いざ王都03
人には先天的に魔術を使うためのマジックキャパシティがある。
強力な魔術ほど維持するのは難しく、簡単な魔術ほど維持するのは易しいのである。
マジックキャパシティの大きな者は強力な魔術でも長い時間持続でき、マジックキャパシティの小さな者は簡単な魔術でも短い時間しか持続できない。
ちなみに扱える魔術とマジックキャパシティとに関係性は無い。
扱う魔術は後天的に覚えられるが、マジックキャパシティは先天的に決められている。
そしてライティングは最も簡単な魔術と言われている。
一過生が二過生に昇格するためにはこのライティングの魔術が必要となるのだ。
しかしどんなに低いキャパシティの持ち主でもライティングの魔術は三十分は維持できるはずなのだ。
キャパシティの大きい者は一週間は維持できる。
そんなライティングの魔術を五秒しか維持できないと一義は言ったのである。
シャルロットが驚くのも無理なからぬことである。
「それは……本当かい? 冗談ではなく……」
「こんな冗談を言う意味がないでしょ?」
「それは……そうだけど……」
「じゃあ他にも魔術を見せてあげよっか?」
「何をする気だい?」
「ファイヤーボール」
「正気かい!?」
「まぁいいから見ててよ」
そう言うとダイニングの席に着いたまま一義は手を水平に突き出して、
「ファイヤーボール!」
と呪文を唱え、火のパワーイメージを世界に投影する。
次の瞬間一義の突き出した手の先から火の球が生まれると、発射されることなく小さくなって最終的に消えてしまった。
「……は?」
またもやポカンとするシャルロット。
「あっはっは。ライティングくらいなら五秒くらい維持できるけど応用魔術になると一秒も維持できなくてね。ファイヤーボールになると投影した瞬間収束に向かっちゃうんだ」
突きだした手を引っ込めてケラケラと笑う一義。
「一義……君のマジックキャパシティはそんなにも小さいのかい?」
「うん。まぁ。だから魔術が使えても劣等生なのさ。攻撃魔術を使えない魔術師なんて意味がないからね」
それは真実だった。
霧の国のシダラ……ひいては王立魔法学院は有事の際に戦力として投入される。
特に隣国である鉄の国に対する牽制としての意味が大きい。
故に王立魔法学院の生徒は軍属であり、強力な攻撃魔術を使えれば使えるほどその者の価値はあがる。
対して一義は、魔術は使えるもののあまりにマジックキャパシティが小さく攻撃魔術が使えないので魔術が使えるにもかかわらず入学早々劣等生の烙印を押され九組に配属されたのだった。
その旨を説明すると、
「なるほどね。それなら君がライティングを五秒で終了せざるを得ないのも九組であることも納得できる……」
シャルロットは納得した。
「そういうこと」
コンプレックスを感じさせないさっぱりとした言葉で同意する一義。
と、そこに、
「ご主人様……皆様……紅茶が入りました」
姫々が紅茶を皆に振る舞う。
「ありがとう……ええと……」
「姫々です……。シャルロット様……」
「ありがとう姫々」
そう感謝を述べてシャルロットは紅茶を一口。
口内に広がる紅茶の際立つ香りに驚き、
「美味しい。こんなメイドさんがいるなんて一義は幸せ者だね」
素直にそう言うと、
「でしょ?」
と誇らしげに一義が言い、
「恐縮です……」
と姫々は一礼した。
それから皆々紅茶を飲んでいるところに、
「一義はシェイクランスが好きなのかい?」
とシャルロットが問うてきた。
「なんでさ?」
疑問を持つ一義に、
「名前に何があるっていうんだい? 薔薇を他の名前で呼んだとしてもその甘美な香りには変わりがないのだから……ってチンピラに向かって言っていたよね? あれはシェイクランスの『ろみじゅりっ!』の一言じゃなかったっけか」
「そうだよ。よくわかったね」
「『ろみじゅりっ!』は僕も読んでいたからね。あれは素晴らしい。台本しか読んでないけど心を打つものがあるよね」
「そうそう。完成された悲劇っていうのがすごく興味深くて。面白いよねアレ!」
「ああ、面白い」
そうして一義とシャルロットはシェイクランスの『ろみじゅりっ!』について談義しあった。
話についていけないハーレムたちは紅茶を飲みながらジト目で二人を睨みやるのだった。
ハーレムの誰もが思っていた。
「また新しい美少女と仲良くなって」
そんな嫉妬と欲得が無言の渦となって夜は更けていく。