙の顔面に小便を当てる発想に至るのか、ミライにはさっぱり不明だった。


「あ、そうだ。アカリは今まで、特に能力を持ってる素振りがなかったんですが」

「そのあたりは私たちでもわかりません。が、意図的に封印されていた可能性が極めて高いです」


 やけにあっさりとそう言ってのけるのが、ミライにはかえって気になる。


「確証はあるんですか?」

「そうですね……。“目下のところ、調査中”です」


 つまり、ここで言うつもりはないということだ。大人は巧みに言葉を使い別ける。


 結局、ここでミライが知れたのは、アカリがサイキッカー―――正確には、相似疑界領域へのアクセス能力を持った人間である、ということだけだ。わざわざこれを、ミライだけに話した理由は“わからない”が、いずれにせよアカリ本人に直接話してもちんぷんかんぷんだろう。

 ただ、思っていることが直接読み取られてしまうのはなんとも難しい。アカリの前では下手なことを考えられないことになってしまう。見たところ、能力に制御が効いている様子もなさそうだったし……。


「普段通り、素直なままでいればいいのですよ」


 ローズマリーがいきなりそんなことを言うので、ミライはギョッとした。


「ま、まさかノノ総裁も、フラクタライズ・システムを使って僕の思考を!?」

「あれでアクセスできるのは電脳空間だけです。あくまで今のは、私の経験から来る、カンですかね」

「ぐっ……」


 なんだか、完全に、してやられている気がする。ローズマリーはあからさまなニヤケ笑いを浮かべる――ようなこともなく、ただただいつもの、涼やかな笑みを浮かべてこちらを見ているのが、非常にこう、癪に触ったりした。


 なんとか言い返さないと、と思っているところで、ローズマリーがふと、顔をあげる。


「ど、どうしました?」

「失礼、通信が入りました。逃走したアフターマンの1体が、どこかのワープ通信施設をジャックしたようで……」

「え、あの。牛ですか?」

「牛ではないですね。ビジョンに出します」


 そう言って、ローズマリーは部屋の奥に設置されているパネルに触れた。ヴン、という音がして、大画面が点灯する。レトロな音だな、とミライが思うと同時、視界一杯に、見たこともない異形の怪物が表示された。その頭部は、どことなく、ネットワークで見た生物――ライオンに似ているように思えた。


 そのアフターマンは、わざとらしい咳払いの後、厳かに、そして妙に演技がかった態度でこう告げた。


『この通信を見る蒙昧なる人間どもに告げる。我が名は、マグナム』




 少し時を前にして。妙にひっそりとしてしまった火星のターミナルを、アカリと、護衛の2人は歩いていた。護衛も何も、片方だってあの怪物に狙われているのでは? と思わないでもなかったが、本人が『オレは戦えるからいーんだよ』と気にした様子もない。『それに、いざとなればオレが囮になれっからな』とも、言った。


 ターミナルがひっそりとしている理由は簡単で、先の怪物騒動のおかげで、ターミナル側が人を遠ざけたためだ。既に警戒は解除されているが、それでも、人々が戻って来るまではもう少し、時間がかかる。

 これくらいの理屈は、さすがにアカリにもわかる。


「それにしてもアカリ、上機嫌だなー」


 キョウスケが両手を頭の後ろにやりながら言った。


「えー、わかるー?」

「そりゃあ、おまえの態度見てわからない奴がどうかしてるぜ」


 会ったばかりだというのに、キョウスケの態度や言葉はまったく壁を感じさせない。それがアカリには結構、気楽だった。なにぶん、アカリ本人もそういった性分なので、初対面だからと気遣われるのは苦手なのだ。年齢が近いというのもあったし、なんとなく、初めて会った気がしない。

