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プロローグ

 かつて、地球には世界の覇権を握る六人の男がいた。


 アメリカの御曹司、ジョン・マグナム。

 中国の御曹司、飛小龍。

 フランスの御曹司、ミッチェル・シャンジャルーニュ。

 ロシアの御曹司、イワノフ・ボスコヴィッチ。

 エジプトの御曹司、アメンホテプ四世。

 そして、日本の御曹司、石蕗一朗。


 人は、彼らのことを世界六大御曹司と呼んだ。


 切っ掛けは些細なことであった。六人の御曹司は、たまたま顔を合わせたその日、極めて知的で学術的な雑談の花を咲かせたのだが、それはふとした弾みで、人類が滅亡したあとの話へとシフトした。天才にはよくある話なのだ。

 御曹司達は人類滅亡後、いわゆるアフター・マンの世界において、覇権を握るのは如何なる生物であるかを話し合った。話の前提たる滅亡の原因すらも曖昧なままであり、そもそもアフター・マン自体がジョークで成り立つようなアホ科学であったわけだが、御曹司達は真剣であった。


 御曹司達は三日三晩に渡る激論の末にも結論を出すことはせず、しかし別の考えに達した。


 ならばもう、自分達で決めてしまえばいいのではないか。

 そうして御曹司達は、各々の推す生物の代表を封じ込めたモノリスを製造し、火星に向けて打ち出した。もし今後人類が滅亡するようなことがあれば、モノリスに封じられた各生物の代表が戦い、地球ひいては太陽系の新たなる覇者を決めるのである。

 その会合の場にたまたま居合わせた一人の女性はこう語った。


『本気で言ってるんですか?』


 まぁ実際本気だったのであろう。彼らは大真面目であった。だが、その女性はこうも語った。


『何かの手違いで、人類が滅亡する前に起動しちゃったらどうするんです?』


 その場合は、モノリスから出現した各生物の代表が、太陽系の覇権を得るために、まず現人類を抹消しようとする可能性がある。なるほど、それは問題だ。

 女性の雇い主である一人の御曹司はそう考え、モノリスの暴走に備えたカウンターシステムを、密かに構築した。当然、このようなシステムの出番があるようなことが、あってはならない。何事もなく過ぎ去れば、それに越したことはない。御曹司はそのように思っていた。





 それからおよそ300年の月日が流れた。





 木星開拓船団の子孫達が、初めて地球の土を踏む日がやってきた。長きに渡る地球連邦政府とアステロイドベルト独立政府との抗争にひと段落がつき、和平が成されてから更に数年後のことである。

 地球を目指す艦に乗るのは多くが少年少女だ。ワープ通信による仮想空間コミュニティ、すなわちアドヴァンスド・ミライ・ネットワークにおいて、彼らは何度も架空の大地を踏みしめ、しかし本心では現実の地球にこそ思いを馳せてきた。その願いがもうすぐ叶うということで、艦内には爽やかな活気が満ちている。


 客席には一人、そうした賑やかさとは少し離れた場所に座る、物静かな女性がいた。


「いやぁ、騒がしくて申し訳ありません」


 子供たちの引率者らしき中年の男が、照れ笑いを浮かべながら、女性に声をかける。


「お気になさらず。彼らも楽しみなのでしょうね」

「ははは、お恥ずかしながら、私も地球に向かうのは初めてですから、あいつらを諌めることができなくてですな」


 しとやかな女性の佇まいには気品が宿る。ウェーブがかった栗色の髪をひと房にまとめ、服は青みがかったスーツの上下であった。胸元には蝶のブローチがついている。

 女性は、ホログラフ配信されているニュースに目を通しているところだった。人間の活動圏が宇宙にまで広がって久しく、おかげさまで飛び交う情報も格段に増えた。地球圏全域の事情すべてに目を通し、把握しておくことすら、難しい世の中である。


「失礼ですが、貴女は?」

「私は、地球で生活していたこともありますので」

「ほほう、羨ましい……。上流階級の方で……いや、言葉を尽くすとかえって見苦しいですかな。是非、いろいろなお話をお聞きしたいものです」


 女性は、やはりしとやかに微笑んで返答とした。地球で直接生活していた経験のあるような階層の人間ならば、この気品も頷けるものかもしれない。

 その女性が食い入るように見つめていたニュースであるが、火星の遺跡調査を行っていた一団と、連絡が取れなくなっているというものだった。痛ましい話ではあるが、とりたてて珍しさがあるようなものでもない。火星遺跡で発掘された六枚のモノリスは、詳細なる調査のため地球の研究所へと運搬されることになったのだが、宇宙船が火星の重力圏を突破したあたりで、連絡が途絶えたのだという。


 男は、そのニュースにさしたる興味を見せなかったが、女性は複雑な表情で、何度も目で追っていた。


 不意に、背後から大きな悲鳴が上がる。男は立ち上がり、驚いて後ろを見た。どうやら、彼の引率している少年たちが、ちょっとした騒ぎを起こしてしまったらしい。男は慌てて女性に謝り、後ろの席へと飛んでいった。

 女性はそれを見送ってから、再びニュースへ視線を落とす。


 やがて女性は、ぽつりと呟いた。


「どうやら、あなたの望まなかったほうの展開になりそうです。イチロー」


 〝彼〟は、世の中の不確定性こそを愛していた。だからこそ世の中は面白いのだと言っていた。

 それでも、やはりこのような展開には、ならなかったほうが良いに違いない。女性――ローズマリー・ノノは、膝の上で小さく手を組み、しばしの休息を得るためにそっと目を閉じた。

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