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一義の憂鬱09


「ご主人様お起き下さい……」


「お兄ちゃん起きて!」


「旦那様起きるんだ」


 かしまし娘がやいのやいのと一義を揺り起こす。


「うぅん……」


 一義は掛布団に潜り込んだ。


「あと五分……いや六分三十秒……いや七分十五秒でいいから寝かせて……」


「秒数だけ聞くと妥協しているよう聞こえますけど明らかに傲慢な言い草ですよご主人様……」


「お兄ちゃん! 学校!」


「今日は神学の講義だろう?」


 やいのやいの。


「お味噌汁が冷めてしまいます……」


「目玉焼きもあるよ!」


「つやつやの米もあるぞ?」


「味噌汁……目玉焼き……つやつや……」


 やっとのことで一義は覚醒した。


 頭の中は睡眠半分覚醒半分と言ったところだ。


 次の瞬間、


「っ!」


 一義は瞬間的に覚醒し、花々に当て身を打った。


 花々の魔術……金剛によって当て身は無駄に終わったが。


 睡魔のツルは振りほどけたが、一義にしてみれば、


「趣味の悪い起こし方だよ」


 そう言う他ない。


 花々が何をしたかというと、要するに一義の袖に隠したクナイを抜き取ろうとしたのだ。


 それに対して一瞬で危機感をおぼえ覚醒したのが一義というわけだ。


 一義の言うとおり趣味の悪い起こし方である。


「でも目は覚めたろう?」


 花々は可愛らしくウィンクをした。


「まぁね。おはよう花々」


「おはようだ旦那様」


「姫々、音々、おはよう」


「おはようございますご主人様……」


「おはよ! お兄ちゃん!」


 そうやってかしまし娘と挨拶を終えると、一義はダイニングに顔を出した。


「おはようございます一義」


「おはようございますわ一義」


「一義、おはよ」


「…………!」


 ダイニングでは西方ハーレムたちが一義を歓迎した。


 一義はガシガシと後頭部を掻きながら、


「おはよ」


 と返す。


 それから自身の席について朝餉を取り出す。


 今日の朝食は姫々プロデュースだったらしく完成された味であった。


 特に和食を作らせて姫々を超える者はここにはいないのである。


 多幸感と一緒に米を噛みしめる一義。




    *




 神学の講義は一言で述べれば、


「退屈」


 であった。


 ヤーウェ教についての知識。


 愛と徳の政治宗教とも言える。


 全知全能と言うのはかまわないが、


「じゃあ全能のパラドックスはどう解決するのか?」


 と一義は問わざるを得ない。


「せめて全知万能と言うべきでしょ……」


 一義は誰にも聞こえない小さな声で呟く。


 それは神に対する冒涜だったが一義にしてみれば知ったこっちゃなかった。


 和の国は八百万の多神教の国だ。


 神は万物に宿り、それ故に、


「あらゆるものに礼と義を尽くせ」


 というモノだ。


 それは文化としての礼節であってヤーウェ教のように、


「信じよ。されば救われん」


 などという御大層なモノではなかったのだ。


 神と巨人の戦争。


 究極の知恵と究極の力の闘争。


 そして神は巨人を打ち倒した。


 巨人は倒れて大陸となり神は自身に似た獣……人間を大陸にお創りたもうた。


 故に人間だけが神の手による獣であり、愛と徳とを持った。


 絶対にして唯一神……ヤーウェ。


 その御心が世界を愛し、その仕草が運命を奏でる。


 粗野な巨人より生まれた獣とは一線を画す人間。


 そして神に愛されているが故に人間は魔術を使える。


「僕、エルフなんだけどな」


 独りごちる一義。


 人間優位主義において亜人は排斥される定めだ。


 大陸東方に生息するエルフは、大陸西方では東夷と呼ばれて人を堕落させる存在とされている。


 エルフだけではない。


 大陸西方にも亜人はいる。


 ゴブリン……トロール……ヴァンパイア。


 皆々人間を害す亜人だ。


 故に特に何もしていないエルフの一義が亜人というだけで恐れられるのも無理がないと言えばないのではあるが。


 ともあれヤーウェを崇め奉っていない一義が……亜人である一義が……人間の証である魔術を使えることを神学の講義をしている講師はどう思っているのだろうか。


 一義は紫色のネクタイを弄りながらそんなことを密かに思うのだった。


 ひねくれてはいるが一義の思考には底意地の悪さの他に真理がある。


 結局のところ宗教とは文化的な言葉遊びだ。


 それを理解しているかいないか……盲目的かどうか……それによって人は生き方が変わるのだ。


 少なくともヤーウェ教において説かれている《魂》の存在はアイリーンが否定している。


 つまりそれはそういうことだった。


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