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ep.02 世界の狭間にて

 ばちばちと空気の弾けるような音がして、ローズマリーは疑似ダミーアカウント情報を全身にインストールする。


 ツワブキ財団が保有するデータベースには、300年前に運営されていたオンライン・ネットワークのアカウント情報が記録されている。アドヴァンスド・ミライ・ネットワークの前身となった量子通信システムだ。通信技術の進化によって、当時のアカウント情報は現在抹消されているはずだったが、財団のデータベースには密かに眠らせていた。

 センチメンタルと言えば、その通りだ。保存してあるアカウントの所有者一人一人に対して、ローズマリーは思い出がある。彼らが存在した証を、データとしてでも残しておきたいという気持ちがあったのは、否定しない。


 だが同時に、それらのアカウントにはいざと言うときのために用意された〝武器〟でもあった。

 アカウントユーザー〝セラ・キリュウ〟。その中でも、特にこれがそうだ。


 財団のデータベースが保有するアカウント情報の中で、これを上回る情報武装は存在しない。電脳空間上に最強神話を築き、そしてそれは300年の時を経て伝説と化している。

 ローズマリーの身体には、フラクタライズ・サーバーを経て情報素子をリアライズするための因子が埋め込まれている。そのため、彼女はセラ・キリュウの疑似アカウント情報を情報武装として身に纏うことができるのだ。


―――インストールが完了しました


 ローズマリーの視界に、そのような文字情報が羅列される。


「結構」


 ただ一言そう呟き、〝ガイスト〟を構えなおす。

 今のローズマリーが纏っているのは、翅のような光沢を宿した、青色のスーツではない。黒いコートにブーツ。かざりっけのない黒ずくめの衣装は、錆びつかぬ記憶の中で不敵に微笑む〝彼〟そのものだ。そして、電脳空間上に保存された、〝彼〟の強さもまた、情報武装として現実世界側に再現される。


「ふッ……!」


 ローズマリーは剣を構え、滑り込むように目の前の昆虫男に斬りかかった。


 昆虫男が鋏をかざして受け止める。直後、ローズマリーは柄を両手で握りしめ、そのまま弧を描くような大振りで昆虫男の横腹を叩きつけた。


「………!!」


 昆虫男が怯んだ瞬間を狙い、さらに蹴りを入れる。


 出てきたのは昆虫男だけではない。牛、魚、鳥、トカゲ、カエル。いずれの身体にも、動物の情報因子が組み込まれてしまっている。ひとまず全員の動作を停止させ、情報の流出元であるモノリスを処分しなければならない。ローズマリーは両手でガイストを構え直し、そうして背後を確認した。

 後ろにいるのは少年少女が一人ずつ。五世代目のジュピター・チルドレン達だ。巻き込んでしまったことを申し訳なく思うが、今は謝罪している暇がない。


 ローズマリーが軽く通路の床を蹴ると、その身体が宙に向けて一気に加速した。


「はあぁッ!」


 刃は、まず鳥人間の右肩にめり込んだ。後ろの少年たちから小さな悲鳴があがる。だが、ローズマリーは一切の躊躇をせず、一気にその身体を両断した。


 正確には、その身体に纏う情報武装を、である。

 おそらくはインコに類する動物の情報因子であったと思われるが、その女性に強制的にインストールされていた情報武装は解除され、通路には生身の身体が放り出される。やはりモノリスは、接触してきた人間たちのデータ改竄を試みているのだ。かつてイチローが懸念していた事態になりつつある。

 ローズマリーは、さらに魚、トカゲと、軽々と人間に纏わりついた情報武装を切り棄てていった。


 やはり、強い。


 ガイストを握る自らの右手を見て、ローズマリーは思う。

 この強さは、電脳空間上におけるいくつかのオンライン・ゲームの情報を総合して導き出されたものだ。身体的なステータスに加え、取得しているスキルや戦歴、本人の戦い方のクセに至るまでが、武装化したアカウント情報には記録されている。


 セラ・キリュウ。最強のソロプレイヤーの名は、伊達ではない。


 この調子なら、残る敵も確実に仕留められる。ローズマリーがそう思った時、全身に纏った情報武装にわずかな違和感が生じるのがわかった。アクセルコートやガイストといったバトルチップに、わずかな揺らぎが生じている。情報因子の歪みだ。


