いざ王都17
「なんでそんなにアイリーンを殺そうとするのさ? お姉ちゃん……なんでしょ?」
「そは悪魔の使いである。殺すは必定」
「いいじゃん。人を生き返らせたって。神様だって神罰を与えることなく無病息災をアイリーンに示してるじゃん。なら人間がどうこう言う次元じゃないと思うんだけど?」
「我々の教祖様が神託を拝聴され、そを咎人と定めた。なればそれこそ神の意志」
「説得は無駄……か……」
やれやれと後頭部を掻く一義。
代わってアイリーンが口を開いた。
「ねえフェイちゃん? もう止めようよ。私はフェイちゃんと命の駆け引きなんてしたくないよ……!」
「なれば死ね」
「どうしても諦めないの?」
「反魂を殺す。それが神の意志であれば」
「私は一般的なヤーウェ教に触れたよ。そして知った。本来のヤーウェ教は愛と信仰を旨とする宗教だよ。ファンダメンタリストみたいに不信心者を殺すのは邪道なの。それは一つの視野狭窄なんだよ?」
「そは堕落した。なれば殺すのは必定」
「そっか。私を殺すんだね……フェイちゃん……」
「是」
きっぱりと肯定するフェイだった。
「姫々、音々、花々、護衛態勢」
すると馬車を……ひいてはアイリーンを守るように姫々と音々と花々が配置される。
「君は……僕と姫々と音々と花々を同時に相手取って勝てるつもりでいるのかな?」
嫌味ではなく純粋な疑問として聞く一義に……答えたのはフェイではなかった。
「待ってください一義」
「何さ?」
「私がフェイちゃんと決着をつけます」
そう言うとアイリーンは音々の魔術障壁を抜け出て馬車から降りた。
そして一義の隣に並んでフェイと対峙する。
「アイリーン……何のつもりさ?」
「私が決着をつけます。一義たちは手を引いてください」
「どうやって?」
「フェイちゃんに決闘を申し込みます」
「…………」
「…………」
この沈黙は一義とフェイの分である。
「決闘だと……?」
何を言っているかわからないという態度でそう問うフェイに、
「うん。決闘。私と……フェイちゃんで……」
「何故殺害対象と決闘などせねばならない?」
心底不思議そうなフェイだった。
「じゃあ聞くけどファンダメンタリストの戦力で一義やかしまし娘の防衛網を突破できると思ってる? さっきもあっさりと姫々と花々はファンダメンタリストの刺客を殺してのけたよね?」
「…………」
言い分はもっとも。
フェイが沈黙するのも頷けるのだった。
「それよりもここで私と一対一の決闘を受けた方が私を殺しやすいんじゃないかな?」
「そちらが一対一で戦うという保証がないだろう」
「大丈夫だよ。ね? 一義?」
「アイリーンが望むならそれでいいさ。好きにすればいい」
一義はガシガシと後頭部を掻くと馬車へと戻った。
「姫々、音々、花々、手を出さないであげてね」
そう命令する一義に、
「ご主人様がそう仰るならば……」
「お兄ちゃんがそう言うなら!」
「旦那様がそう決めたのなら」
かしまし娘は従順だった。
それを見届けた後アイリーンはフェイに向かってニッコリとほほ笑んだ。
「ほら、ね? だから大丈夫だよ。じゃあここで決着をつけよう……フェイちゃん」
「具体的な勝敗は?」
「相手を殺した方の勝ち。フェイちゃんが私を殺せば勝ったと同時に任務達成でしょ? 逆に私が勝っても死んだフェイちゃんを反魂の魔術で生き返らせてあげるから万事OK。それ以降フェイちゃんには私を狙わないことを約束してもらうけど……それくらいの約束はあっていいでしょ?」
「是」
簡潔に頷くフェイだった。
「では……」
チャッと真剣を構えて、
「参る……!」
と殺気を膨らませてフェイは加速した。
ファンダメンタリストの刺客は投薬によって身体にブーストをかけている。
