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ep.09 謎

平成最後の更新になります。よろしくお願いします。

 結論から言えば、ミライはすべてを把握していたわけではない。キョウスケであれば平行世界への干渉が可能であると考え、彼の思考領域サイキックサーバーを介して、観測情報の改竄を行った。“ゆらぎ”によって実体化リアライズに必要な情報強度が整わなかった疑似アカウント情報を武装化することに成功したのは、そのためだ。

 しかし、この試みは、結果として偶発的な出来事を引き起こした。相似疑界領域フラクタライズ・サーバー上に残された、幾つかの痕跡。それらの情報が疑似アカウント情報と誤認され、ミライの生体量子回路に刻みこまれたのである。


 この黒い甲冑が、すなわちそれである。


 甲冑のデータを武装化したことによって、ミライの頭脳には、生体量子回路を通して様々な情報が流れ込んできていた。おそらくは、このデータに纏わる人間の記憶と思われるものだが、ミライはそれを正しく処理しきれない。結果、彼は生体量子回路にフィルターを設けて、最低限必要な情報のみを受けとるにとどめた。


 必要な情報、すなわち戦い方だ。


 蓄積された戦闘経験は豊富であり、かつ本物だった。力任せに唸らせる拳は、マグナムと互角に渡り合えている。

 ミライは、獅子王の身体を掴み上げ、炎の翼を広げて勢いよく飛翔した。天井を突き破るようにして、火星の空へと浮かび上がる。あまりの加速に、空気が塊のように叩きつけられる感覚が、甲冑越しにもわかる。


「てめぇ、どういうつもりだ……!!」


 獅子王が、こちらの腕を掴みあげ、低い唸り声をあげる。みしり、と甲冑の軋む音がした。


「どういうつもりって、どういうことだよ……!」


 ミライは臆さずに言い返す。わずかな恐怖はあった。だが、それ以外の感情が勝っていた。


「てめぇはツワブキじゃねぇ……! ツワブキの子孫ってワケでもねぇ……! そのてめぇが、俺に……!」

「知ったことか!」


 ツワブキ、ツワブキと、この怪物がいったい何にそこまでこだわっているのかは知らないが。どのみち、彼の個人的な因縁に付き合ってやるつもりは毛頭ない。ミライが獅子王に殴りかかった理由はただひとつ。彼らが、アカリを狙っているからだ。

 サイキッカーがアフターマンの天敵であるとか、そんな憶測すら、もはやこの時点ではどうでも良い。


 ミライは、その額を、思いきり獅子王に打ち付けた。肉の向こうの頭蓋と、黒い兜が、がちんとぶつかる感触がある。


「これ以上、アカリには近づけさせない……!」

「アカリ……!? あのサイキッカーのガキか……!?」


 マグナムは虚をつかれたような顔になり、それから、口元をニィと歪めた。


「さてはテメェ、あのガキが何なのか知らねぇな……?」

「なにを……」


 彼の言葉には、一切耳を貸さないつもりでいたミライだが、一瞬、思考が奪われる。その隙を突くようにして、獅子王マグナムは、ミライの腕を振り払って蹴りを叩きこんだ。


「ぐっ……」


 空中でバランスを崩すミライ。しかし、当然宙に放り出された獅子王は、そのまま地上へと落下を始める。ミライは炎の翼をバーニアのようにふかして、落下するマグナムへと追いすがるかのように加速した。


 マグナムはさらに笑う。


「滑稽だな。あのガキの中に何がいるか知らないで! あいつの中にはなぁ、あらゆる知性体の敵が……」


 言いかけたところで、ミライはその腕を伸ばし、獅子王の口をふさいだ。


「知ったことか……!」


 ミライは再度、その言葉を口にする。


 獅子王マグナムが語ろうとしていることは、あるいは真実なのかもしれない。傾聴に値する事実が隠されているのかもしれない。しかしそれでもミライは、これ以上彼の口から、アカリの何かが語られることを拒んだ。

 彼らはアカリを狙った。そしておそらく、今後も狙う。ミライに対して真実を語るのだとして、それが、単なる善意であるはずがない。


「アカリはアカリだ……!」


 ミライが叫ぶ。黒い甲冑が白へと変わる。炎の翼が消滅し、兜がはじけ飛び、少年の顔が露わになる。髪が金髪へと代わり、尾を引くように伸びて、ぶわりと宙へ広がった。

 いつの間にか手に握られていた一本の剣をマグナムの身体に突き立てると、ミライは足を延ばし、柄に足を当てて勢いよく蹴りつけた。


「ぐおっ……!」


 獅子王が鈍いうめき声をあげる。怪物の肉体は火星の大地へと叩きつけられた。ミライの身体も激しい衝撃が襲い、その衝撃に耐えきれず、白磁の装甲は情報分解されて宙へと霧散していく。もうもうと巻き上がる砂埃の中、クレーターの中央には、大の字に空を仰ぐ獅子王の姿と、彼の身体に足をかけて睨みつけるミライの姿が残った。


