ドラゴンバスターズ05
「そもそも何でこのタイミングでドラゴン狩りなのさ?」
パッカラパッカラと馬の蹄の音を聞きながら馬車の中で一義が問う。
「そういえば一義はドラゴンのことについて詳しくありませんでしたわね」
ビアンカが納得する。
ドラゴン狩りの拠点となるシクラ山脈の中腹にある村へと馬車を走らせながら一義と姫々と音々と花々とビアンカは向かっていた。
その道途中、ビアンカは滔々と語りだす。
「そもそもドラゴンは自らが作りだす異空間結界に潜んで世に出てこないことの方が多いのですわ」
「じゃあなんで此度のドラゴンは異空間結界に引き籠らないのさ?」
「それが大竜への儀式のため……と言われていますわ」
「大竜?」
「はい。ドラゴンには幼い小竜から成熟した中竜に成った時、育ての親たるドラゴンによって異空間結界から追い出されてしまうそうなんですの」
「千尋の谷に子を突き落す獅子みたいだね」
「ええ、そして異空間結界から追い出されたドラゴンは自らもまた異空間結界を作れるようになって初めて大人の仲間入りを……つまり大竜として迎えられると……そういうわけですわ」
「つまり親の異空間結界から追い出されて自ら異空間結界を作り引き籠るまでの間……ドラゴンは地上に現れる、と?」
「はい。無論のこと稀に異空間結界を作らないで地上を楽しむドラゴンもいますが、こちらは少数派ですわね」
「ふーん。でもドラゴンって強いんでしょ? 実際どのくらい強いのさ?」
「鱗一つ一つが城壁と同じ強度を持つと言われていますわ。更に耐熱、耐電であるから炎や氷や雷などは効きません。その牙と爪は鉄をも切り裂き、ドラゴンの種類にもよりますが概ね全てを破壊するドラゴンブレスを口から吐きますの」
「ドラゴンに種類があるの?」
「はい。レッドドラゴン、イエロードラゴン、ブルードラゴン、ゴールドドラゴンの四種類が今のところ確認されているドラゴンです。レッドドラゴンはファイヤーブレスを、イエロードラゴンはサンダーブレスを、ブルードラゴンはブリザードブレスを、ゴールドドラゴンはフォトンブレスをそれぞれ吐きますわ」
「今回のドラゴンはレッドドラゴンってディアナが言っていたから吐くのはファイヤーブレスか……。またぞろ面倒くさいことにならなければいいんだけどな」
「正直なところ逃げ出すのが一番賢い選択肢ですわ。それほどドラゴンは強い」
「でもビアンカはドラゴンバスターなんでしょ? 戦い慣れているんじゃないの?」
「それはまぁ不意をうって殺竜の魔術にて殺すだけですから。さすがのドラゴンも首を切られれば生きてはいられませんし」
「殺竜の魔術……ね」
一義はビアンカが握っているバスターソードを見やって殺竜の魔術を思い出す。
即ち剣閃の拡大および射出。
斬撃そのものを巨大化して飛ばす。
それはドラゴンの鱗すらものともしない威力なのだろう。
ビアンカとの決闘では見るには及ばなかった一義にはいまひとつ想像のつかない魔術である。
「じゃあさ! じゃあさ! 音々たちはどうすればいいの!」
「ドラゴンの気を引いてくだされば結構ですわ。音々の漸近境界がドラゴンブレスすら防ぐというのなら私が横やりをいれて攻撃するまでの間、ドラゴンの攻撃に耐えてくださいな」
「はーい!」
と素直に頷く音々だった。
「しかして……そう上手くいくものかな?」
どうしても不安にならざるを得ない一義。
「大丈夫だよ! 音々の漸近境界は何物をも通さないから」
「それを疑っているわけじゃないんだけどね」
「虫の報せ……と云う奴かい? 旦那様……」
「そうなのかなぁ……」
一義はガシガシと後頭部を掻く。
「ところで聞く限りだとドラゴンって巨体だよね? 狩った後はどうするのさ?」
