いけない魔術の使い方16
一義は超音速で加速……鉄血砦までの道を半日と経たずに制覇した。
超音速であるが故に霧の国の領域から鉄の国の領域に入った後も偵察兵の連絡より速く移動し、鉄血砦の兵隊が列を成す前に鉄血砦の重厚な鉄の門の前に辿り着いた。
そこで、
「ふむ……」
と考察する一義。
魔術で跳躍して飛び越えてもいいが、やはりインパクトが必要だろうということで、一義は重厚な砦の門に手を添える。
瞬間、パァンと空気が破裂する音が響き、鉄の門はまるっと消え去った。
「「「「「――――!」」」」」
「「「「「――――!」」」」」
「「「「「――――!」」」」」
「「「「「――――!」」」」」
「「「「「――――!」」」」」
敵襲の合図に砦全体に緊張が伝播する。
いきなり消え去った鉄壁の門から悠々と歩いて砦の内部に入る一義。
そんな一義の耳に、
「構えぃ!」
と号令が聞こえてきた。
見れば砦から出てきた五十人を超える……とは言っても五千人の兵力を有する鉄血砦にしてみれば氷山の一角ではあるが……兵隊が弓を構える。
「ってぇ!」
と号令一喝。
五十の矢が一義に向かって放たれて、そして、
「「「「「なっ!?」」」」」
弓兵たちは驚愕した。
「…………」
一義はガシガシと後頭部を掻く。
一義に傷は無かった。
兵隊の放った弓矢は……一義に触れた瞬間に消え去ったのだ。
まるで溶岩に垂らした水滴のように一瞬にしてその存在を消し去った。
「魔術師か!」
そんな部隊長の叫びに、
「然りだよ」
とあっけらかんと答える一義。
「魔法部隊! 陣をとれ! 扇状だ!」
と今度は別の部隊長の声が響くと、ウィッチステッキを持った兵隊がズラリと百人単位で現れる。
そして、
「放てぇ!」
の号令一喝、魔術師の兵隊たちは、
「「「「「ファイヤーボール!」」」」」
と呪文を唱えて炎弾を一義目掛けて撃った。
一義は悠々と歩き続ける。
そんな一義に二百を超えるファイヤーボールが襲い掛かり、着弾、爆発して炸裂の閃光と立ち昇る炎熱が場を支配した。
そしてもうもうと立ち込める煙の中から無傷の一義が顔を出す。
一義は、
「くあ……」
と欠伸をしながら片方の手で口を押え、もう片方の手はポケットに突っこんでいる。
どうしたって何かしらのモーションを行なっている様子はない。
しかして一義には弓矢もファイヤーボールも通じない。
そうしている間にも一義はゆっくりと歩きながら砦の本丸へと歩んでいく。
また別の部隊長の声が響く。
「剣兵部隊、突撃!」
同時に、
「「「「「――――!」」」」」
ワァッと気合の掛け声が何重にも重なり、百人単位の剣を持った兵士たちが一義に向かって襲い掛かった。
しかしてその兵士たちは一義に突き刺そうと剣を触れさせたと同時に、やはりさっぱりと消え去った。
「「「「「――――!」」」」」
未知に対する驚愕と無知に対する恐怖とが兵士たちを狼狽えさせる。
「狼狽えるな! どんな魔術かは知らんが魔術の維持にも限界はある! 砦の本丸に入れるなぁ! 突っ込めぇ!」
そんな部隊長の言葉に、
「そんな殺生な……」
と一義は気の毒そうにそう評すのだった。
ゆっくりと、しかし着実に砦の本丸へと歩み寄る一義に、
「「「「「――――!」」」」」
我武者羅になって剣兵、槍兵、弓兵、魔術師が殺意をぶつけてくる。
しかして剣も槍も矢も魔術も一義に触れた途端フツリと消失するのである。
「何だ! 貴様は何なんだ!」
部隊長らしき男の驚愕の声に、一義はガシガシと後頭部を掻きながら、
「そうですね……。大陸西方の流儀に則って二つ名で名乗るなら《矛盾》の魔術師とでも名乗りましょうか……」
「矛盾……だと……!」
「大陸東方の禅の国の逸話でしてね。最強の矛にして最強の盾……即ち矛盾と……そう名づけられました」
そんな四方山話をしている内にも一義は歩みを進め、剣や槍を振るってくる兵士たちをフツリフツリと消していくのだった。
狼狽えた一人の部隊長が、
「三大魔術師を呼べ! いったい何のための宮廷魔術師だ! こういう時こそ役に立つべきだろうが!」
そう吼えた。
そういえば鉄血砦には常に三人の宮廷魔術師を抱えてるって話だったなぁ……と今更ながらに思い出す一義。
その内の一人が現れる。
魔術師らしいローブを着た老齢の魔術師だ。
「お初お目に矛盾……某は鉄の国の宮廷魔術師……《太陽》の魔術師にてござる」
「どうも。矛盾です」
屈託なく答えてお辞儀をする一義。
「では死んでもらいます」
そう言ってウィッチステッキを一義に向けると、太陽の魔術師は、
「サンシャインスフィア」
と呪文を唱えた。
次の瞬間、太陽の魔術のウィッチステッキの先から炎が生まれるや、それは巨大なファイヤーボール……まるで太陽にも似た巨大にして超高熱なプラズマの塊となって一義に襲い掛かった。
が、そのとき既に一義はその場にはいなかった。
ぶつかるべき対象を見失ったサンシャインスフィアは地平線の彼方までとんでいき、延長線上にある全てのモノを燃やし尽くした。
圧倒的な破壊力ではあったが、当の一義には当たっていない。
一義はといえば太陽の魔術師の背後をとっていた。
なんのことはない。
ビアンカと戦った時と同じく魔術によって視界を埋め尽くした魔術師の背後へとジャンプして回り込んだだけである。