いけない魔術の使い方11
月の出る晩に一義は散歩する。
人や明かりや賑わいを避けて、ひっそりとした小路から小路へ。
「お月様はいつ見ても綺麗だなぁ……」
そんなことを呟きつつ闇のカーテンをめくるように夜から夜へ、闇から闇へ、黒から黒へ……歩き続ける。
が、今日の晩は一味違った。
「つけていないで出てくれば?」
虚空の闇に一義は呼びかける。
「ファンダメンタリストは暗殺が得意らしいけど、もしかして本気でのその程度の尾行しかできないの?」
「えへへ……ばれてましたか……」
月光を反射して輝くは金色。
闇において尚しばりつけられない輝かしい髪と瞳を持った美少女……アイリーンがそこにいた。
「すこし一義とお話がしたくてつけていましたけど……バレているとは汗顔の至り」
「足音や衣擦れが露骨だったからね。何かプレッシャーでもかけたかったの?」
「いえ、単純に気配を消すのが苦手なだけです」
「そ、ならいいけど。なんなら一緒に歩こう?」
「はい。お供します」
そう言ってアイリーンは一義の隣に身を置いた。
一義とアイリーンは夜のシダラを練り歩く。
「アイリーンは月は好きかい?」
黙っているのも何だということで、歩きながら一義はアイリーンに話題をふった。
「月ですか……。太陽は光を……月は闇を統べるものという認識がヤーウェ教にはあるのでどちらかといえば畏怖の対象ですね」
「僕の住んでいた和の国では月は永遠の美の象徴だったんだよ」
「永遠の……美……」
「うん。色あせない美しさ。そんな存在を僕は二つ知っている」
「一つはお月様として……もう一つは……?」
「灰かぶりの女の子」
「灰かぶりですか?」
「うん。灰かぶり」
「月を見て歩くのはその子を想ってのことなのですか?」
「うん。まぁね。そうだね。その通りだ」
一義はくつくつと笑う。
「ま、いいんだけどさ。それより僕に話があるんじゃないの? 何の理由もなく僕の散歩に割り込んできたわけじゃないんでしょう?」
「あ、そうですね……。そうなんですけど……」
「口にしづらい話題かい?」
「端的に言えば……」
「そ」
簡単に頷いて新たな小路へと入る一義。
その小路を歩いている最中に、
「あの……フェイちゃんの……ことなんですけど……」
とアイリーンが話題を振って、
「ありがとうございました」
アイリーンは一礼した。
一義はキョトンとする。
「何で感謝されるの? 僕はフェイを殺した人間だよ? 恨まれる筋合いはあっても感謝されるいわれはないよ?」
「いえ、一義はフェイちゃんを救ってくださいました。フェイちゃんの願望を汲み取って私に伝えてくださいました。だから……きっと……一義は私とフェイちゃんにとっての恩人……です……」
「そんな大層なことはしてないよ。ただ無体なことをさせたくなかったってだけだから」
「それでも……一義がそう言ってくれなければ私はフェイちゃんを絶望に堕としていたことでしょう」
「でもアイリーン……。それは……僕の行為は……君にとっての希望を奪ったというだけのことじゃないかな?」
「そんなことはありません。一義は確かにフェイちゃんを救ってくれました」
「でも代わりに君を救えなかった」
「いいんです。私なんて救われなくても」
「そういうところに限って君は僕に似ている」
「一義と私が……ですか?」
「うん。愚かしいところ。鈍いところ。総じて愚鈍なところ。まるで鏡映しのように僕らはそっくりだ」
「あの……それはどういう……?」
ことでしょう、と問おうとしていたアイリーンを遮って、
「アイリーン……君に問おう。君は何故人体を蘇生させる魔術を覚えたんだい?」
そんなことを問うのだった。
「なんで……と言われましても……フェイちゃんが死んだのが我慢ならなくて……何があっても……何をしても……もう一度だけフェイちゃんの笑顔が見たくて……」
「僕が聞きたいのはそう云うことじゃないよ」
「…………?」
「なんでアイリーンは、フェイの病を治す魔術じゃなくて、わざわざフェイが死んだ後に蘇生する魔術の方を選んだんだい?」
「あ……」
今気づいたとばかりに言葉を失うアイリーン。
「どうしてだい?」
「わかりません……。そんなこと……思いつきもしなかった……。そうですね……。だから……フェイちゃんが死んだ後でようやくフェイちゃんの大切さを知った私は……」
「そう。僕と同じく愚鈍なんだ」
一義ははっきりとそう言った。
「僕と同じくって……」
「言っただろう? 僕と君は鏡映しだ。僕もまた愚鈍なんだよ」
「誰かを失って……初めてその価値に気付いた……」
「そう。そして失ったモノを補完するように力を得た。まるっきり同じなんだ。君と僕は」
「そう……ですか……」
悔やむようにアイリーンは言葉を絞り出す。
「まぁ……気にすることじゃないよ。僕もアイリーンも手遅れで……だから何ってわけでもないし……」
「ここはぬるま湯ですね」
「ぬるま湯……?」
「傷ついた者も……失った者も……優しさが包み込んでくれる。一義のハーレムにはそんな力がありますね」
「高い評価をありがとう」
「こんな時間がずっと続けばいいですね……。痛みさえ忘れられるほどの時間がずっと続けば……」
「アイリーンはフェイを……」
忘れたいのかい、とそこまで言いかけて、一義は不審な気配を察する。
唐突に歩みを止めた一義に困惑しながら、
「…………?」
アイリーンもまた歩みを止めた。
一義が夜の闇に問う。
「誰だい?」
「僕だよ……一義……」
月の光を深緑ではね返し、深緑の瞳をゆらゆらと揺らしてシャルロットがそこにいた。
「なんだ。シャルロットか……」
安堵するように一義。
「今日は月が綺麗だね」
からかうようにシャルロットが言う。
「そうだね」
一義も頷く。
「それで? シャルロット……君もまた僕に話があるのかい?」
「うん……まぁ……ね……」
歯切れの悪いシャルロットの言葉に、
「やれやれ。千客万来だ」
一義は後頭部をガシガシと掻きながら返すのだった。