いざ鉄の国16
都市は大混乱に陥っていた。
リッチのタチの悪さは既に一義たちも知っている。
聖火を持たない限り戦いようが無い。
それも理解している。
であるため対抗手段の無い市民諸氏には逃げる以外の選択肢が無いのだろう。
その動乱を遡る一派があった。
当然一義たちである。
「東北は鬼門だけど西方でも通じるんだね」
少なくともリッチの脅威を覚えている人間には冗談になっていなかった。
一義たちは東北に向かって進む。
途中死者が襲いかかってきた。
説明に聞いた通りのリッチの能力である。
死者の記録に現し身を与える。
そうすることで死者を復活させ軍勢を作る。
「とはいえ」
一義の溜め息。
「趣味が悪い」
その通りでもあった。
肉が腐食しボロ布を纏った……ほとんどゾンビの体であったのだから。
「これじゃ固有意識なんかは無いね」
サックリ言って東北に向かって歩く。
都市に配置された兵士たちが死者と戦っていたが、どうにも劣勢らしい。
そもそもにして死んでいる人間は肉体の事情を勘案しない。
動くと云うことは脳のパルスと筋肉がある証明だが、手加減抜きの肉体行使と死を恐れない我武者羅な襲撃は死を恐れる兵士とはまた別の意味で士気が高い。
そして死者に殺された兵士がまたリッチによって死者の軍勢に加わる。
ほとんど兵士たちの潰走は免れえなかった。
代わりとばかりに一義たちが最前線に立つ。
「おい! 君ら! 何をして……」
そこまで言って、
「ルイズ様……! アイリーン様……!」
二人を見て絶句する兵士だった。
「ルイズ様にアイリーン様ですと……!?」
潰走していく兵士たちの間で驚愕と躍動の二重奏が奏でられた。
「とりあえず一般兵は引いて。士気を取り戻し次第合流すること」
ルイズが指示を出す。
「可能ですが……まさかお二方で……?」
「どちらにせよ反魂の聖火が無ければリッチの倒しようが無いしね」
ルイズはこの場面で肩をすくめて見せた。
「ゲギャアッ!」
死者の一体がルイズに襲いかかる。
が不可視の障壁に弾かれて吹っ飛んだ。
音々の魔術だ。
斥力による結界。
少なくとも物理面においては無類の強さを発揮する。
死者が腐食した脳で動いている以上、目に付いた生者から襲う程度の命令しか受けていないことは明白だ。
であれば愚直に突進してくる死者は音々にとって十把一絡げでしか無い。
「キシャアッ!」
「グルァッ!」
死者が襲いかかるが悉く音々の結界に封殺される。
対する一義側は冷静に死者を取り除いていった。
仮に死者がゾンビだとしても、生き返って活動する以上、脳のパルスと筋肉の相互連携は必要不可欠だ。
であれば、
「…………」
姫々がマスケット銃を次々取り出して死者の脳を破壊する。
一体一体丁寧に殺していく。
脳を破壊されれば筋肉を動かす信号が破綻する。
リッチ自身はともあれ、その従僕の死者たちに脳を再生する方法は無い。
故に無力であった。
「とはいえ」
皮肉ったのは当然花々だ。
「湧くウジを虱潰しにしているようだね」
音々の結界外にて暴力を振るう。
それはルイズも同じ事。
オーガとまでは行かないが、こと白兵戦において、
「ミュータント」
と呼ばれる生物だ。
思惑の無い死者の群れなぞ相手にもならなかった。
花々はまるで卵をそうするかのように死者の頭部を握りつぶす。
パキャッと音がして頭部が破裂した。
「頭蓋骨の堅さが何なのか?」
そんな疑問を抱く程度に簡素に花々は死者の頭部を握りつぶしてのける。
もはやソレは凌辱に近い。
複数の死者が多方向から襲いかかるが、特に問題にもしていない。
花々に噛みつく者。
引っ掻く者。
殴りかかる者。
死者は自意識無くただ人を襲うだけの概念で、それ故にオーガの肌を傷つける術を知らない。
噛みついた者は歯が折れて。
引っ掻いた者は爪が剥がれて。
殴りかかった者は拳を台無しにして。
とかく一方的に花々は死者の数を減らしていった。
「冗談だろ……?」
兵士の編成および士気向上に務めていた司令官が呻く。
花々とルイズはそれほど規格外だった。
当然ルイズも死者に狙われている。
それも花々と同数の。
当然ミュータントとは言え構成物質は人間のソレだ。
花々と違い防御を捨てるわけにはいかない。
が……ほとんど防御は要らなかった。
死者とて人間の構造をしている以上どうしたって限界はある。
そしてルイズはその限界を超えるミュータントだ。
複数の死者に襲われながら、
「疾っ!」
その全てを切り伏せてみせる。
最終的に脳を潰すのはお約束だが、肩の付け根や股の付け根から腕や脚を切り落として行動不能とさせる。
その技術は敬服されるべき物だ。
一義にしてみれば、
「よくやるよ」
で済む命題だが。