「ロードウォーカーと呼ばれるトカゲの引っ張るウォーカー車で運ぶのですわ」
「ロードランナーの親戚?」
「そうですわね。足が遅くて速度は馬の二分の一。けれども三トンくらいまでならモノを引っ張る力を持ちますの」
「それでドラゴンを引っ張る……と」
「そういうことですわね」
「ま、いいかぁ。革命」
そう言って一義はそろった四枚のカードを場に出した。
「革命!? なんてことしてくれますの一義!」
「だって革命しなきゃ僕の手札弱いもん」
「わたくしは助かりました……。ご主人様……感謝いたします……」
そう言って弱かったが革命によって強くなったカードを捨てる姫々だった。
そうこうしてドラゴンの話をしながらカードゲームに興じる一義たちだったが、
「……っ!」
「…………」
一義と花々が超感覚によって敵を察知した。
「囲まれたね」
「ああ、囲まれたね」
「何の話ですの?」
首を傾げながらビアンカ。
「山賊に、だよ」
そんな一義の言葉に、
「っ!」
ビアンカが絶句する。
「御者さん……馬車を止めてください……」
そういう一義に従って御者は馬車を止めた。
すると、その馬車を囲むようにシクラ山脈の山道の……その木々の陰からぞろぞろと山賊たちが現れた。
数にして十二人。
手に持っているのは剣や斧や鉈である。
「よう。用件はわかってるな?」
山賊の親玉が不敵な笑みを浮かべて言う。
「お金ならないよ?」
すっとぼけてみせる一義。
「へ、上玉がひい、ふう、みい、よう……これだけいれば犯してうっぱらえばいいな」
そう親玉が下衆な言葉を口にすると、子分たちも下品に笑った。
「女の子に真摯に対応しないからモテないんだよ君たちは」
一義はうんざりとしてそう言う。
「東夷……てめえに用はねえよ。消えたきゃ消えろ。お前は売っても金にならないしな」
そんな山賊の親玉の言葉に、
「そりゃ重畳……」
一義はのんびりと言うのだった。
そして一義は言う。
「姫々……。音々……」
「何でしょうか……ご主人様……?」
「なあに? お兄ちゃん!」
「派手にやっちゃって」
「ご主人様がそうお望みならば……」
「お兄ちゃんがそう言うなら!」
中略。
山賊たちは姫々の放った銃弾に呻きながらのたうちまわっているか……あるいは音々の魔術による地面から雨後の竹の子の如く生え出た氷の剣山に突き刺さってモズの早贄の如き無様を晒した。
一人だけ無事な山賊の親玉が狂ったように叫ぶ。
「なんだよ! お前らはなんだよ!」
「ご主人様のメイドです……」
「お兄ちゃんの妹だよ! 義理だけどね!」
「旦那様の妻だ。いまはまだ暫定だけどね」
「一義のハーレムですわ」
「で、どうする? 子分たちはツララの剣山に突き刺さって身動きはとれない。君一人で抗ってみるかい?」
「悪かった……! 俺が悪かった……! だから見逃してくれ……!」
「僕らがそう言ったら君は見逃したかい?」
「……っ!」
「姫々……撃っていいよ」
「はい……。ご主人様……」
そして狙いも正確に姫々はマスケット銃を取り出して山賊の親玉の額を撃ちぬいた。
「ぐ……! が……!」
言葉にならない断末魔の声をあげて山賊の親玉は死んだ。
同時に音々のツララ剣山が虚空へと消える。
「いてえ……いてえよう……!」
「ぐう……があ……!」
「なんで……こんな……!」
傷を押さえて呻く山賊の子分たち。
そんな山賊たちに、
「この道……通ってもいいかい?」
飄々と問う一義だった。
「医者を……医者を呼んでくれ……!」
「それは僕たちには関係ない事だから。破傷風にならないように気をつけてね」
バイバイと手を振って一義は御者に命令を出して馬車を発進させた。
蛇行の如き山道を進む馬車から哀れな山賊たちの姿はすぐに消えた。