それから三年後03
「トランス……セット……」
墨色の美少女。
タバサは、瞳を閉じて、イメージを固形化する。
ドクン、と、心臓が一打ち。
「イメージ……セット……」
固めた内部の空想を、体外に排出して、魔術と為す。
「構造の把握。後の体外投射」
言霊。
力ある言葉。
パワーワードとも呼ばれる、魔術の儀式の一環だ。
要するに、
「その気になれる」
ための手順である。
「我が腕手に銃よ在れ」
魔術の起動。
タバサの手に、マスケット銃が握られていた。
「お見事」
姫々は、嬉しそうに拍手した。
我が事のようだ。
少なくとも三年前、あるいは四年前より、確実に進歩している。
毎日毎日、姫々の理不尽さに呆れ、その技量に感動した賜物だ。
即戦力とは言い難い。
イメージの固定にも好不調の波があり、トランス状態の維持もまだあやふや。
銃その物には理解があっても、
「あ」
気を抜くと、リアリティがトランスを汚染して、意識を正常に引き戻す。
常人として当たり前の生理だが、魔術がイメージに依存する以上、コンセントレーションが切れると、その魔術は結果を残して無かったことになる。
折角具現した銃も、とっさのことで、虚空に帰る。
呪文が長いのも、考え様だ。
銃を無尽蔵に投射できるなら、ほとんど不条理にも近い戦力の獲得だが、千里の道らしい。
「具現化させただけでも凄いですよ」
とは姫々談。
「先生みたいにサクッと取り出したいです」
「その内です。何事も、反復運動が必要ですよ。四六時中、銃について考えてください」
姫々は、ヒョイ、と、マスケット銃を背中から取り出す。
「BANG」
座学庵の中庭。
その壁に向かって銃撃。
穴が空いた。
単純な銃の威力ではない。
イメージを付与して、強化してある。
自己イメージを体外に排出することで、現実を汚染する。
結果、銃一つとっても、都合の良いように、威力を千変万化できるのだ。
が、あくまでコレは黒人の御業。
姫々が示して見せたのは、
「銃の具現にもまだ深奥はありますよ」
との宣言だ。
銃を具現化して「はい、終わり」ではないのである。
「……無茶苦茶です」
既に人外の領域。
まぁ厳密に言えば、姫々は人間ではないが。
「先生!」
と元気溌剌の声が、姫々の鼓膜を叩いた。
声を知っている。
異国部の生徒の中でも、一際明るいムードメイカー。
アーシュラだ。
「ウサギ捕まえました! 食べましょう!」
中々にワイルディ。
鉛色の瞳は、輝かしい金属の色味に、喜色を乗せていた。
元より弓手、弓兵がアーシュラの目指すところだ。
そして、器用さと柔軟性も、併せ持つ。
既に、弓矢を具現する魔術は、この三年で身につけ、今は概念付与の段階に移っている。
タバサに比べて進歩は格段だが、そもスタート位置が違う。
タバサは銃の構造、火薬とハンマー、ライフリングや弾道物理学の講義を、魔術と並列して学んでいた。
アーシュラの方は、既に弓と矢に理解があり、なお弓手としての腕は大人顔負け。
確固たるイメージが作られており、それ故にイメージの固定が速かったと言うだけだ。
最近では毒矢と火矢に苦労しつつ、ついでに思いついた『自動追尾補正』まで魔術に組み込もうと精力的だ。
「うー……」
とタバサが呻くのもしょうがないが、
「分かっていますから」
先述したことを言葉に編纂して、姫々はタバサを落ち着かせた。
「だいたい弓矢と銃では構造の複雑さに差があるでしょう?」
詭弁ではあるが、事実だ。
どちらがイメージしやすいかは、火を見るより明らか。
「ですから自分のペースで修めなさい」
こういうところは姫々らしい。
おかん気質というか。
一義を慕い、音々と花々のお世話をし、なおかつ魔術講師。
ほとんど苦労人の典型だ。
そう一義が設定したのだが、
「やりたいことをやっているから構いませんよ」
と、姫々は、軽やかに笑った。
「無理してないか?」
と一義が問うと、
「無理していると言ったれば、慰めてくださいますか?」
そんな感じ。
脳天唐竹割りのチョップを受ける身だった。