「これは……」


 どういうことだ、と思った瞬間、カエルの情報因子を武装した男が、舌をまっすぐにローズマリーへと伸ばしてきた。


「くっ……!」


 腕をからめ捕られ、ガイストを落とす。落下したガイストは、床に落ちると弾けるようにして消えてしまった。ローズマリーは急いでホログラフ・キーを叩き、フラクタライズ・サーバーを経由して新たな武装を呼び出す。

 H&K MP7をダウンロード。300年前に存在した骨董品のような実弾銃だが、その実際は問題ではない。当時存在したオンラインゲームの中で、ローズマリー自身が〝使い慣れていた〟ということが肝要なのだ。


 呼び出した短機関銃の銃口を、カエルに向けて引き金を引く。吐き出された銃弾が火花を散らした。

 カエルの舌がローズマリーを放した瞬間、彼女はアクセルコートの能力を発動させた。ふいん、という音と共に、黒いコートを纏った全身が一気に加速する。機関銃を放り棄て、再度バトルチップ〝XAN〟をダウンロードした。ローズマリーの右手に、飾りっ気のない長剣が呼び出される。


「はあぁッ!」


 放たれた強打バッシュが、カエル男に纏わりついた情報武装をも引き裂いていく。


 よし、と思った直後に、限界がきた。ローズマリーが自らの身体に纏っていた情報武装が、弾けるようにして消滅したのである。黒いコートと直剣が消え、青い光沢のあるスーツ姿へと戻ってしまう。ローズマリーは困惑した。


「なッ……!?」


 フラクタライズ・サーバーを経由した、情報武装のリアライズシステムに不備はない。何故、武装が消滅してしまうのか、ローズマリーには想像もつかなかった。再度、同じ疑似アカウント情報を呼び出そうとしても、エラーが出てきて弾かれてしまう。

 残された敵のうち、牛人間と昆虫人間は、そのままこちらへ向かってきたりはしなかった。ローズマリーの戦闘能力が一時的に消滅したことを確認すると、通路を走って逃げていく。追おうとしたローズマリーだが、全身を縛り付けるような違和感を感じ、すぐに片膝をついてしまう。立ち上がろうとしても身体が動かず、ローズマリーは、そのまま気を失ってしまった。





 ツワブキ財団総裁ローズマリー・ノノの身体は、メディカルルームではなく専用の個室に運ばれた。彼女の〝戦い〟を見ていたミライとアカリも同席を求められ、個室の隅っこにちょこんと座らせられている。正直なところ、居心地はかなり悪い。大人たちが忙しなく動き回り、ノノ総裁に何かの電子機器を接続しているのがわかった。ノノ総裁も、自分たちジュピター・チルドレン同様、遠距離量子通信用のデータチップと生体量子回路を埋め込まれたり、しているのだろうか?

 宇宙酔いをしていたアカリもすっかり元の調子を取り戻している。居心地の悪そうに縮こまるミライとは対照的に、やたらと周囲をキョロキョロ見回していた。


「あー、ミライ・ノイマンくんとアカリ・ヤムチャコくんだね」


 艦長と思しき口ひげを蓄えた男が、ミライ達の前にやってきた。乗客名簿を確認したのだろう。


「あ、えっと」

「はい、そうです」


 言いよどむミライとは対照的に、アカリがハキハキとした口調で答えた。


「状況はある程度把握しているつもりだが、一応何が起こったのか説明してはくれないかね」

「あ、はい。えっとですね。あたしが宇宙酔いして、ミライにメディカルルームに連れて行ってもらったんですけど……」


 アカリはしっかりした口調で、つい先ほど見た光景を口頭で説明していく。こうした場面では、引っ込み思案で人見知りをするミライはてんで役に立たない。今の時代、ジェンダーを意識するなんて実にナンセンスな話ではあるが、それでもあえて言うなら、男として情けなく思ったりも、する。

