いざ王都01
月の出る夜は毎日一人で散歩するのが一義の楽しみである。
大通りは酒場や賭博場がライティングという魔術の明かりをつけて騒いでいるので、喧騒を嫌う一義は小路から小路へとシダラの街を歩く。
たまにチンピラにからまれたりもするが一義の技能の前には沈黙せざるを得ない。
そんな一義の夜の散歩だが、今日ばかりは趣が違った。
敏感な一義の聴覚はチンピラの脅し声が良く聞こえた。
聞こえてしまった以上一義はそれを無視できない。
「誰ぞ困っているのかやっと……」
慰め程度にそう呟いて、小路の闇夜を覗く一義。
そこにはチンピラ四人に囲まれた少女がいた。
チンピラの方は自ら「チンピラです」と主張しているような派手な服を身に纏い、一人は紙巻き煙草を吸っていた。
それからそんなチンピラに囲まれている少女の方を見て、
「へえ……」
と一義は呟いた。
少女は美少女であった。
深い緑の艶のある髪にエメラルドグリーンの瞳を持った緑色の美少女だった。
何故か男性用のスーツを着ているが体のラインは隠せていない。
大きな荷物を背負っているのが目についた。
そんな緑色の美少女に、
「なぁ俺達について来いって……良い目にあわせてやるからさぁ」
「ていうかこれもう決定じゃね?」
「決定決定」
「よし。じゃあ人気の無いところにいこうか。それとも人前でする方が好きか?」
チンピラ達はどうやらたちの悪いナンパをしているようだった。
一義はというとそんなチンピラと緑色の美少女へと足音を隠して近付き、
「…………」
無言でライティングの魔術を使った。
夜の闇に沈んでいた小路が煌々と光に照らされ暴かれる。
いきなりの光にチンピラたちがいっせいに光の発生源……つまり一義の方へと振り向いた。
「なんだ!?」
「魔術か!?」
「ていうか!」
「誰だ!?」
そんな四人のチンピラの誰何に、
「名前に何があるっていうんだい? 薔薇を他の名前で呼んだとしてもその甘美な香りには変わりがないのだから」
一義は芝居がかった仕草でそんなことをのたまった。
そしてライティングの光が消える。
一義のキャパシティではライティングの持続は五秒が限界なのである。
ふたたび闇の中へと沈んだ小路で、チンピラたちが絶句する。
「今の……東夷だったよな……」
「魔術を使ったぞ……」
「ということは……まさか……!?」
「ドラゴンバスターバスター!?」
そんなチンピラたちの驚愕に、
「その呼び方はあんまり好きになれないんだけど……」
一義は唇をとがらせて拗ねる。
「とまれ……そこのチンピラさんたち……悪質なナンパは止めてくれないかな? 見ていて気持ちの良いモノでもないしね。それとも呪われてみたいかい?」
芝居がかった様子でそう言う一義に、
「「「「ひぃ!」」」」
と呻いて、チンピラたちは逃げ出した。
緑色の美少女はポカンとしてそんなチンピラたちの背中を見守る。
チンピラたちがいなくなった後、緑色の美少女は一義へと向き直り、
「助けてくれてありがとう。僕としても困っていたところなんだ」
そう感謝の意を示してペコリとお辞儀。
「君は僕を恐れないんだね……」
「仕事の都合上エルフは見慣れているからね。和の国にも行ったことあるよ?」
「へえ。そうなんだ」
「あの国はいい。山脈によって大陸と隔絶された半島国家。その独自の世界と哲学はとても趣がある」
「そう言ってもらえると嬉しいね」
一義はニコリと笑う。
「ところでええと……助けてもらってありがとう。名前を教えてもらえないかな?」
「僕は一義。敬称はいらない。呼び捨てでいいよ」
「そうか。よろしく一義。僕はシャルロット。僕の名前にも敬称はいらない」
「そっか。シャルロットね。シャルロットは可愛いんだからあんまりこんな危ないところにいちゃ駄目だよ」
「僕は可愛いのかい?」
「それはもう。だからあんな連中が寄ってくる。こんなところにいちゃ駄目だよ」
「ああ、忠告ありがとう。しかし宿は既に満杯になっていてね。野宿でもするしかないって思っていたところなんだ」
「あ、だったら僕の宿舎に来る? 僕と女の子が五人住んでるけど、ベッドは一つ空いてるよ?」
「一義……君は女の子五人と同棲しているのかい?」
「うんまぁ……成り行きで……」
ガシガシと後頭部を掻く一義。
「ふふ……」
「あれ、何かおかしなこと言ったかな?」
「いや、無害な人間なんだと思ってね。うん。じゃあ泊めさせてもらっていいかな?」
「喜んで」