決闘11
次の日。
シダラの住人はドラゴンバスターたるビアンカを倒した者として、一義をドラゴンバスターバスターと呼ぶようになった。
それは王立魔法学院でも広がり一義は正式に『ドラゴンバスターバスター』という……うすら寒いネーミングで呼ばれることになった。
「ドラゴンバスターバスターだ……」
「よせって……殺されるぞ……」
「最悪の災厄だ……」
「馬鹿! ドラゴンバスターバスターに聞こえたらどうする……!」
聞こえてるんだけどね、とは一義は言わなかった。
言っても無駄だと感じたからだ。
基礎魔術の講義中……すっかり一義専門の諜報部員となったジンジャーがメモを片手に聞いてくる。
「ドラゴンバスターバスター……決闘の御感想は?」
「ジンジャー……その名で呼ぶの止めてくれる?」
「じゃあ一義……決闘の御感想は?」
「別に何ともないよ。有り得るべきが有り得たってだけさ」
一義はフランクにそう言う。
「ではこの勝利は仮想していたものだと?」
「そういうことだね」
「一義はファイヤーボールを逃れるために大きなジャンプを行ないましたね。あれは魔術ですか?」
「うん。魔術だよ」
「跳躍を促進する魔術なんでしょうか?」
「一面的にはその通りだよ」
一義はそう答える。
「では魔術が使えるのに何故一義は九組に配属を?」
「魔術の才能が無いからでしょ」
「しかして一義は魔術を行使しているじゃありませんか」
「僕のキャパシティは人の数千倍の小ささを誇るんだよ」
「どういう意味です?」
「いや……何でもない……」
そう言って会話を打ち切る一義だった。
*
同じ頃。
とある研究室の一室にてシャワーを浴びているビアンカはシャワールームの鏡を見ながら自らの裸体の……その胸を腕で押し上げる。
「うう……また大きくなったような……」
ビアンカは巨乳で、そしてそれに対してコンプレックスを持っている。
美少女でありながら巨乳でもある……それがビアンカに付きまとう弱所だ。
ビアンカはそれまで男という種族は勝手な奴らだと思っていた。
いや……それは今も思っている。
男という生き物は下賤で下劣な生き物だとビアンカは心底思っている。
彼らはビアンカの美貌に羨望し、神格化し、そして愛をささやくのだ。
そしてそれをビアンカが拒否した時、失望という形でビアンカを見る。
勝手に羨望し、勝手に失望するのだ。
こんな勝手が他にあろうか。
そして王立魔法学院の制服を押しやる自らの大きな胸を鼻の下を伸ばして食い入るように見つめる男たちも数知れず見てきた。
つまりビアンカにとって男とはビアンカの美貌と巨乳にしか興味のない……下賤で下劣で蒙昧な生き物としてしか映らなかったのである。
「でも……」
でも……とシャワールームの鏡で自らの裸体を見ながらビアンカは思う。
「アイツは……一義は……違いました……」
ビアンカはそう思う。
「ならば万が一にもわたくしが敗れましたら一義のハーレムに入って差し上げますわ!」
「それはメリットっとは言わない」
「わたくしでは不満ですの!?」
「いや……ビアンカは可愛いし不満じゃないけどさ……こんな馬鹿馬鹿しいことに自分を賭けなくても……って思って」
それは一義とビアンカが交わした言葉だ。
一義はビアンカの美貌にも巨乳にも興味を示さなかった。
決闘の際には「約束を守る必要もない」とまで言った。
つまり一義はビアンカに性的魅力を感じていなかったことになる。
ビアンカは鏡を殴りつける。
「何なんですの……あの男は……!」
それは悔しさだ。
ビアンカに興味を抱かない男として一義は刷り込まれていた。
「わたくしに魅力を感じないなんて……」
悔しそうにそう言った後……、
「悔しい……?」
ポツリとビアンカは呟く。
「わたくしは……一義に……わたくしの魅力が通じないことを……悔しいと感じていますの……?」
それはつまり……そういうことだった。
*
「というわけで……」
ビアンカは引っ越しでもするのかというくらいの大荷物を背負って、
「わたくしも今日からここに住みますわ」
玄関先に集まった一義と姫々と音々と花々とアイリーンにそう宣言した。
「「「「「…………」」」」」
一義とそのハーレムたちは沈黙せざるを得なかった。
それはそうだろう。
いきなりビアンカが押しかけてきて、ここに……つまり一義たちの宿舎に住むと言いだしたのだから。
一義は痛むこめかみを押さえて確認するように言う。
「……ええと……何故?」
「わたくしが決闘で一義に負けたら……わたくしは一義のハーレムに入るという条約だったでしょう?」
「決闘前にも言ったけどね。そんな約束守らなくてもいいんだよ?」
そう言う一義の手を取って、ビアンカはその一義の手を自身の巨乳へと押し付けた。
「な、何を!」
ビアンカの巨乳の手ごたえを感じながら狼狽える一義。
「今日からわたくしは一義のハーレムの一員ですわ。一義はいつでもわたくしの巨乳を好きにしていいんですのよ?」
挑発的にそう言うビアンカに、
「ビアンカ様……御ふざけはその程度にしていただきませんと……」
「お兄ちゃんを牛みたいな乳で籠絡するつもり!?」
「旦那様……巨乳ならあたしがいるよ。籠絡されないで……」
「一義は巨乳が好きなんですか?」
ハーレムたちが騒ぎ出す。
一義はといえばビアンカの巨乳に押し付けられた手を振りほどいて、
「胸の大きさに貴賤は無いよ。それより本気で僕のハーレムに入るつもり?」
そう問うた。
「それが決闘の約束ですわ」
「だから守らなくていいって……」
「それを除いてもわたくしは一義のその心意気に惚れましたわ」
実直にそう言うビアンカ。
「わたくしでは一義のハーレムに足りえないでしょうか?」
捨てられた子猫のような表情でそう言葉を紡ぐビアンカに、
「……うん……まぁ……君がいいならそれでいいけどね……。ただし部屋はアイリーンと共同で使ってね?」
一義はそうとしか言えないのだった。
「まるで大奥だね……」
うんざりと呟く一義に、
「いつ抱いてもいいんですのよ? なんなら今日のお相手はわたくしということでも……」
恥じらいながらビアンカ。
一義は眉間を指で押さえる。
「言っておくけど僕のハーレムは健全だよ。僕がハーレムの女の子たちに求めるのは二つだけ……。僕の夢見が悪くなったら慰めることと身のまわりの世話をすること。だから抱いたりしないし性的欲求も問題外」
「そうなんですの?」
そうハーレムに問うビアンカに、ハーレムの女子たちは「うんうん」と頷いた。
「ご主人様は淡白でいらっしゃいますので……」
「お兄ちゃんはこれでも消極的なの!」
「旦那様はヘタレだからね」
「一義は不能なんじゃないかって疑うこともあります」
口々に勝手を言うハーレム。
ビアンカはクスッと笑うと、
「あは……ではわたくしも正式に一義のハーレムということで……。よろしくお願いしますね……先達がた……」
そう述べて一義の宿舎に上がるのだった。
「入学四日目にしてハーレムが五人……か……。この先どうなるんだろう……?」
うんざりとしてそう言う一義であった。