それから三年後07
「というわけで行ってきます!」
ゼルダは、荷物片手に、馬車に乗った。
座学庵から、馬車で二日の処に、旅館はあるらしい。
途中に大きな川があり、季節柄、馬車が通る夜道は、螢が綺麗な景色と化すとのこと。
二日目は、和の国の城の一つを見学。
この交渉は、ゼルダに一任されている。
別に成立せずとも、旅館の周りは見るべき物があるため、
「無益には為らない」
と太鼓判は押してある。
で、
「だる~い」
ゼルダが一ヶ月後の修学旅行のための先行旅行であるため、臨時の教養講師に一義が選ばれた。
「じゃあとりあえず漸近線の復習から行こっか」
これはヴァレンタインを慮っての講義だ。
「次元って概念があるんだけど――」
「点。線。面。間。ま、色々だね――」
「要するに漸近線を境界として高次元に力学をすっ飛ばす――」
「あーっと、負債を別の形にして放逐するってことで――」
「曰く無限空間の生成ではあるけども――」
少女たちには、少し厳しい授業だった。
眠る生徒が半数。
首を傾げる生徒が半数。
ヴァレンタインだけはついていけていたが、これは音々の指導の賜物。
「まあ元よりヴァレンタインのための講義だからな」
一義としても、そこまで熱意は持っていない。
「しかしこう考えるとゼルダの存在は思いの外大きいな」
緑茶を飲みながら、一義はぼんやり再確認。
教養科目を理解し、噛み砕き、教授する。
一義も、さすがに長生きしているため、知識は引けを取らないが、
「人に教える技術がない」
との自己結論。
そして、
「教養講義は中止」
と有り得ないことをほざいた。
「何するんですか?」
ステファニーが尋ねると、
「魔術の訓練」
結局、一義たちに出来るのは、ソレなのだ。
ゼルダも出来るが、もうこの四年で、だいたい生徒は、各講師に割り振られていた。
ウェンディはヴァレンタインに付いていって、音々の数学講座を受けている。
他の生徒も、めいめいに魔術の鍛錬。
「…………」
キュッと弓弦が絞られる。
弓は持ち前だ。
さすがに「弓を魔術で維持しながら矢も同時に」とはいかない。
無論、研鑽を積めば話は別だが、今は矢の調達だけでもアーシュラの本懐だ。
座学庵は竹藪と隣接しており、野生動物相手に弓の腕を試すのが、アーシュラの日課。
ステファニーの講義は、ザンティピーに任せて、一義はアーシュラを追った。
姫々はタバサに尽きっきりでコーチ。
静寂。
静まりかえった空気。
それが圧力となって、森林を威圧する。
我慢勝負だ。
既に弦は引いている。
どちらがプレッシャーに負けるか。
理性を獲得している分、アーシュラに有利だった。
ガサッ、と、静止に耐えられなかった野ウサギが、飛び出す。
その刹那の後の先。
殆ど同時と言える御業で、矢を放つ。
一直線。
姫々のハンマースペースの応用で、無尽蔵の矢を取り出せるアーシュラ。
なお弓は使い慣れ、矢はトランスでイメージを固定しているため、ばらつきが全く存在しない。
「――――」
野ウサギが鳴いた。
脚に矢が刺さって、痙攣している。
「上手いもんだ」
一義の賞賛。
「まだ普通の矢しか具現できませんけど」
「銃は、ときの声にはなるが、音が派手だからねぇ」
「ですです」
「無音の弓が有利な場合もある」
「ま、僕の場合は弓手が将来の目標だったんで、魔術については渡りに船というか二足のわらじというか……」
「アーシュラらしいな」
一義は苦笑した。
斥力場の展開。
離れた場所で、射られたウサギが、直上に跳ねる。
「おや」
さらに斥力場の展開。
放物線を描いて、射貫いた野ウサギが、こっちまで運ばれてきた。
「斥力場……」
「ま、活用次第じゃ鬼にも蛇にも為る可能性だね。それはアーシュラの矢も等しく可能性はあるんだけども」
とりあえず昼食が、少しだけ豪華に、なりはした。




