いけない魔術の使い方13
「一義……起きて一義」
懐かしい声が聞こえる。
「一義……起きて一義」
凛と鈴振るような声が聞こえる。
「一義……起きて一義」
どこまでも少女らしい澄み切った声が聞こえる。
「ん……うん?」
少女に揺り起こされて一義は覚醒する。
重い瞼を開いた先に捉えたモノは、灰色の髪に灰色の瞳を持ち、長い耳を持ったハーフエルフの美少女だった。
そは、
「月子!」
という名の……一義の恋人だった女の子である。
「月子! 月子ぉ! 月子……ぉ!」
月子の名前を呼びながら起き上がった一義は月子をギュッと強く抱きしめた。
「一義……気持ちは嬉しいけど痛いよ」
「あ、ごめん」
そう謝って一義は月子を抱擁から解放する。
「あれ? 僕……死んだはずじゃ……」
キョロキョロと辺りを見渡せばそこは和室の一室だった。
畳が敷かれ障子で閉鎖された空間。
月子が閉じ込められていた鳥の籠そっくりの和室に一義と月子はいた。
「夢……だったのかな……? あれから全部……。それともここは死後の世界……?」
「ふふっ」
おかしい、と月子は笑う。
「死後の世界じゃないよ一義。これは一義のカルテジアン劇場にオリジナルの私が強制的に見せている動画のようなモノ……」
「カルテジアン劇場って……?」
「そうだね。わかりやすく言うのなら真夏の夜の夢……と言ったところかな?」
「夢、なの?」
「覚醒していない意識が見る映像を全て夢と呼ぶのなら、これはたしかに夢だね」
そう言って月子はクスクスと笑う。
「???」
一義は頭の上にクエスチョンマークを多数そろえて首を傾げる。
「つまり夢を見ているってことでいいのかな?」
「うん。構わないよ」
「そっか。夢か。信じたくなかったけどもう月子は……」
「そうだね。物質的には死んでいるよ」
「だよね……」
そう言って一義はギュッと月子を抱きしめる。
「ごめんなさい月子……」
「何を謝るの?」
「僕は……君を……守れなかった」
「守ったよ」
「ううん……! 守れなかった……! 僕はあろうことか君の大切を君が死んで初めて認識した……! 僕は君を守るために力を振るうべきだったのに、君の仇をとるために力を振るった。死んでから気づいた。遅すぎた。僕は……愚鈍だ」
「そんな想いを抱えて一義は辛くないの?」
「これは僕への罰だ。僕はいつだって月子を忘れない……。いつまでも君を想いつづけるよ……」
「それだと一義が救われないよ」
「いいんだ。救われなくても。こんな奴は救われなくていい」
「駄目」
月子は聞き分けのない子供に諭すようにそう言った。
「一義は救われないと駄目。月子が一義に救われたように。月子が一義によって灰色の灰かぶりの景色を黄金の園へと変えられたように。今度は一義もそんな黄金の園を見せつけられなくちゃ駄目」
「でも僕は咎人だから……。救われるなんてことがあっちゃ駄目だよ……」
「ねえ一義……。もしも死者への想いを引きずって生者が生きなければならないとするなら……この世は絶望に満ちているはずだよ……。この世には地獄が具現しているはずだよ……。この世に救いなんて存在しないよ……。でも現実はそうじゃない。誰かのために泣くことと誰かを想って笑うことは等価値なんだよ……。だから人は生きていける」
「でも、もう僕には灰色の世界しかない……。もう僕には絶望しかない。もう僕には地獄しかない。もう僕には救いがない。だから……月子を想うよ。いつだって想うよ。僕は月子しかいないんだから……」
「だったら月子は祈るよ。天に祈る。神に祈る。言葉に祈る。意識に祈るよ。いつかきっと一義を……月子に黄金の園を見せてくれた誰よりも優しい一義が……その優しさに押し潰されてしまわぬように……。一義もまた新たな出会いの中で黄金の園を見つけられるように……。これまでの絶望をひっくり返すほどの希望を見つけられるように……。どうか……どうか……一義に巡り合う人が……温かく優しい希望の星であるように……。月子は……そう祈るよ……」
「優しいね……月子は……」
「優しくなんて無い。月子は月子の事情で一義を絶望に貶めた。それは罰せられるべきことだよ。一義は月子を憎んでいい。一義は月子を恨んでいい。なにゆえ……絶望に身を染めさせた……とね」
「そんなことはできません……!」
「うん。わかってるよ。優しい一義。だから月子は一義を好きなんだしね」
「今でも好きでいてくださるのですか……?」
「うん。大好き」
「そう……ですか……」
月子を抱きしめる一義の、その瞳から涙がツーッと一筋流れる。
「ありがたき幸せ」
「でも駄目だよ。月子は死者で、一義は生者。交わる道理はもう無いんだよ」
「僕ももう死んだよ」
「ううん。生きてるよ一義は。死なないよ一義は。だって……一義には待っている人たちがいる……」
「関係ない」
「月子は良いと思うよ……一義のハーレム。姫々……音々……花々……アイリーン……ビアンカ……シャルロット……ディアナ……ジンジャー……ハーモニー……アイオン……皆……みーんな一義のことが大好き」
「月子に勝る者なんていないよ」
「それは、今は、でしょう? いつか一義に黄金の園を見せてくれる誰かが一義のハーレムにいるかもしれない……。一義の特別になる人が……一義だけを差別してくれる人がいるかもしれない……。なら……ハーレムは大事にすべきだよ」
「僕の黄金はその中にあるの?」
「きっとあるよ。月子にとっての一義がそうであったように……一義とっての特別がきっと世界のどこかで待っている……」
「月子ではないの……? 月子じゃ駄目なの……?」
「駄目だよ。月子はもう一義に黄金の園を見せてあげられない。だから……一義は一義にこれから触れる女の子たちにそれを見出せるようにならなきゃ……ね?」
そう言って月子は一義に抱きしめられたまま抱き返して、ギュッと抱擁する。
「結局のところ……月子はこれを言いたいがために一義に夢を見せたんだね……」
月子の存在が朝日に溶ける霧のように薄れていく。
「いやだ! 月子! まだ僕は……!」
「月子が最後に言いたいことはね……」
薄れていく月子は、その存在の最後にこう言った。
「ごめんね……。そしてありがとう……」
そして夢は終わる。