いざ王都15
その日。
空は晴れやかで春らしい陽気に満ちた日だった。
パカラッパカラッと馬が大地を踏みしめる音が聞こえてくる。
一義は馬が引っ張る台車に乗って、
「いい陽気だねぇ。旅は順調で……お日様も照っているし……適度な刺激もある。いたって順調だね」
馬車の出た小さな村で買ったリンゴを丸かじりしながらそう評した。
「適度な刺激って……山賊の襲撃が……ですか?」
対してアイリーンは青ざめている。
山道を走る馬車から一義たちの足跡をかえりみると、そこには襲撃してきた山賊たちの屍が道の彼方へ消えていっているところであった。
「一義様……なにゆえ帰りはランナー車に乗っていかれないのですか?」
「行きにランナー車であったにも関わらずファンダメンタリストに襲われてね。帰りも襲撃があるから貴重なロードランナーを危険に晒すわけにはいかないよ。帰りは馬車で十分さ。十日間の旅だと思えば苦にならない」
「ではせめて護衛に兵士を百人ほど……」
「戦争するんじゃないんだから……。それに大丈夫だよ。姫々、音々、花々のかしまし娘がいれば一国の軍隊とだって戦える。比喩でも誇張でもなくてね。それよりアイリーンの特別顧問の件……早く片付けてくれて感謝するよ。ま、何か困ったことがあればまた王都によらせてもらおうかな。その時までしばしのお別れだねディアナ」
「お達者で……一義様」
そんな一義とディアナのやりとりがあって……その後、
「またご主人様は美少女を……」
「お兄ちゃんは浮気性!」
「旦那様のフラグの建て方は一級だね」
「一義はどうしてそう……」
そんなハーレムたちの嫉妬を受けながらなんやかやをして……今一義たちは馬車でゆっくり王立魔法学院を擁する大都市シダラへと帰っている途中であった。
今は王都から五日目……旅の半分を消化している最中である。
保存のきく漬物や乾燥肉をもって順調に旅を続ける一義たち。
途中途中山賊に襲われもしたものの、かしまし娘の前にはただの余興でしかなかった。
たった今も山賊に襲われて、しかしてかしまし娘が返り討ちにしたところだ。
そうこうして太陽が天頂に上る頃。
一義と花々の並外れた聴力が川のせせらぎを捉えて、一旦馬車を止めて、川で体を洗ったり、食糧を確保するために釣りをしたりと楽しむ一行。
一義と姫々と音々と花々とアイリーンと御者の分の魚を釣って、音々の魔術で魚を焼き、それぞれがそれぞれに食すのだった。
そして食事を終えて旅を再開しようとしたところで、
「…………」
「…………」
一義と花々が沈黙する。
「囲まれてるね……」
「囲まれているな」
一義と花々の超知覚は山道に隣接している木々の間から漏れ出る悪意を鋭敏に感知してのけた。
「また山賊ですか」
うんざりだと口にしたのはアイリーン。
「音々……」
「なぁに? お兄ちゃん……」
「プロテクトを掛けて。馬車全体に。相対座標維持で」
「斥力でいい?」
「ああ、構わないよ」
「斥力結界」
音々は斥力の壁を馬車全体に掛けた。
次の瞬間……炎の塊が三つ、馬車を襲い、着弾と同時に爆発した。
斥力の壁で守られた馬車には痛痒を見せなかったが、馬たちが暴れて御者がそれを制御するのに一苦労していた。
もうもうと上がる煙を音々が風の魔術で吹き去ってしまう。
「魔術……!」
驚愕とともに呟くアイリーン。
同時にぞろぞろと山賊たちが二十人、山道の木々から現れた。
全員が全員……武装している。
手入れのされていない鉈や斧を持った山賊たちであった。
「…………」
魔術障壁に囲まれて安全な位置にいる一義は冷静に状況を把握して、そして叫んだ。
「ファンダメンタリスト! いるんでしょう? 出てくれば?」
「え……? ファンダメンタリスト……?」
アイリーンが呆然とする。
そして……返事は無かったが、
「「「…………」」」
ファンダメンタリストたちは姿を現すことで応えた。
全員が黒衣を纏い仮面をつけて、怪しげな雰囲気を発散している。
合計三人。
先のファイヤーボールの数と同じである。
その内の一人は輝くような金髪で、仮面の奥に金色の瞳を輝かせていた。
無論アイリーンの妹……フェイだ。
「まぁそんなこったろうとは思ったけどさ……」
うんざりと愚痴ったのは一義。
「そんなにアイリーンを許せないの? ファンダメンタリストさんたちは?」
そんな一義の問いに、
「是。その者は神の運命を覆す者」
「是。その者は絶対たる死を覆す者」
「是。その者は許されざる者」
「「「故に殺す」」」
とファンダメンタリストは答えた。
「そっちの十把一からげさんたちは?」
「俺らは金で雇われただけだ。お前らを殺す条件で百万ミストもらったからよ」
山賊のリーダー格がそう言った。
「命と百万ミストで百万ミストを選ぶのもすごいけどね」
一義はくつくつと笑うだけだ。
「そんな風に笑っていられるのも今の内だぜ。魔術障壁が解ければお前らを守るモノは何もない。皆殺しにしてやっからよ」
山賊のリーダー格もくつくつと笑うのだった。
「音々」
「なぁに? お兄ちゃん……」
「魔術障壁を維持してて。僕と姫々と花々で一掃するから」
「うん! わかったよお兄ちゃん!」
「姫々」
「なんでしょう? ご主人様……」
「和刀を」
「はい……」
そう言って姫々はハンマースペースから和刀を取り出して一義に渡す。
受け取った一義はシャランと鞘から和刀を抜く。
「花々」
「なんだい? 旦那様……」
「全力で構わないから」
「了解したよ」
一義は、
「散!」
と叫んだ。
次の瞬間、一義と花々は魔術障壁の外に出た。
「馬鹿が! 引き籠っていればいいものを! 殺せ!」
山賊のリーダー格がそう命じるとともに一義と花々に向かって二十を超える山賊たちが押し寄せる。
そんな山賊たちに、
「…………!」
ハンマースペースからマスケット銃を取り出した姫々が山賊目掛けて銃弾を撃ち込む。
「がぁ……!」
「ぐぁ……!」
着弾と同時に変形するダムダム弾にも似た弾丸は、それだけ山賊の身体を壊す。
しかしてそんなことを露ほども気にせず、次から次へとマスケット銃を取り出して山賊を狙い射撃し続ける姫々。
銃弾を受けて倒れる山賊たちに一義と花々がとどめをさしていく。
「「「「「ひぃ……! 化け物だ!」」」」」
と山賊たちは怯む。
山賊のリーダー格は、
「向こうからこっちを攻撃できるってことはこっちからも向こうを攻撃できるってことだ。魔術防御は無くなっているはずだ。まずは銀髪を仕留めろ!」
そう部下に命じる。
「「「「「おお……!」」」」」
部下たちは斧や鉈や剣をもって馬車から銃を撃ち続ける姫々を襲おうとして、そして魔術障壁に弾かれた。
「「「「「な……!?」」」」」
と驚愕をする山賊たち。
「残念! 音々の障壁はこっちからは攻撃できてもそっちからは攻撃できない作りになっているんだよ!」
そう主張して無い胸を張る音々だった。