 まぁ、その後ろをどんよりとついてきている、マジマの方はまだちょっと苦手だが。あの人、なんか顔が怖いし。ボロ布を纏っているセンスがちょっとよくわからないし。


「地球に行けなくなったんだろ。残念じゃないのか?」

「うん。それは残念。でもまー、行けないって決まったわけでもないしねー」


 だがそこばかりが大事なのではない。ミライが、一緒に火星に残ってくれることになったということで、アカリのがっかりはチャラになった。

 あの場では、まるでミライには決定権がないかのように思われた。実際、ミライの意思を無視して、彼の地球行きを取りやめられたということなら、アカリだって喜べない。だが、“そうではない”ということが、アカリにはなぜか、ちゃんとわかっていた。


 地球行きを楽しみにしていたフシは、ミライにもあった。

 でもその上でミライは、火星に残る意思を、あの時点ではっきり持っていたのだ。そしてその中に、自分の存在がかなり大きなウェイトを占めていたことまで、アカリにはわかった。ちょっと前に些細な言い争いをして別れたあと、それを後悔していたこともわかった。


 それらすべてを総合して考えると、アカリが楽しくなるのも当然だ。


 なんで急に、そういったことが簡単にわかるようになってきたのか。ちょっとよくわからない。わからないけど、わかりたかったことがわかるのは良いことで、わからなくても良いことがわからないのは別に気にすることでもないので、やはりアカリは、特に気にしない。

 あの、得体の知れない怪物の意識が流れ込んでくるのはちょっと不快ではあったけど。


 ターミナルを歩きながら、そんなことを考えていると、急に頭の中に声が流れ込んでくる。


――厄介なことになったな。


「ん?」


 立ち止まって、振り返る。


「お?」


 隣を歩いていたキョウスケも、同じように立ち止まって振り返った。

 視線の先には、当然のようにマジマがいる。そのマジマは、片手に古臭い携帯端末を手にしていた。何してるんだろう、と思いかけて、すぐにネットワークにアクセスしているのだと思いなおす。ジュピターチルドレンではないマジマは、生体量子回路を持っていないから、ネットワークアクセスには端末が必要なのだ。

 自分も生体量子回路を使うのが苦手だから、いつかこういう端末が欲しいとミライに言ったら、『アカリは端末壊しそう』と言われたことを思い出す。憤慨した記憶があるが、アカリ自身もたぶん壊しそうだと思っていた。


「ねぇ、何が困ったことになったの?」

「ん、えっ?」


 アカリが尋ねると、マジマは驚いたように顔をあげる。


「あ、違うか。何が厄介なことになったの?」


 言葉を正しくして、もう一度尋ねる。真横のキョウスケは、頭の後ろに手をやったまま、ピュウと口笛を吹いた。そういえば、キョウスケの心の中はまだ流れ込んできていない。

 マジマは、妙にとんがった痛そうなカギ爪で額を書くと、ひとことぼそり、


「人の心を読むなよな……」


 と呟くと、端末をアカリとキョウスケに向ける。


「アフターマンが、どこかの通信施設をジャックしたらしい。ワープ通信で動画が配信されてる」

「どれどれ」


 アフターマンというのは例の怪物のことだ。アカリは怖いのであまり見たくなかったが、キョウスケは興味津々といった様子で覗き込む。


『この通信を見る蒙昧なる人間どもに告げる』


 そう言ったのは、怪物だった。鼻が妙に大きく出っ張っていて、髪が顔の周りを覆うくらいふさふさだ。正確には、髪ではなくたてがみなのだが、そのあたりの語彙力はアカリにはない。さっき遭遇した、1本角の奴よりもまだ親しみを持てる外見をしているが、恐ろしげな威容なのは変わらない。


『――我が名は、マグナム』


 怪物が名乗りをあげる。その後、何やら言葉を続けようとするが、それよりもアカリは、隣でキョウスケが『おい』と言ったのを聞き逃さなかった。


「おい。オレ、こいつ知ってるかもしんねーぞ」

次回更新予定日は2018年4月1日です。

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