いけない魔術の使い方18
月は叢雲に隠れている。
一義が夜歩きをするのはいつも月が見えている時だ。
だが何事にも例外はつきものである。
少なくとも一義の本当の目的は夜歩きなどではなかった。
一義は寝間着姿で首からタオルをかけて濡れた髪をガシガシと拭う。
王城の庭園に自身しかいないことを確認した。
一義は気配には敏感な方だ。
忍の必修とも言える。
故に誰もいないことを確認して嘆息一つ。
それから、
「おいで……夜々……」
と虚空に呟く。
返事は無かった。
だが空間が応えた。
グニャリと空間が歪む。
それが空間転移の証だと一義は悟っていた。
現れたのはエルフだ。
東夷とも言う。
白い髪に白い瞳。
浅黒い肌。
人間にはありえない色である。
一義と同じ外見だが美男子の一義に対して空間を渡ってきたエルフは美少女と言ってよかった。
それも生半なレベルではない。
不世出と言って言い過ぎることの無い美少女である。
美少女は言った、
「お久しぶり。兄さん……」
と。
一義は苦笑すると、
「息災で何よりだね夜々」
と空間を渡ってきた魔術師を労った。
魔術師は一義を兄さんと呼んだ。
一義は魔術師を夜々と呼んだ。
それが全てを語った。
つまりエルフの美少女……夜々が一義の妹であるということだ。
「兄さんから夜々を呼び出すなんて珍しいですね」
悪戯っぽく夜々は笑う。
白い瞳に映るのは小悪魔のからかいだ。
一義はタオルでガシガシと濡れた髪を拭き、
「あー……」
と悩んだ後言った。
「悪戯が過ぎるよ夜々」
他に言い様もなかった。
「何のことでしょう?」
空っとぼける夜々に一義は厳しい眼差しを突き刺す。
「言いたいこと……わかるよね?」
「いいえ全然」
夜々の言葉には遠慮というモノが欠片も存在しなかった。
「じゃあ言おうか」
「忌憚なく」
どこまでも傍若無人な夜々。
「フェイを使って何をしたいんだい?」
「そこまでわかっているのですか?」
「状況さえ揃えば難しい問題じゃないでしょ」
「ふむ……」
夜々は思案するようだった。
一義は右手の握り拳を夜々に見せつけ、人差し指をピンと伸ばした。
「一つ。フェイの死を知っているのは例外を除いて僕とかしまし娘とアイリーンのみだということ」
「ならばアイリーンでしょう?」
そう言う夜々を一義は意図的に無視した。
「つまり例外の存在があるということだよ」
「例えば?」
「千里眼とかね」
そんな一義の言葉に、
「…………」
夜々は沈黙する。
一義は中指を立てる。
「二つ。フェイが不老不病不死……つまり仙丹あるいは賢者の石を使用された金人であるということ」
「例えば?」
「仙丹を創れる人間ということじゃないかな」
「…………」
やはり夜々は沈黙する。
一義は薬指を立てる。
「三つ。フェイは無詠唱ノーモーションで空間転移を使った。即ち縮地だ。そしてソレを扱えるのを僕は一人しか知らない」
「例えば?」
「夜々以外にいないだろう?」
「…………」
やはり夜々は沈黙する。
「つまり……さ」
一義は纏める。
「夜々がフェイを仙丹で生き返らせて使い魔にし、縮地を適応させて唐突に現す。これが一番合理的な解釈じゃないかな?」
「ふふ……」
夜々は苦笑した。
観念したのである。
「それで兄さんはどうするんです?」
「まぁどうもできないよね」
あっさりと降参する一義であった。
「で?」
問う。
「今度は誰の願いを叶えたの?」
そんな一義の言葉に会心と言える笑みを夜々は浮かべた。
「背景は……わかっていないみたいですね」
「当然」
「では遠慮は要りませんね」
夜々は言った。
「波の国の第三王女……エリスたっての願いです」
「第三王女エリス……?」
一義は苦々しい表情になる。
そうせざるをえなかった。