 話を聞いている内に、艦長の顔はどんどん険しくなっていく。

 ノノ総裁が気を失ったくだりまできっちりと説明してから、アカリはいつもの態度で物おじせずに尋ねた。


「あの昆虫人間と牛人間はどうしたんですか?」

「あの2体は、モノリスを積んだ火星探索の調査船を奪って逃走したよ」

「ええ……」


 それは、軽く話してはいるものの、かなりヤバい状況と言えるのでは、ないだろうか。


「そもそも、あの変な人間たちはなんなんですか?」

「それなんだが……」

「それは私が説明しましょう」


 艦長の背後、ベッドの上に横たえられていたノノ総裁が、身体を起こして言った。これまで昏睡していたとは思えないほど、はっきりした口調である。


「総裁、もう大丈夫なのですか?」

「ええ、問題はありません」


 手を開いたり握ったりを繰り返しながら、ノノ総裁がベッドから降りる。

 綺麗な人だな、とミライは思った。アカリも同様なのだろう。ウェーブのかかった栗色のポニーテール。顔立ちは決して彫りが深いわけではないのだが、優しさと凛々しさを同居させたような顔の作りには、静かな気品が感じられる。


「ミライ、アカリ、ひとまず今回、あなた達を巻き込んでしまったことを謝罪します。申し訳ありませんでした」

「あ、ああっ。いえ、そんな」

「気にしないでくださいよー」


 丁寧に頭を下げられると、緊張してしまう。何しろノノ総裁と言えば、木星開拓のメインスポンサーであるツワブキ財団の最高責任者なのだ。ミライやアカリの親にとっては、いわゆる給料を払ってくれる組織の総元締めであって、雲の上の存在でもある。


「では、改めて今回の件について説明をいたしましょう。艦長、紅茶を用意していただけますか?」

「え、はっ? わ、私がですか?」

「ああ、いえ……。私が淹れましょう」


 冗談のようなやり取りの後、ノノ総裁は部屋の隅にあるアンティークな陶磁器のセットに手を伸ばした。


「ねぇねぇミライ、あれ、なに?」


 袖を引っ張るようにして、アカリが尋ねてくる。


「確か、ティーセットって奴だよ。地球では、あれでお茶を淹れて飲むんだ」

「お茶? お茶をいれる? お茶って無菌パックに入ってるもんじゃないの?」

「詳しいことは忘れたけど、植物の葉っぱをどうにかして、それをお湯につけて味を出すものらしいよ……」

「ええー……。なんか勿体ない……」


 普段であれば、生体量子回路を起動させて話しながら調べ物をしたりもするのだが、さすがにノノ総裁を前にして、話しながらのネットサーフィンは失礼だ。

 ノノ総裁が淹れてくれたお茶は、ティーカップと呼ばれる容器の中に綺麗に注がれている。飲料と言えば無菌パックの中に入ったものしか知らないアカリとミライは、この時初めてお茶という飲み物の色を知った。


「では、話をしましょう」


 間にテーブルを置き、ノノ総裁は椅子に腰かける。


「お二人が遭遇した異形、私が戦った相手でもありますが、あれは〝アフターマン〟と呼ばれる情報体によって生体情報を書き換えられた、元・人間です。書き換えられた直後はまだ情報武装という形でしか顕現していませんから、同じ情報武装によって外側を破壊することで、元に戻すことができます」


 アカリはチンプンカンプンと言った様子だが、ミライにはするりと理解できる話だった。うんうんと頷く彼を、アカリはちょっと唇をとがらせて眺めている。


「アフターマンは、300年前火星に遺棄されたモノリスの暴走によって誕生した情報体です。モノリスの建造には我が財団の初代総裁であるツワブキ・イチローも関わっていましたが、彼はこうなる可能性を考慮し、財団にアフターマンに対するカウンターシステムを用意しました」

「それがフラクタライズ・システムですか?」

「よくご存知ですね」


 ミライの言葉に、ローズマリーは、驚いたように目を見開いた。

 以前、偶然とはいえツワブキ財団のデータベースに接触したことがあるのだ。さすがに、それを口にしたりはしなかったが。


 フラクタライズ・システムは、300年前に基礎理論が確立された相似擬界フラクタライズ理論をベースに構築されたシステムである。相似擬界理論というものは、本来この世界とは別の並列位相空間、俗な言い方をすれば〝異世界〟とこの世界を接続することを理論上可能とした、量子力学の異端児だ。

