一義の憂鬱07
その日の夕餉は湯豆腐だった。
「毎度毎度思うけど狭いね」
当然のことを当然のように言う一義。
一義、姫々、音々、花々、アイリーン、ビアンカ、ジンジャー、ハーモニーがダイニングに揃っているのだ。
狭いに決まっている。
一義はおたまですくいとった豆腐を出汁につけて口に放り込む。
はふはふと熱い湯豆腐を食べていると、
「美味しいですか?」
アイリーンが問うてきた。
「うん」
一義が頷いた。
「出汁はどうでしょう? 塩辛くないですか?」
「不満はないよ。何? この出汁アイリーンが作ったの?」
「いえ、私は姫々を手伝っただけですが」
「アイリーン様は出汁づくりに懸命でしたよ……」
姫々がフォローを入れてくる。
「そっか。美味しいよ」
頷いてニッコリ笑うと、アイリーンは赤面した。
一義のスマイルに参ったらしい。
元よりエルフとは比較対象が無いほどの美貌を持つ。
一義とてその血には逆らえぬからどうしても美少年になってしまい、少女を籠絡せしめるのだった。
「でもこれで私以外は四過生かぁ」
ジンジャーが不満そうに呟く。
一義は鼻を鳴らした。
「は。前にも言ったけどね。力ってのは歪みを生むか正すかの手段でしかないんだ。力なんて持っていれば余計なしがらみに纏わりつかれるだけだよ」
「でも矛盾の魔術師みたいに絶大な力を持っていれば何もかもを自分の好きに出来るんじゃないかな?」
「それでどうする?」
「どうって?」
「惚れた異性を無理矢理手籠めにするのかい? それとも力を誇示して媚を売る相手にふんぞり返る? 生意気な人間を殺して堂々としてる? お山の大将になって悦に浸る? 確信を持って言おうか。全てを失うよ?」
「それを失わないための力があれば問題ないじゃない?」
「疎ましがられるだけさ」
一義は肩をすくめる。
「そんなのは始めから裏切られていることと同義だ」
「一義は力に対して何か怨念のように感じいる部分があるよね」
「当然でしょ」
キノコを口に運んで咀嚼、嚥下。
「好きだった女の子一人助けられない力なんてあっても無意味だ」
「その遺産と考えることはできませんか?」
これはアイリーン。
「君はフェイに対してもそう言えるのかい?」
一義が皮肉気になったのはしょうがないことだったろう。
「それは……」
「過剰な力は老後を寂しくさせる以上の意味を持たないんだよ。僕はそんなのは御免だね」
「…………」
クイと一義の隣に座っているハーモニーが一義の袖を引っ張った。
「なぁに?」
「じゃあ旦那様は何を求めているのか……と言いたいらしいよ」
花々が通訳する。
「愛だ」
こともなげに答える。
「…………」
ハーモニーは困惑したようだった。
「世界平和に必要なものは愛と徳だよ。そしてその二つに全ての意識が洗脳されればこの世にはユートピアが生まれる」
「…………」
「まぁ無理だけどね」
「…………」
「無理なんだ……と問うてるよ?」
「うん。無理」
「何故でしょう? ご主人様……」
これは姫々。
「僕が右の頬をぶたれたら相手が敵意を失い恩赦を懇願するまで殴りつける性格だから」
「…………」
この沈黙はハーモニーだけのものではない。
「つまり少なくとも僕がこの世にいる限り世界に平和は訪れない」
「例えばだけど……矛盾の如き力による支配という方法をとれば別の形の平和は出来ないかな?」
燈色の瞳には試すような感情が映っていた。
「だからそんなことしたら老後が寂しいでしょ?」
一義はうんざりと言う。
「僕は愛を求める。そして愛を返してくれる相手に愛を与えたい。殴ってくる相手は殺すけど、それは力あるが故だ。無力ならばきっともっと僕は愛に生きられただろうにね」
自嘲気味の言葉だった。
「結局そこにいきつくわけだね」
くつくつと花々が皮肉る。
「大丈夫! お兄ちゃんは音々がいっぱい愛してあげるから!」
音々が励ました。
「ありがと。いい子だね音々は」
一義が微笑むと、
「えへへ!」
照れた様に音々ははにかむ。
ムッとしたのは他のハーレムだ。
そして、
「わたくしもご主人様を愛しますよ?」
「あたしもだね」
「私も」
「わたくしもですわ」
「私もかな」
「…………! …………!」
ハーレムたちがそんな風に励ました。
「うん……まぁ……善意は受け取っておくよ」
そう言って一義は湯豆腐を食べるのだった。