決闘10
三日後。
空は晴れやか。
場所は霧の国の中でも王都に次いで大きな都市……シダラの擁する王立魔法学院。
その王立魔法学院にあるアリーナの観客席はシダラの人々で溢れかえっていた。
この日この時間にこの場所で「ドラゴンバスターが決闘をする」という情報を王立魔法学院が流布したせいである。
「ドラゴンバスターが戦う!」
「殺竜の魔術が見れる!」
「相手は誰だ!」
「一過生の九組らしいぜ!」
「無貌極まるな!」
「東夷らしいぞ!」
概ねそんな言葉が無数に人間によって無数に言葉にされて、それはどよめきへと変わっていく。
アリーナは上空から見て円形になっており、およそ直径五十メートルの円が闘技場となっており、さらにその円を取り囲むように観客席がついている。
魔術師同士の戦いとしては直径五十メートルでは狭すぎるのだが、これは大威力の魔術を使わせないためであり、ひいては決闘による致死率を下げるためである。
しかし誰が知ろうか。
たった五十メートルの間合いなど一義にとっては無いも同然なのだと。
ともあれシダラの住人の観客はざわめき、決闘が始まるのを今か今かと待ちわびている。
そんな雑音の中に一義は入り込んだ。
闘技場に現れると同時に、
「東夷だ!」
「肌が黒いぞ!」
「耳が長いぞ!」
「髪が白いぞ!」
「悪魔だ!」
「恐ろしい!」
一義の姿を目にした者は概ねそんな言葉を紡ぐのだった。
対してドラゴンバスター……ビアンカが入ってくると、
「ドラゴンバスターだ!」
「殺竜の魔術師だ!」
「清らかな川のような髪!」
「宝石のような青い瞳!」
「神々しい!」
「ビアンカ様ー!」
観客は概ねそんな言葉を紡ぐのだった。
ちなみに王立魔法学院の制服を着ている一義と違って、ビアンカは動きやすい服に軽装の鎧を身に纏っており、何より背中にバスターソードを装備していた。
一義は素手である。
無論、忍としての習性ゆえに暗器の類は隠し持っているが。
一義とビアンカは互いに闘技場の中心へと歩み寄り、握手をしようと手を差し伸べる。
闘技場の中心で握手をし、また闘技場の端へとお互い戻って、間合いを五十メートル離したところから決闘は始まるのである。
一義とビアンカは握手をし、そしてビアンカが握手をしたまま一義に問うた。
「あなた……わたくしをなめていらっしゃるの?」
「どうして?」
そう一義は問い返す。
「普通決闘にあたってはそれなりの装備があるでしょう? 鎧もつけず……武器も持たず……それでどうやってわたくしに勝つつもりですの?」
「じゃあ僕から聞くけどね。なんでドラゴンバスター……君はバスターソードを装備しているんだい?」
「どういうことですの?」
「もし本当に僕に勝ちたいのなら素手……あるいはナイフ等の短刀の方が効率がいいじゃないか」
「魔術を使えないあなただから戦い方は接近戦しかなく、それにはバスターソードでは後れをとると仰るの?」
「そんなことは関係ないよ……。もしかしてだけど……君は自分の戦力を十分に考察したことが無いだろう」
「私自身の力など十二分に知っていますわよ」
「もし本当にそうなら背中のバスターソードは捨てているはずだね」
「あなた、何が言いたいんですの?」
「敵を知り、己を知れば、百戦危うからず。僕はビアンカの能力を十分に検討した。対して君は僕の能力をまるで知らない」
「一過生九組の劣等生が魔術を使えるとでも?」
「だからそんなことは関係ないよ……。大艦魔法主義……とでもいうのかな。大雑把であやふやな……そんな魔術に頼っている君が僕には弱く見えるよ」
「わたくしの圧倒的魔術を前にしてもそんなことが言えるか見ものですわね」
「ああ、それから……万が一にも僕が負けても姫々は譲らないから……」
「なっ……!」
ビアンカは絶句した。
「どういうことです!?」
「どうもこうも……言葉通りだよ……」
「じゃあその気がないのに決闘を受けたのですか……あなたは!」
「まぁ成り行きで……ね」
「それではわたくしにはデメリットしかないじゃありませんの!」
「だからさ。もし君が負けても別に約束を守る必要はないって言いたいのさ」
そう言って握手していた手を離すと、一義はビアンカに背中を向けて闘技場の端まで歩き出した。
「…………」
ビアンカもまた納得いかな気な表情で闘技場の端へと歩く。
互いに円の正反対の位置に属した二人の距離は五十メートルにまで開く。
間合い五十メートル。
それが一義とビアンカの距離だ。
そして観客席のテンションに呼応するようにしてドラが鳴る。
ゴォウンッ! と一つ。
それが決闘の合図。
ワッと観客席が沸く。
そしてドラゴンバスター……ビアンカは小手調べにパワーイメージを世界に投射して、
「ファイヤーボール!」
と炎弾を一義に向かって撃った。
その炎弾は真っ直ぐ一義へと向かい、直撃、爆発四散した。
「え……?」
ポカンとするビアンカ。
爆発の閃光が終わると黒煙がもうもうと立ち込める。
それがファイヤーボールの結果だった。
「やったん……ですの……?」
そう言ったビアンカのうなじに……いつのまにか背後をとった一義の……その手刀が埋め込まれた。
「っ……!」
その一撃で意識を失うビアンカ。
「攻撃した後に『やったか』なんて言った場合は絶対にやってないんだよ……」
そんな一義の忠告も耳に入らずビアンカは地面に倒れ伏す。
それが決着だった。
「「「「「…………」」」」」
観客は唖然として沈黙する。
彼ら彼女らの感想を要約するならそれはこんな言葉になるだろう。
「もう終わり?」
そしてその通りにもう終わったのだった。
一義は気絶したビアンカを放っておいて、自らが出現した東門から出ていった。
そんな一義の背中に、
「勝者! 一義!」
と審判役の声が響いた。
ザワザワとどよめく観客たち。
彼ら彼女らが見たのはファイヤーボールの炸裂と同時に高さ十メートルを超える跳躍をした一義がビアンカの背後に着地して、首筋に手刀を埋め込んだだけである。
こんな決着があろうかと観客はどよめいていたが、実際にそんな決着があり得るのだからしょうがない。
補足するならば人の視界は左右には広いが上下には狭い。
つまり一義は撃たれたファイヤーボールにクナイを投げて自身の寸前で着弾させ爆発を起こし、自分自身は魔法を使って爆発の閃光を目くらましにビアンカの視界の上方に隠れ、その跳躍力をもってビアンカの背後に着地……手刀にてビアンカを気絶させたのである。
無論、そんなことを知らない観客たちは一義の勝利に驚き、その噂は一日をもってしてシダラ全体に広がることになるのだった。