 相似擬界領域フラクタライズ・サーバーというものがそもそも、並列位相空間同士の狭間に存在する〝鏡写しの領域〟である。電脳空間と現実世界の間に、本来は存在しないフラクタライズ・サーバーを仮定構築することで、電脳空間を並列位相空間と疑似的に見たて、アイテムのやりとりを可能にするのが、フラクタライズ・システムの基本骨子だ。


 と、いうことをアカリに説明しても、多分わからないだろうから言わないでおく。


 結論だけ言えば、電脳空間上のデータを現実世界に呼び出すことができるシステム。それこそがフラクタライズ・システムなのである。


 おそらく、ノノ総裁が召喚し、自らの武装としたあの剣やコートなども、電脳空間上からリアライズした情報武装なのだろう。ミライは、純粋な好奇心からこう尋ねる。


「あの黒い剣士の姿も、フラクタライズ・サーバーを経由してリアライズさせたものなんですよね?」

「ええ、ですが、どうやら使えなくなってしまったようですね」

「えっ……」


 ノノ総裁は、ホログラフ・キーを叩きながら、淡々とした口調で言った。


「あれは300年前にミライ・ネットワークを利用していたユーザーのアカウント情報を使っているのですが、そのアカウント情報にほころびが生じているのです」

「ほころび?」


 ここまで来ると、すっかりアカリは置いてけぼりだた、それでもこの場では好奇心の方が勝つ。不満そうにしているアカリには申し訳ないと思いつつ、ミライは身を乗り出した。


「私の記憶している限り、あの黒い剣士のアカウントユーザーであるセラ・キリュウは、西暦2003年生まれ。性別は男性です。ですが、現在こちらのアカウント情報を見ると」


 ノノ総裁の前に生じたホログラフ・ウインドウには、そのセラ・キリュウのアカウント情報が記載されている。生年と性別の欄に、ひどいノイズが走っていた。文字が大きく歪み、耐えず変化を続けている。量子情報の欠損だろうかと思ったが、このようなデータ破損の症例にはミライも心当たりがない。


「フラクタライズ・サーバーを仮定構築した際、おそらくこの世界と極めて近い並列位相空間の情報が、こちら側に流れ込んできたのだと思われます」


 ノノ総裁は、淡々と呟きながらキーを叩いていく。他のアカウント情報も、生年のあたりにノイズが走っている。


「えぇっと、こちらの世界と、その人物の生年・性別が違う世界……ってことですか?」

「俗に言う並行世界ですね。そうした可能性のある世界がこちら側に干渉してきているのです。性別にまで影響が出ているのは〝彼〟のみですが、おかげで疑似アカウント情報の欠損がひどく、こちら側に呼び出せなくなっています」


 彼のアカウント情報が一番強力だったのですが、とノノ総裁は言った。


「他のアカウント情報も、かなり打撃を受けていますね。リアライズできないほどではありませんが……。使えそうなデータは限られてきています」

「それじゃあ、あのアフターマン達との戦いは……」

「御心配なく」


 ホログラフウインドウを閉じながら、ノノ総裁はにこりと微笑んだ。


「フラクタライズ・システムのみが、アフターマンに対するカウンター措置ではありませんから」


 そう言ってティーカップを片手に、お茶を口にする。


「さて、私の方からお話できるのは以上です。今回の件は、巻き込んでしまったことに対するせめてもの誠意としてお話しさせていただきましたが、当然、ご内密に」


 ノノ総裁の言葉は、これ以上この件には踏み込まないようにという意味を、暗に孕んでいた。総裁の方からも、これ以上ミライ達に接触するつもりはない、という意味でもある。ミライは少し寂しい気もしたが、首を突っ込んでできることがあるかというと、正直なところ自信がない。

 結局、ノノ総裁と艦長に見送られるようにして、ミライとアカリは部屋を出た。


「結局、ミライ達が何を話してるのかさっぱりわからなかった……」

「え、ああ……。うん、ごめん……」


 アカリは唇をとがらせている。ミライは、それからしばらくの間、アカリをなだめるようにしながら客室まで帰らなければならなかった。





 二人を見送った後、ローズマリーも艦長と共に艦橋へと戻ることにした。


「総裁、お身体の方はもうよろしいのですか?」

「ええ。エラー情報のノックバックがあったようです。こういう時、精密機器の身体は困りますね」


 冗談めかしたように告げ、並んで通路を歩く。


 実際は、単なるノックバックよりも深刻だ。欠損したアカウント情報をインストールしたことで、情報武装をドライブするソフトウェアの部分が焼き切れてしまっている。先ほど確認した中では、無事なアカウント情報がまだいくらか残ってはいたが、今の身体であれらを武装としてインストールできるかというと、かなり怪しいところだ。