「ああくそ……!」


 マグナムは悪態をつく。


「くそ、ここで終わりか。こんな……こんな、ところで……! ツワブキ、俺は……!」


 それが、このアフターマンの最期の言葉になった。全身を構成する情報因子が崩れ、ほつれるようにして、火星の大気へと消えていく。ミライは、荒い呼吸を繰り返しながら、その一部始終を見守っていた。


 勝った。


 ひとまずは、そういう認識で、良いだろう。


 自分が今まで、『戦っていた』という実感が遅れてやってきて、ミライはその場に尻もちをつく。どっと汗が噴き出して、呼吸も荒い。現実感はなく、まだ夢の中にいるようだった。


「ミラーイ!」


 少し離れたところから、自分を呼ぶ声がする。見れば、アカリが、こちらに向けて両手を振り走ってきているところだった。キョウスケ、マジマ、それからノノ総裁も一緒だ。ミライは小さく笑って、手を振る。その彼に、アカリは飛び込むように抱き着いてきた。


「うわっ……!」


 バランスが取れずに倒れそうになるところを、なんとか踏みとどまる。


「ミライ、すごかったねぇ! あたし見てたよ!」

「え、あ、そ、そう? そうかな……」


 彼女からこうもまっすぐな賞賛を浴びることは珍しくないとはいえ、この距離は少しうろたえる。ミライが視線を彷徨わせると、次にキョウスケと目が合った。


「やったじゃねぇか、大将」

「いや、キョウスケが手伝ってくれたからだよ」

「そうかぁ? オレ、あんま自分が何やったかよくわかってねぇんだけど」


 ま、いいか、と言って、キョウスケはそれから、ノノ総裁を見る。


 ノノ総裁は、いつものようにクールな表情をしていた。何を考えているかわからないといった顔つきのまま、しばらくの沈黙があり、それから、静かに口を開く。


「あなたに戦わせることになってしまい、申し訳ありません」

「え、あ、いや……」


 てっきり指示に反したことを怒られるかと思っていた。ノノ総裁は、口元に薄い笑みを浮かべる。


「そしてありがとう。我々では急場しのぎにしかなり得ませんでした。やはり、いけませんね。機械の身体では融通も利きませんし」


 ノノ総裁は、次に腕を組んで黙り込んでいるマジマを見た。


「俺からは、特に、何も」

「おいオッサン、そういうとこだぞ」


 横からキョウスケに突っ込まれ、マジマは小さく舌打ちをする。それからぼりぼりと頭を掻いて、ちらりとミライの方を見ると、小さな声で言った。


「良いもんだな。大事にしろよ」

「は、はぁ……」


 それがアカリのことを言っているのは、まぁ理解できた。ミライは、ずいぶんと上機嫌で頭をこすりつけてくるアカリをぽんぽんと撫でてやり、それから、獅子王マグナムの残した言葉を思い出す。


――滑稽だな! あのガキの中に何がいるか知らないで!


 アカリの中に、何かがいる?


 彼女は、ただサイキッカーというだけではなく、何かもっと別の。特別な要素を持ち合わせているとでもいうのか? そもそも、アカリの“中”とは、何のことだ?


 ミライには、嫌な心当たりがあった。

 アカリはサイキッカーだ。思考領域サイキック・サーバーを有している。何かが潜んでいるとすれば、その中ではないか。


「………」


 もちろん、獅子王マグナムが適当なことを言った可能性は否めないが。


 そもそもとして、アカリの出生には謎が多い。彼女は木星のヤムチャコ夫妻に拾われた養女であって、どういった経緯で木星にたどり着いたのかさえ謎のままだ。

 幸いにして、今のミライには相談できる相手がいる。ノノ総裁たちには、獅子王マグナムに言われたことを説明しておいた方が、良い気がした。




 その後、ミライは空港で簡単なメディカルチェックを受けた。なにせ、ぶっつけ本番でフラクタライズ・システムを運用したのだ。肉体になんらかの異変が起こっていてもおかしくはない。情報武装は、本来はただ情報として装備を纏うだけであるが、ミライの場合は頭髪を含めた肉体に直接的な変化が起こっていたので、その残滓が残っていないかも、入念にチェックされた。


 結果は、今のところ異常なし。ただし経過観察は必要とのことだ。


 なんとなく、ノノ総裁が体よくミライとアカリを手元に置いておくための方便にも思えたのだが、さておく。


「ひとまず、フラクタライズ・システムの復旧と、次のアフターマンの捜索を続けます」


 ほとんど無人の通路を歩きながら、ノノ総裁が言う。隣にはマジマも一緒だった。


「サイキッカーの手助けがあれば、破損した情報の修復がある程度可能であることがわかりましたから。とは言え、ミライのやり方は少し乱暴すぎて、あまり推奨はできませんけれど」

