いざ王都14
「…………」
その日の深夜。
場所は王都ミストの王城の……そのディアナの私室。
私室に備え付けられたベランダに出て月を見上げる一義。
ちなみにディアナは既に夢の中へと堕ちている。
「フェイちゃん……か……。皮肉なものだね……。遅きに失しているという意味では僕と同じか……」
月を見上げて一義は月に問いかける。
「月子……許さなくてもいい……。でももしも魂があるのなら僕を見守っていてはくれまいか……」
そして一義ははたと気づく。
「そういえば魂はアイリーンが否定したんだっけ」
くつくつと笑う一義だった。
笑う他ないという様子である。
と、
「ご主人様……」
と銀髪の美少女……姫々の声が聞こえてきた。
声のした方を見ればディアナの部屋の隣の部屋のベランダに姫々が立っていた。
月の光に銀の髪を照り返させ、一個の芸術として完成された姫々が言う。
「眠れないのですか?」
「うん。まぁ。思うところがあってね」
「今日は音々の番でしたね……。成り行きでご主人様はディアナ様と寝ることになりましたが……」
「まぁ、こんなのもいいよ」
一義は嘘をつく。
「なんでしたらわたくしと寝ませんか……? 悪夢を見た場合ディアナ様では対処できません……」
「それもそうだね」
そう言うと一義は自身のいるベランダから姫々のいるベランダまで跳んだ。
姫々の寝室のベランダに着地する一義。
「何を……考えていらっしゃったのですか……?」
問う姫々に、
「アイリーンのこと……月子のこと……」
一義は素直に答える。
「なにゆえ……?」
「僕もアイリーンも同じだと思ってね」
「同じ……でしょうか……?」
「遅きに失しているという意味では同じだろう?」
「ああ……」
姫々は納得する。
「ご主人様はお優しいですね……」
「どこをどう見たらそんな結論に至るのさ?」
「だって自分の悲しみばかりかアイリーンの悲しみまで背負って……」
「買いかぶりだよ。それは……」
一義は苦笑する。
「でも、そんなご主人様がわたくしには愛おしいです……」
「姫々……」
「ですからご主人様の悲しみを全てわたくしにくださいな。ですからご主人様の悲しみを全てわたくしにぶつけてくださいな」
「姫々……」
「罪悪感がご主人様を締めつけるというのなら……わたくしはそれを解きほぐしたく存じます……」
「フェイを思うアイリーンもこんな気持ちなのかな」
「そうかもしれません……」
「遅きに失した。それを後悔として持っているのかな」
「そうかもしれません……」
「僕も……アイリーンも……生きている内に対処できればよかったのに……」
「ですが過去は変えられません……」
「残酷だね。姫々は……」
「ですが事実です……」
「そう……だね……」
苦笑して姫々を抱きしめる一義。
ギュッと……愛おしい恋人のように抱きしめる。
「僕はアイリーンだ。失ってからしか価値を見いだせない。それは……残酷だ」
「ご主人様。アイリーン様を……フェイ様を……思い煩う必要はありません。それはアイリーン様の仕事です」
「でもさぁ……でもねぇ……」
姫々をギュッと抱きしめたまま一義は涙を流す。
悲哀の慟哭をあげる一義に、
「ご主人様……」
と姫々が抱きしめ返す。
「ご主人様もアイリーン様も優しすぎるんです……。だからしがらみに捕らわれるんです……。もっと鈍感になっていいんですよ……? 名も無い花を踏みつけて平然とする人間もいるのですから……」
「無理だよ。月子は僕の全てだ」
「それは呪いです……。自縄呪縛の感情ですよ……」
「わかってはいるけどさ」
「いいえ……。ご主人様はわかっていらっしゃらない……。もし本当にわかっているのなら月子様を忘れているはずですから……。正確には月子様を……ではなく……月子様の死の原因が自身であることを……ですが……」
「僕には……今も昔も……月子しかいないんだ……。月子が……月子だけが……僕の全てだった……」
「今はわたくしがいます……。音々がいます……。花々がいます……。アイリーン様も……ビアンカ様も……ディアナ様もいます……。なら……それらを慰みにするのも一つの手段かと……」
「無理だよ。僕にとって月子は代替のきくものじゃない」
「ですから……悲しんでいいんです……。ご主人様を悲しめるものを容認していいんです……。わたくしはそれを受け止めたいと思っています……」
「じゃあ……キスしてくれる?」
「喜んで……」
抱きしめられている姫々は、抱きしめている一義の顔を真正面から見つめ、そして唇を重ねた。
「…………」
「…………」
二人だけのベランダで、月と星が見下ろす中、一義と姫々は深いキスをした。
キスを終えて、一義はさらにギュッと姫々を抱きしめる。
「姫々……」
「何でしょう……? ご主人様……」
「僕は最低だ」
「そんなことありません……」
「僕は無能だ」
「そんなことありません……」
「僕は残虐だ」
「そんなことありません……」
「僕は……」
それ以上聞いていられないとばかりに、姫々は一義の口をキスで閉じさせた。
「…………」
「…………」
二度目のキス。
そして姫々は再度ギュっと一義を抱き返す。
「ご主人様もアイリーン様も遅きに失したのはわかっています……。でもだからといってそれを理由に立ち止まることは許されていません……。くじけそうになったらわたくしが手を差し伸べてあげます……。ですからどうか……どうか……この世界を……残酷で残虐なこの世界を……見限らないでください……」
「姫々は優しいね」
「それはご主人様が優しいからですよ……」
「そっか……そうだね……」
「はい……。その通りです……」
ギュッと抱きしめる姫々。
「姫々……」
「何でしょう……ご主人様……」
「ありがとう」
「いえ……このくらい……ご主人様のためですもの……」
姫々は照れたようにそう言うのだった。




