表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/315

カウンター03


 中略。


「つまりね……。この世で最も根源的な存在は光なんだ。一番単純な存在って言ってもいいかもね」


「だから光の魔術が基礎となるわけだね?」


「そういうこと。パワーイメージとしてはいつも僕らが仰ぐお日様だね。それを強くイメージするんだ」


「呪文は?」


「好きに決めていいよ。呪文はトランス状態へとスイッチするための通過儀礼に過ぎないから」


「じゃあ『お日様』で」


「うん。いいんじゃないかな。じゃあ目を閉じて集中して」


「うん」


「両手を閉じて空間を作る」


「うん」


「僕の言葉通りに強いイメージを積んでいって」


「うん」


「手の平が温かくなる」


「うん」


「弱々しい光が両手から漏れる」


「うん」


「手を開く」


「うん」


「呪文を唱えて」


「うん。お日様……」


「手の平の中に小さな光の塊が生まれる」


「うん」


「目を開けて」


「うん……ふわ……」


 目を開けた月子の両手の間には弱々しい光の塊が生まれていた。


「これが……魔術……」


「まさか本当に成功するとはね……」


 ガシガシと一義は後頭部を掻く。


「月子には魔術の才能があったってことか」


「そうなの?」


「薬物投与も無しに魔術を起動させたんだ。さすがエルフってところかな」


「ふふ……」


 月子は面白いと笑う。


「こういうことができるのなら……ハーフエルフに生まれたのだって悪くないって思っちゃうね……」


「それは重畳」


 皮肉気に言いながら後頭部を掻く一義だった。


 そうして月子は魔術の研鑽をしていった。


 しかしてそう簡単にはいかなかった。


 ライティングの魔術こそ成功したが応用魔術ともなるとシンボリック魔術ですら月子は覚えることは出来なかった。


 魔術書を読んで精神を統一する。


 一義が月子に課した訓練はそれだけだ。


 だが、月子は光の魔術以外を使うことはなかった。


「別にいいでしょ? お姫様が魔術を使えなくったって」


 と言った一義は月子の心理を読み取れてはいなかった。


 月子は魔術を覚えたいのではなかった。


 魔術という力が欲しかったのである。


 何者をも凌駕する圧倒的な力。


 それを欲していたのである。


 それは生まれながらの月子の命題であった。


 排斥される自分。


 唾棄される自分。


 拒絶される自分。


 魔術は自分との闘いである。


 そして排斥され唾棄され拒絶される自分との闘いこそが月子に先天的に与えられた業だった。


 故に月子は魔術という力を欲した。


 そして集中は挫折を呼び、挫折は歪曲を呼び、歪曲は愚鈍を呼ぶ。


 愚かで鈍い……愚鈍の答えに月子は辿り着いた。


 即ち、投薬によるクオリアの崩壊。


 即ち、投薬によるイメージの強化。


 月子は力を求めるあまり麻薬に手を出した。


 それ自体は何もおかしいことはない。


 多くの魔術師はパワーイメージを持つために薬に頼る。


 かくいう王立魔法学院も指定した幻覚剤を生徒たちに与えている。


 一義はクスリに頼ることなく魔術を扱えるが、大多数の人間は薬がないと魔術を使えないということもザラなのである。


 そういう意味では月子の判断は間違ってはいなかった。


 ただし結果論として……それは間違っていた。


 中略。


 それは突然勃発した。


「ああ、来る……! 大鬼が来る……!」


 月子は追い詰められたようにそう呻いた。


 そしてその言葉の通り、月子のパワーイメージによって世界に投影された大鬼が月子目掛けて襲い掛かった。


 皮膚の無い朱い筋繊維を露出された額に角を持つ大鬼。


 大陸の西方ではオーガと呼ばれる種族だが、大鬼は鬼の中でもトップクラスの……それこそ暴風にも似た力を持つ災害である。


「月子!? しっかりしてよ月子!」


 そんな一義の言葉も月子には届かない。


 月子は麻薬による被害妄想として大鬼を呼び出し、自らを縛る恐怖心によって自らを害そうとしていた。


「月子……! 目を覚ましてよ月子……!」


 そんな一義の言葉も今の月子には通らない。


「くっ……!」


 呻いた後、


「ああ、もう……!」


 と一義は月子を抱きしめて城の中を疾走した。


「何事ぞ?」


 と城内の野次馬たちが月子と一義を見た後大鬼を見て、肝をつぶした。


「大鬼じゃあ!」


「はよう逃げなけんば!」


 いきなり月子の父たる大名の構える城に大鬼が現れたのだ。


 狼狽しない方がどうかしている。


 そんな狼狽する十把一絡げを気にせず、一義は月子を抱いたまま大鬼から逃げる。


 追いかける大鬼は金剛の魔術によって忍たる一義をも超える身体能力で月子と一義に襲い掛かる。


 大鬼は手に持った戦斧を振るう。


 それを跳躍することで、かろうじて避ける月子を持った一義。


 しかして大鬼は戦斧を持っていない方の手で月子と一義を殴らんと拳を振るった。


 天井に足をつけている一義は月子を安全な場所へと投げやり、自身だけが大鬼の拳を受けた。


「が……っ!」


 牛百頭の如き膂力を持つ大鬼の拳によって城の木板の壁を五、六枚突き抜けるほどに吹っ飛ばされた一義は、ようやく止まった部屋にて血を吐いて呻く。


 それほどまでに大鬼の拳は強烈だった。


 しかしてその場で倒れるわけにはいかなかった。


 大鬼が狙っているのは月子なのである。


 一義は壊れた体をおして……突き抜けた壁の穴から元の……吹っ飛ばされる前の位置へと戻る。


 そこで一義は、


「一義! 大丈夫!?」


 と現状の全てを無視して一義を心配するように走り寄ろうとする月子と、その月子に向かって戦斧を振ろうとしている大鬼を視界に捉えた。


 決着は一瞬だった。


 大鬼の戦斧は月子の上半身と下半身を両断した。


「が……!」


 と血を吐く月子。


「一……義……!」


 一義の名を呼ぶ月子は安堵したように微笑んでいた。


「う……うわあああああああああああああああああっ!!!」


 そんな一義の悲鳴が城中に響き渡った。


 そして《矛盾》が発動する。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