王立魔法学院入学式とその後05
九組は劣等生ばかりのクラスだ。
だがそれでも異端であるところの一義にはまた別の劣等感を与えた。
それはクラスメイトの冷たい眼差しだった。
髪が白く……褐色の肌をもって……長い耳を持つ。
白い髪は除くとしても、褐色の肌に長い耳は大陸西方の人類にはあり得ない特徴だ。
「エルフ……」
「東夷……」
「触ると魂が穢れるらしいぞ」
「あんなのと付き合っていかなくちゃいけないのかよ……」
「とって食われたりしないかな……」
「誰か話しかけてみろって……」
「そう言うお前が行けよ……」
そんなヒソヒソ話が聴覚の優れている一義の耳に届く。
エルフに触れると魂が穢れるって……そんな印象なんだなぁ……と、しみじみ思う一義であった。
一義は教卓を最低位として階段状に上っていく教室の最上段の窓際に席をとった。
エルフ……東夷は大陸西方では穢れの象徴として扱われている。
どこまでもそれを痛感する一義であった。
「ま、いいんだけどさ……」
窓に向かって慰めるような独り言を呟く。
一義は嫌われ忌避されることには慣れている。
霧の国に住居を置いた時からそれは痛感せざるを得ない。
ちょっと格式の高いレストランにでも入ろうとすれば門前払いをくらう始末である。
それほど東夷に対する差別の念は強い。
かしまし娘……姫々に音々に花々はそれを承知で一義に尽くしてくれるのだ。
「そんなところには感謝すべきなのかな……?」
つぶやく一義。
「まぁもっとも……」
そうさせているのは自分自身なんだけど……とまでは言わない一義であった。
そんなこんなで忌避と非難の視線をクラス中から受けて「友達の一人も出来そうにないな」と半ば諦める一義に、
「あのう……」
と声をかける一人の女子がいた。
「…………」
無言のまま窓から見える風景から目を逸らして声をかけた女子に視線をやる一義。
そこにいたのは、
「…………」
燈色の髪に燈色の眼を持った美少女だった。
小鼻で顔がすっきりと整っている。
明るい燈色の……丁寧に梳かれた髪が印象的である。
「…………」
一義は少しだけ無言で思案して、それから、
「何でしょう?」
と問う。
燈色の美少女は、
「ひっ! 食べないでください!」
と怯えた。
そんなに恐いなら話しかけなければいいのに……とは口に出さず、
「とって食べたりしませんよ」
と一義は燈色の美少女に穏やかに返答する。
「魂を穢さないでください!」
「そんなこともしませんよ」
何で話しかけてきたのだろうと不思議に思う一義であった。
燈色の美少女は恐怖を使命感で是正して、おずおずと一義に問うた。
「東夷……じゃない……エルフ……ですよね……?」
東夷が差別用語だと知って言い直す燈色の美少女に、
「はい。エルフですよ?」
忌憚無く応える一義。
「お名前を聞いてもいい……よろしいでしょうか?」
わざわざ丁寧語に直す燈色の美少女。
一義は苦笑して、
「一義と申します」
と答えた。
「一義……ですね……。私はジンジャーと申します……です……」
変な敬語になるジンジャーだった。
「とって食べたりもしませんし魂を穢しもしません。もっとフランクに話しかけても結構ですよ?」
「そう……ですか……」
それでも敬語になる燈色の美少女改めジンジャーだった。
そしてジンジャーは言う。
「東夷……じゃない……エルフを王立魔法学院に迎えるのは学院の歴史でも初めてのことです……」
「それは光栄なことですね」
苦笑いをする一義。
さらにジンジャーは言う。
「一義さんが三人の美少女を連れていたという情報を耳にしました。その辺り……どうでしょう? どういう経緯でそうなったのか教えてもらいたいのですが……」
「そんな格式張らなくてもいいですよ?」
「はあ……」
と頷くジンジャー。
「ふぅむ……そうだね……。あの三人は……友達……じゃないし……恋人……でもないし……従者……というにはフランクすぎるし……知り合い……というには深く繋がっているし……」
「ハーレムですか?」
「ハーレム……か。うん。それが一番しっくりくるね」
得心いったとばかりに一義が頷く。
ジンジャーはさらに問う。
「一義はあの三人の美少女をハーレムに入れているというわけですか?」
「まぁそれが一番ニアリーイコールではあるね。……で? それが何?」
「どういった経緯でそんな関係を築けたのかを聞きたいのですけど……」
「どんな理由と言われてもなぁ……」
ガシガシと後頭部を掻く一義。
「彼女たちがそうであることを望んでいる……という答えじゃ駄目かい?」
「つまり一義は何もしてないと?」
「何もしてないわけじゃないけどね……」
「やっぱり洗脳とかしてるんですか?」
そんな短絡的な手段よりもっとえげつないことをしてるんだけどね……とは言わずに、
「彼女たちの求めに応じているだけだよ」
と、あっさりと嘘をつく一義だった。
「一義は九組所属なのに……ハーレムの三人は一組所属ですよね……? その辺りどう思ってるんですか……?」
「どうと言われてもなぁ……。結局のところあの三人が優秀で僕が劣等ってだけの話じゃない?」
「ふむふむ。なるほど……」
一義の言葉を逐一メモに書きこむジンジャーだった。
「そんなことを聞いてどうするの?」
純粋な疑問故にそう言う一義に、
「あ……その……私……新聞部に所属していまして……王立魔法学院にはれて所属する東夷……じゃない……エルフにインタビューをと……」
自らの実体を明かすジンジャー。
「なるほどね……」
と頷く一義。
そこで一義はふと疑問に思う。
「ていうか……え……? まだ入学式も終えてないのに部活に所属してるの? ジンジャーさんは……」
「ああ、申し遅れました。私……今年度で学院三年目となる劣等生です。それから呼び方はジンジャーでいいです……」
「ジンジャーは一過生を二年も続けたの?」
「はい。どうも魔術には優れないらしく……」
「なるほどね」
閑話休題。
「ですので……この学院のことはおおよそ把握しています。聞きたいことがあれば何でもどうぞ……」
「まぁ今のところ聞きたいことはないけどさ……」
またしてもガシガシと後頭部を掻く一義だった。
「ではこちらから問いますけど……」
とジンジャーが言う。
「ズバリ……本命は誰でしょう?」
「本命って……あの三人の中で?」
「はい」
メモを片手にジンジャーは興味津々。
「誰が本命ってわけでもないよ……。別にかしまし娘の一人にいれこんでるってわけでもないし……」
「では彼女たちの関係は……?」
「ただのハーレム」
「そう……ですか……」
どこかしら残念そうにジンジャーはメモをとるのだった。
と、そこに、
「おおっす……。劣等生諸君……。入学式だぞ……。気合は……入れなくてもいいが出席はしてもらうぞ……」
一過生九組の担当教授が九組の教室に入ってきた。
そして一義を含む九組の新入生は入学式が行われる大ホールへと足を向けるのだった。