 状況は、かなり悪いと言える。不慮の事故とはいえ、アフターマンに対するカウンターシステムの根幹をいきなり失ってしまった形になるのだ。地球にはまだ切り札がいくらか残っているとは言っても、かなり厳しい戦いを強いられそうである。


 それに、ローズマリーの懸念はまだある。


「何をお考えですか?」


 難しい顔をするローズマリーに、艦長が尋ねてきた。


「ああ、いえ……。先ほどの子供たちのことを」


 隠し立てすることでもないので、ローズマリーは正直に答える。


「あのミライ・ノイマンという少年ですか。第五世代のジュピター・チルドレンですな。ワープ通信技術などに、かなり造詣が深いようで……」

「ああ、いえ……」


 艦長の言葉に、ローズマリーはかぶりを振った。


「アカリという少女の方です」

「ふむ?」

「私の記憶の中に、彼女と酷似した少女の存在があります。艦長、差し支えなければ、あとで乗客情報を見せてもらっても良いですか?」

「じょ、乗客情報をですか? うぅむ……」

「無理にとは言いませんよ」


 乗客情報に載っている程度のデータならば、ツワブキ財団の調査力をもってすれば容易に入手可能である。さすがに、宇宙を航行中の現在では少し手間もかかるが。

 ローズマリーの記憶が正しければ、あの少女は……、


 いや、憶測で考えるのはよそう。他人の空似だ。なにせローズマリーは300年も生きている。似ている人間などいくらだって見てきた。まず、アカリの身元を一度しっかり確認してからということになる。


「ノノ総裁!」


 艦橋に戻ると、通信兵の一人がいきなり彼女を呼んだ。


「どうしました?」

「あ、あの……。総裁あての通信が来ています」

「伺いましょう。出していただけますか?」

「はい」


 正面の大型モニターの映像が切り替わり、映し出された顔を見て、ローズマリーは大きく溜め息をついた。


「なんだ、あなたですか」


 落胆と肩透かしも露わにそう呟くと、映し出された顔はにやりと笑う。


『なんだとは心外だなァ。ローズマリークン。君もずいぶん人間らしい姿がサマになってきたようだ』

「そう言うあなたは、顔を合わせるたびに人間離れしていっているような気もしますが」

『いや、培養液の中というのも快適だよ。アイリスブランドがキミとボクだけになって久しいがね、社会の変化を眺めているだけでも退屈はしないなァ』

「歳食いすぎてボケていますか? 特に用件がないのに、宇宙船のワープ通信に割り込まないように」

『おぉっと、そうだそうだ』


 にやにや笑う男の顔を、ブリッジクルー達はぽかんと見つめていた。ローズマリーは、画面に映っているこの男を身内などとは間違っても思いたくはないのだが、それでも身内の恥をさらしているような気分になってだいぶ具合が悪い。

 男は続けた。


『聞いたよ。アフターマンの活動が開始されたそうじゃないか』

「はい、おかげさまで」

『キングのアカウント情報が欠損したのはこちらでも確認している。厄介なことになったなァ』

「もう一度言いますが、用件がないなら……」

『いやいや、大事な話はここからさ。ギルメンのよしみとして、君に新しい戦力を提供してやろうと思ってさァ』


 ローズマリーは、ふぅ、と溜め息をついた。信用したくも信頼したくもない男だが、現状、戦力不足を痛感しているのは事実だ。フラクタライズ・システムを利用できなくなった今、こちらの方からあの男を頼ることも視野に入れていた。それを考えれば、向こうから連絡してくれたのは福音とも言える。


 ローズマリーは腰に手を当てて尋ねた。


「聞きましょう。手短にお願いします。オトギリ」

次回更新予定日は2016年4月1日です。

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