いざ鉄の国18
都市は狂喜乱舞した。
一義たちによるリッチの討伐。
それはつまり平穏の回帰。
市民は盛り上がり、平和を謳う。
その上でかしまし娘とアイリーンとルイズは英雄視された。
一義は英雄視されるのを恐れてホテルに引き籠もったが。
「めでたい!」
「ありがとう!」
「強いな!」
「感謝だ!」
ありとあらゆる表現で以てハーレムの女の子たちは歓待を受ける。
ここにエルフが居ればまた微妙な空気になる。
それも確かなことではあるので一義は遠慮していた。
喝采が響き、
「反魂のアイリーン様」
と、
「皇帝直属騎士たるルイズ様」
の幻想がワルツを踊る。
二人の功績が大きいのは確かだが、
「実はその実体が東夷にある」
とまでは読み取れない。
そして一義はそれで良かった。
今更歓待を受けてもしょうがない。
問題自体は単純だ。
「誰が何を大切にするか?」
それが一義には月子で、市民には平穏と言うだけ。
リッチ討伐の喝采は徹夜で盛り上がったが、一義は一人月を見ながら散歩していた。
月子とのデート。
「無聊を慰める」
と言うと月子には失礼だが、あながち外れているわけでもない。
一義は月さえ見られれば他はあまりに気にしないのである。
時折ガラの悪い連中に絡まれそうにもなったが、
「おい兄ちゃん」
「はぁ」
のやりとりだけで白髪白眼に黒い肌を持つエルフであることを覚るとチンピラも逃げていく。
「なんだかね」
面倒事が嫌いなタチ故、向こうから去ってくれるならこれ以上は無いが、
「それでもなぁ」
と疑問視もする。
「月子はどう思う?」
空の月に語りかける。
月が答えるはずもないが。
「やれやれ」
一義はデートを再開した。
夜の街を歩く。
この際絡まれなかったのは東夷に対する不理解故だ。
特に鉄の国はエルフと言うだけで鉄血砦の末路を想起する。
実際に一義の仕業ではあるが。
大軍勢にて霧の国との国境を定義し、なお三人の異常戦力(宮廷魔術師である)を保有して尚滅びた一抹。
恐怖の対象には持って来いだ。
エルフは基本的に和の国を出ない。
和の国では理解ある亜人に過ぎないが、外に出れば悪しき亜人と同列に並べられるからだ。
そういう意味ではオーガたる花々もそうだが、元々のメンタルが違った。
故に一義は一人で月とデートをする。
「あんまり意味は無いけどさ」
それもまた事実。
「おや」
と市民の一人が声をかけてきた。
「兄さん……エルフかい?」
「まぁそうだね」
「ってーことは例の……」
「心当たりはないけどね」
「ルイズ様が声高に叫んでいたよ?」
「あの野郎……」
ここで不満を述べてもどうなるものでもないのだが。
「綺麗だね」
「皮肉かな?」
少なくとも一義の浅黒い肌を見て綺麗と本心から言える人間は少ない。
「薬を買ってくれないかい?」
「あー……」
一義は返答に迷った。
しばし言葉を探して、
「他を当たって」
それだけ。
「まぁまぁ助けると思って」
「こちとらデート中なもので」
「一人に見えるが?」
「だろうね」
一からとくとくと説明するモノでも無い。
「ていうか麻薬の類は利かないんだよ」
ありとあらゆる拷問の耐性を得る訓練を積んできた。
毒すら効かぬその体に麻薬の浸透しようはずも無い。
「ちっ」
舌打ちして売人は去って行く。
「ままならないね」
嘆息。
「月子を生き返らせる方法は無いものか」
そんなことばかり考える。
月子は、
「自身に縛られるな」
と言ったが無理筋である。
少なくとも月子ニズムの一義には。
見上げてごらん夜の星を。
月は和の国において永遠の象徴。
一義の慕情が永遠たるかは……歴史に問わねば答えられなかった。