「そ、そうですか? なんだったんですか? あの甲冑とか……」

「詳しい説明は長くなるので後ほどにしますが、相似疑界領域フラクタライズ・サーバー上に残された転移者の構成情報でしょう。現実に存在する、あるいはした人間の情報ですから、電脳空間に保存されている疑似アカウント情報とは、その量が異なります。武装化するには負担が大きすぎるのです」


 そう言って、ノノ総裁は、ミライの腕を指で指し示した。


「とは言え、どうやら情報はその生体量子回路に保存されてしまっているようです。回路からアレだけ容量の大きな情報を削除するのは危険ですから、ひとまずはそのまま、ということになります」

「つまり、フラクタライズ・システムにアクセスすれば、いつでもアレになれるってことですか?」

「ええ、まあ」


 ノノ総裁は、少しだけ言葉を濁しつつ答える。


「本当は、あなたに戦ってもらうのは本意ではないのですが、まあそう言ってはいられない状況も多々あるでしょう」


 まぁ、そうか。大人の立場というものがあるものな。ミライは賢しらに納得する。


 しかし、ここで、『あなたのおかげで助かりました! これからも一緒に戦いましょう!』と言われるよりはマシかもしれない。こちらが戦いに出ることには消極的だが、それはそれとして、こちらの意思も尊重してくれるということだ。ありがたい。


「そういえば、空港の天井壊しちゃってすみません」

「ああ、その件は、まぁ、仕方ありません。ツワブキ財団の方でなんとかしておきましょう」


 さらりと言ってのけるノノ総裁。少しだけ、都合のいい時だけ大人に甘えてしまう立場を申し訳なく思う。


「それでミライ、先ほど我々に話があると言っていましたね」


 通路を進みながら、ノノ総裁が続けてそう尋ねてきた。ミライは小さく頷き、先だってマグナムからされた話のことを口にする。


「実は、あのアフターマンが気になることを言っていて」

「気になること、ですか」

「ええ、アカリの中に、何かがいるって」


 その言葉に、まっさきに反応したのは、ノノ総裁ではなくマジマだった。


「なんだと?」

「何かいるって。知性体の敵みたいなこと言ってました」


 顔をしかめるマジマに対し、ミライは聞いたままのことを正直に伝える。


 全知性体の敵。とは、なかなか剣呑な言葉だ。いまいち現実味が薄く、実感できる話でもないが。そんな危険なものがアカリの中にいるのだとすれば、もちろん、放置できる話ではない。

 ミライは、マジマに対してさらに踏み込んで尋ねる。


「心あたり、あるんですか?」

「なくは、ないが……」


 マジマは苦虫を噛み潰したような、しかし同時に、何やらわずかに焦っているような表情を浮かべている。


「そうか……。くそ、やっぱりそういうことか……」

「え、な、なんですか……?」


 ミライがちらりとノノ総裁の方を見るが、彼女も小さく首を横に振るだけだ。詳しいことは知らないのだと思われる。


「教えてくださいマジマさん、何か知ってるんですか?」


 思わず食ってかかるミライ。しかしマジマは、彼の目をまっすぐ見据えて、意外なことを言った。


「俺の考えが正しいのなら、あの子の中にいるのは、知生体の敵でもなんでもない。だから心配する必要はないはずだ。むしろ……」

「むしろ……?」

「いや、ここから先は言えん」

「なんでですか!」


 マジマはそれ以上答えなかった。首を横に振り、ぶつぶつと何かを言いながら、速足でその場を去っていく。ミライは困惑したままそれを見送り、そして、ノノ総裁に尋ねる。


「ど、どういうことですか……?」

「私にもわかりませんが」


 ノノ総裁は、去っていくマジマの背中を見つめながら、慎重に答えを探していた。


「おそらく、“かがやきの家”に関係があるかと」

「“かがやきの家”……?」


 初めて聞く名前だ。ノノ総裁は、さらに詳しく、その詳細を説明してくれた。


 “かがやきの家”は、およそ300年前に地球に存在した児童養護施設である。その前身は、岩戸財団と呼ばれる団体であり、養護施設という表向きの顔に隠れるようにして、秘密裏の研究が行われていたという。


「この話、踏み込むと長くなるのですが」

「お願いします」


 むしろ、ここで話を切り上げるなんてありえないことだ。ミライが続きを促すと、ノノ総裁は静かに頷いた。


「まぁ、良いでしょう。アフターマン云々とはまったく関係のない話にはなりますが、アカリが絡んでいるかもしれないというのであれば、知っておいた方が良いかもしれません」


 そう前置きをして、彼女は、ゆっくりと喋りだす。


「そもそもの話は、第二次世界大戦中、太平洋で消息を絶った一隻の重巡洋艦から始まるのですが」

次回更新予定日は2020年4月1日です。

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