それがつまりフェイをして一義より身体能力が勝った原因であったのだが、此度の相手はアイリーンであった。
ブランクがあるとはいえアイリーンもまたファンダメンタリストに永く身を置いた者。
身体のブーストはフェイとほぼ互角。
「和刀!」
と呪文とともにパワーイメージを世界に投影、結果として和刀を手に持つアイリーンだった。
そして丁々発止が始まる。
フェイの刺突を切り払って、その勢いのまま斬撃を振るうアイリーン。
その斬撃をバックステップで躱して和刀をアイリーン目掛けて投擲するフェイ。
そして、
「ナイフ!」
とフェイはナイフのイメージを世界に投影、結果としてナイフを手に持つフェイだった。
アイリーンは和刀の投擲を簡単に弾いて、そして次の呪文はアイリーンとフェイが同時だった。
「「フィジカルブースト!」」
土属性の魔術による肉体強化。
それは人体にいらぬ負荷を与える魔術だが千載好奇の一瞬故……躊躇う気持ちは二人には無い。
そしてアイリーンとフェイは疾風迅雷となった。
超音速の世界での丁々発止が始まる。
超音速の斬撃……超音速の踏み込み……超音速の機微……超音速の殺し合い。
「……っ!」
「……っ!」
それはあらゆる意味で人外である一義をして「へえ」と感心させるものだった。
一義の本気には及ばないが、それでも超音速のやり取りを完全に制御化に置いている二人の戦いは観察に値した。
ちなみにアイリーンとフェイの戦いについていけているのは一義と花々だけである。
姫々と音々は、目は追いついても実質的にはついていけていない。
「……っ!」
フェイがナイフを振るう……振るう……振るう。
繰り返し三度の斬撃。
「……っ!」
アイリーンが弾く……弾く……弾く。
繰り返し三度の防御。
アイリーンの横薙ぎの一撃。
それをフェイはナイフで受けて、そのまま和刀をなぞるようにナイフの刃を滑らせてアイリーンの懐へと迫り、空いている片手で手刀を放つ。
しかしてそこにアイリーンはいなかった。
ムーンサルト。
フェイの頭上に上下逆さまのアイリーンが存在し、和刀を振るう。
「……っ!」
フェイは一撃目だけをナイフで弾き、アイリーンの制圏から逃れるように脱出する。
タンとアイリーンが着地するのと、フェイが姿勢を整え直したのは同時だ。
「アイシクルランス!」
とアイリーンはパワーイメージを世界に投影……氷の槍を生み出しフェイ目掛けて発射した。
「フレアランス!」
とフェイはパワーイメージを世界に投影……炎の槍を生み出しアイリーン目掛けて発射した。
二人の魔術は互角で相殺される。
「アースエッジ!」
とアイリーンが魔術を起こす。
次の瞬間、フェイの足元から剣や槍や薙刀がまるで雨後の竹の子の如く生え出た。
しかしてそれがフェイに痛痒を与えはしなかった。
その場所にフェイはいなかったのである。
トランス状態の解けていないアイリーン目掛けて超音速で疾駆するフェイに、アイリーンは手を突きだし、
「ファイヤーボール!」
と呪文を唱え、イメージを具現化する。
それと同時にフェイも、
「ファイヤーボール!」
とアイリーンに疾駆することを止めないで呪文を唱え、イメージを具現化する。
アイリーンのファイヤーボールとフェイのファイヤーボールはぶつかり合い巨大な爆発を生んだ。
その爆発にアイリーンは目を細め次の策を練る。
が、フェイはそのさらに上をいった。
フェイは疾駆を止めないでファイヤーボールどうしの大爆発の渦中に飛び込んだのだ。
本来なら人間一人燃え尽きても余りあるほどの熱量の……その中に飛び込んだフェイは、しかして最小限のダメージで爆発を抜けて……狼狽するアイリーンの懐へと易々と潜り込んだのであった。
フェイの纏っている黒衣も仮面も耐熱性である。
故にフェイはアイリーンがファイヤーボールを撃つ瞬間だけを虎視眈々と狙っていたのだ。