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一義の憂鬱02


 ダイニングでのこと。


「どうぞご主人様……」


 姫々は一義に茶をふるまった。


 時は真夜中。


 一義が月子の悪夢を見てから数十分と経っていない。


「ありがとう姫々」


 そうお礼を言って一義はティーカップを持ち上げる。


 優しい香りが鼻孔をくすぐる。


「ハーブティー……」


「はい……。アイリーン様より頂戴したものです……。アイリーン様曰く鎮静効果があるそうで……少しでもご主人様の慰みになれば……と……」


「ありがとう」


 もう一度礼を言って一義はハーブティーを飲む。


 口いっぱいに香しい味が広がる。


「はふ」


 と吐息をついて、ティーカップを受け皿へと戻す。


 カチンと陶器独特の音が鳴った。


 それから、


「格好悪いところ見せちゃったね」


 一義は苦笑した。


「少なくともわたくしと音々と花々に対しては格好をつける必要は無いかと思われます……。わたくしたちかしまし娘はそのために存在するのですから」


「僕は君たちに頼ってばかりだね」


「ですからそれこそ本望というものです……。いくらでも涙を流してください……。いくらでも縋り付いてください……。いくらでも絶望して……いくらでも唾棄して……いくらでも卑下して……いくらでも嫌悪して……いくらでも弁解して……いくらでも自嘲して……いくらでも頼ってください……。そんなにも嘆くご主人様を慰めることこそわたくしの喜びですから……」


 銀色の髪を揺らして、銀色の瞳を優雅に細めて、躊躇いなく姫々は言った。


 そのやりとりは幾度となく繰り返された一義の懊悩と姫々の寛容の一端でしかない。


 しかも事実上自慰行為だ。


 それでも……いや、だからこそ……一義は姫々を愛おしく思っていた。


 口に出しては言わないが。


「その通りだよお兄ちゃん!」


「姫々もたまには良いことを言うね」


 第三者の声が聞こえた。


 一義は振り返る。


 そこには……ダイニングには新たな人物を迎えた。


 黒髪黒眼の美幼女に、赤髪赤眼の美少女。


 黒い幼女はぱっちりとした眼を一義に向けていた。


 赤い美少女は人間ではなく亜人だった。


 オーガ……あるいは鬼……そう呼ばれる種族だ。


 額に角が生えていて、歯並びは牙が揃っている。


 黒い幼女は音々と、赤い鬼っ娘は花々と、それぞれ呼ばれる。


 姫々、音々、花々の三人を以て一義はかしまし娘と名付けていた。


 閑話休題。


「どこから会話を聞いていたの?」


「ダイニングから……かな?」


 皮肉気に花々が答える。


「いい趣味とは言えないね」


「旦那様の絶望の叫びが聞こえたのさ。心配もしようというものだろう?」


「花々の言うとおりだよ、お兄ちゃん!」


「さいですか」


 ガシガシと後頭部を掻く一義。


 そしてハーブティーを飲む。


「音々……花々……」


「なぁに姫々!?」


「何だい姫々?」


「お茶を淹れましょうか……?」


「うん!」


「よろしく頼むよ」


「相承りました……」


 そう言って姫々はキッチンに向かった。


 音々と花々はダイニングテーブルに着く。


 切り出したのは花々。


「また発作を起こしたのだね旦那様」


「まぁね」


 ハーブティーを飲みながら一義。


「愚かだと笑うかい?」


「それについての議論は既に済んでいるだろう?」


「お兄ちゃんの言い方はずるいよ!」


 非難する音々に、


「だね」


 一義は安易に認めた。


「お兄ちゃんが月子様を本気で愛しているのは知っているからこんなこと言う権利は無いんだけど!」


「じゃあ黙ってて」


「お兄ちゃんは責任を負い過ぎるよ!」


「黙っててって言ったんだけどな」


「フェイに関してもそうだった!」


「結局救えなかったけどね」


 苦笑する一義に、


「救ったじゃないか」


 花々が否定する。


「何を根拠に」


「少なくともアイリーンはそう思っているはずだ」


 やっぱり矛盾を使ったのは下手をうったかな、と一義は思考する。


 そうでもなければ一義とアイリーンのやり取りはかしまし娘にばれずに済んだのだ。


 もっとも覆水盆に返らずだが。


 姫々が三人分のお茶を持ってダイニングに現れた。


「ご主人様……ご主人様は月子様を想っていてもいいんです……。それが罪だと言う人間がいるのならわたくしたちが殺します……。ですから存分に月子様を愛でてください……。ただ……」


「ただ?」


「少しはわたくしたちのことを想い出してくださると嬉しいです」


「忘れたことなんかないけどね」


 姫々の持ってきたお茶のおかわりを飲んで一義は皮肉気に笑うのだった。


「本当ですかご主人様……?」


「本当!? お兄ちゃん!?」


「本当かい旦那様?」


「嘘でもいいけどね」


 そして一義は茶を飲むのだった。


 胸打つ悪夢の名残は消えていた。


 かしまし娘によって一時的に慰められたのだ。


 もっとも……そんなことなぞ言にしない一義ではあったが。


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