いけない魔術の使い方04
その日の夜。
「今夜も月が綺麗だなぁ」
そんなことを呟きながら日課である夜の散歩をする一義であった。
ただし今夜の散歩はいつもと勝手が違っていた。
「…………」
無言のままハーモニーが一義の後ろをヨチヨチと歩いているのだから。
一義はそれとなくハーモニーの歩幅に合わせてゆっくりと夜のシダラを練り歩く。
桃色の髪に桃色の瞳を持った美少女はそれだけで夜を歩くに物騒な案件を呼び寄せやすいが、東夷と蔑まれ恐れられている一義がいるので誰も怖がってコナをかけてきたりはしてこなかった。
裏社会の方でも「王立魔法学院の東夷には手を出すな」と暗黙の了解が出来ているほどである。
そういうわけで一義とハーモニーは月を見ながらの散歩をしているのだった。
「ハーモニーはお月様は好きかい?」
「…………?」
クネリと首を傾げるハーモニー。
「考えたこともない?」
「…………」
コクコクと頷くハーモニー。
「そっか」
「…………」
「ところでハーモニー」
「…………」
「ハーモニーは『特別である』ということをどう思う?」
「…………?」
クネリと首を傾げるハーモニー。
「君に特別なモノはあるかい?」
「…………」
コクコクと頷くハーモニー。
「それは例えば僕だったりするのかい?」
「…………」
頬を朱に染めてコクコクと頷くハーモニー。
「でもさ。特別であるってことは差別するってことだとは思わない?」
「…………?」
クネリと首を傾げるハーモニー。
「人が特別だと思える容量……キャパシティには限界があるって言ってるのさ」
「…………」
無返答の沈黙をするハーモニー。
「何かを特別だと思うことは、ソレ以外を下に見るってことなんじゃないかって僕は思うんだ……」
「…………」
無返答の沈黙をするハーモニー。
「とても大切なモノがあって……それを維持することに喜びを感じ、失うことに恐怖を感じ、失ってしまえば絶望を感じる。それがつまり特別だってことでしょ?」
「…………」
コクコクと頷くハーモニー。
「だったらさ……その人にとって『特別でないモノ』っていうのは、きっと灰色で無機質な存在なんじゃないかって思うんだ」
「…………」
無返答の沈黙をするハーモニー。
「色鮮やかな特別と灰色の平凡。つまりそれはさ……特別なモノがあるって云うのはさ……差別していることじゃないかな?」
「…………」
無返答の沈黙をするハーモニー。
「うん……。大事なモノを愛でてそれ以外は『どうでもいいや』っていうのが特別なんだとすると、それは差別に繋がると僕は思うんだ」
「…………」
無返答の沈黙をするハーモニー。
「それがいけないことだって言いたいわけじゃないんだ。差別なんてどこにでもあるし誰だってしてるし受けてるし普遍的なことに違いない」
「…………」
コクコクと頷くハーモニー。
「そこでキャパシティの話に戻るんだけどさ。全ての存在を黄金色に捉えられる人間っているのかな?」
「…………」
フルフルと首を横に振るハーモニー。
「うん。僕もそう思う」
一義は否定したハーモニーに肯定する。
「つまり特別なモノに執着すればするほど……ってこの言い方はおかしいね……つまり価値を置けば置くほどその他のものは十把一からげになる。これはもうどうしようもないことだ。人間が一番を定める以上……二番以降の序列が出来てしまう。つまり無限の価値のキャパシティを持ち全てを一番に選べる人間なんかいないってことだよね?」
「…………」
コクコクと頷くハーモニー。
「僕にもそんな特別があったんだ……」
「…………」
無返答の沈黙をするハーモニー。
「それが輝いて見えて……それ以外が灰色に見える……そんな宝物を僕は知っている」
「…………」
無返答の沈黙をするハーモニー。
「今はもう現実的には失われたけど……今でも僕の心の中でそれは燦然と輝いていて、それ以外のことが些末事に思える……そんな黄金を僕は持っている」
「…………」
無返答の沈黙をするハーモニー。
「でもさ。その執着っていうのは傲慢な考えで、それ以外に価値がないと考えるのは僕の傲慢故じゃないかとも思えるんだ」
「…………」
無返答の沈黙をするハーモニー。
「ハーモニー……君はどう思う?」
「…………?」
クネリと首を傾げるハーモニー。
「炎剣騎士団の団長を務め、鳥の国で特別だった君は特別であることの差別をされる側だったろう? 特別視してくる人間を傲慢だとは思ったことはないかい?」
「…………」
コクコクと頷くハーモニー。
「でもさ、それでも特別なモノは誰にでもあって、もしソレがないのだとするのなら人は生きていけないんじゃないかと思うんだよね。炎剣騎士団の君に対する忠誠が輝かしいモノであったように」
「…………」
無返答の沈黙をするハーモニー。
「ああ、ごめん。つまんない話をしたね」
「…………」
フルフルと首を横に振るハーモニー。
そんなハーモニーの手を自らの手で握って、一義は問う。
「ハーモニーは僕のこと好き?」
「…………」
コクコクと頷くハーモニー。
「そっか。僕もハーモニーの事が好きだよ?」
「…………! …………!」
ハーモニーは真っ赤になるのだった。