いけない魔術の使い方15
「…………」
アイリーンは絶望していた。
「しかして私が返せる恩というのは私が一義から遠ざかるというだけのことです。面倒事に巻き込んでしまって申し訳ありません」
一義に出会った直後にはそう言っていたのに、
「こんな時間がずっと続けばいいですね……」
一義と馴れあってからはそんなことを口にしていた。
「…………」
故にアイリーンは絶望していた。
一義を殺したのは自分だと。
一義を迷惑に巻き込んだのは自分だと。
「…………」
一義の遺体には反魂の魔術をかけたが故に一義のその後は心配していない。
しかしこれから鉄の国に逆らって一義と同じ輩を出すわけにはいかないとアイリーンは思っていた。
パカラッパカラッと馬の蹄の音が響く。
あの後……つまり一義がシャルロットによって殺された後……、アイリーンはシャルロットの、
「これでも見せしめに足りないというのなら他のハーレムも殺し尽くすけど?」
という言葉に屈した。
それだけは避けなければならなかった。
それだけは忌避せねばならなかった。
「だって……」
それはアイリーンの希望だったから。
「こんな時間がずっと続けばいい」
と云うアイリーンの言葉そのものだったから。
「…………」
だから屈した。
これ以上誰かが傷つかずに済むように。
これ以上誰をも巻き込まずに済むように。
「…………」
きっとこれは増長した自分への罰なのだろう……とアイリーンは思う。
反魂の魔術を覚え……ヤーウェ教に反した自分にとっての罰なのだろう……と。
「きっと……そうなんでしょうね……」
「何がさ?」
と聞いてくるのはシャルロット。
ちなみにアイリーンとシャルロットは馬車で三日かけてシダラから鉄血砦までの道を遡っていた。
「私ごときが……幸せを願ったせいで迷惑をかけた……と。私ごときが……安らぎを求めたことが……間違っていると……」
自嘲気味にアイリーンは笑う。
「だから一義に迷惑をかけたんでしょうね」
「それは違うよ」
シャルロットは否定する。
「え?」
ポカンとするアイリーン。
「別に君の不幸と一義の不幸は関係ないだろう?」
あっさりとそう述べるシャルロットに、
「でも……私が鉄の国から逃げなければ……シャルロットの手を煩わせることもなく……一義にも迷惑をかけずに済んだ……」
アイリーンは反論する。
「じゃあ聞くけどね。アイリーン……君は一義と居ることさえ罪だと思うのかい?」
「それは……」
「ありえないだろう?」
自信たっぷりにシャルロットは否定した。
「でも……私のせいで一義は……」
「その思考が間違っているよ。一義は君を優遇した。それはつまり一義の優しさの一面に他ならない」
「…………」
「即ち、一義とアイリーンの間に本来なら障害なんてあるはずがないんだ、君は一義を好きでよかったし、逆もまたしかり」
「でも……でも……」
泣きそうな声で反論しようとするアイリーンに、シャルロットは頷く。
「うん。わかってる」
「私のせいで……!」
「違う。こうなったのは鉄の国の皇帝のせいで、同時に僕のせいでもある」
アイリーンの嘆きをシャルロットはきっぱりと否定してのけた。
「だからそれは……君の罪悪感はピント外れだよ。そんなことに君は関係ないんだ。ただ……巡り会わせが悪かったというだけのことだよ」
「でも……でも……」
ううう、と泣きはじめるアイリーン。
そして馬車は鉄の国と霧の国の国境を定める鉄の国の鉄壁の砦……鉄血砦へと辿り着く。
「開門!」
と一声あがったかと思うと、分厚い鉄でできた砦の門がゆっくり開く。
そしてアイリーンとシャルロットを乗せた馬車は鉄血砦へと吸い込まれる。
「ごめんね」
と馬車の中でシャルロットはアイリーンに謝る。
「え……?」
ポカンとするアイリーン。
「本当は君を鉄の国に連れ戻したくはなかった。でも鉄の国は僕のスポンサーだ。逆らうわけには……僕にはいかなかったんだよ」
そう言ってシャルロットは先に馬車を下りる。
そしてそんなシャルロットに追従してアイリーンも馬車から降りる。
二人は鉄血砦の中に入って、そして鉄血砦の最高司令官である中将に顔を見せる。
中将はやけにニコニコして、ロードランナーが引くランナー車が四日後にここに着くことを述べた。
あとは鉄の国の王都スチールからランナー車が到達するまでの四日間をこの鉄血砦で過ごせばいいと言うのだった。
アイリーンにそれに逆らう気力は無かった。
既に大切な人をアイリーンは自分の勝手で殺している。
だから自分は鉄の国の皇帝に仕える宮廷魔術師たるべきだと自認しているのだった。
「…………」
無言で全てを諦めたアイリーンの……その耳にパアンと破裂した音の響きが届いて、
「報告します! 霧の国の魔術師が攻め入ってきました!」
そんな雑兵の報告を聞く。
「まさか……!」
と驚くアイリーンの予想は当たっていた。
一義が鉄血砦に攻め入ってきたのだ。




