いけない魔術の使い方16
日も落ち夕餉も済ませた一義は風呂に入っていた。
「ふい~」
と安堵の吐息をつく。
ディアナとのデートに付き合わされて疲れたのもある。
気がかりなこともある。
だが湯に浸かればそれらは些事だと認識してしまう。
まるで死から生き返ったような安堵感を風呂に見出す一義だった。
そんな一義の両腕は美少女に占領されていた。
片方はディアナで、もう片方はキザイアである。
紫色と褐色の美少女が一義の両腕に抱きついて一義の肩に頭部を預けているのだった。
「むう……」
とその他のハーレムが不満を見せる。
ディアナはともかく……なんとなくではあるがキザイアが一義の体を洗って一緒に入浴するという立場に落ち着いているのには承服しかねる感情があるのだ。
当然一義はハーレムの感情に気付いてはいるが、キザイアが可愛いので黙ったままで何をしようともしなかった。
キザイアは可愛い。
それだけが事実で、それだけが真実だった。
「キザイアは可愛いね」
そう言って、自身の肩に頭部を乗せているキザイアの額にキスをする一義。
お湯に浸かっているのとは別の理由で真っ赤になるキザイア。
狼狽するキザイアが一義には可愛く映った。
「…………」
キザイアは言葉を発しない。
しかして一義にはキザイアの思念が読み取れるようだった。
「照れるキザイアはもっと可愛い」
ニコリと笑ってそう言う。
キザイアは照れるばかりだ。
くつくつと一義は笑う。
「ま、いいんだけどさ」
それはハーレムの誰に言った言葉でもなかった。
一義自身の問題だ。
絶対的基準に則した言葉である。
そして風呂を堪能する一義。
「はふ……」
と湯に浸かって吐息をつく。
姫々と音々と花々とアイリーンとアイオンとジャスミンは、
「むう……」
とやはり呻くのだった。
一義は……と苦情を呈しようとしたハーレムたちだったが、それを中断せざるをえない状況が生まれた。
空間が歪んだのだ。
まるで水で満たされたガラスの瓶に垂らした墨汁が歪んで撹拌するように。
そして一人の部外者が霧の国の王城の浴場に現れた。
空間転移。
そう真っ先に認識したのは一義と花々で、遅れて姫々と音々とアイリーンが、さらに遅れることディアナとエレナとアイオンとジャスミンとキザイアが悟る。
突然の来訪者は暗殺者だった。
宗教的模様を彩った仮面に黒くスマートなつなぎを着た暗殺者。
一義を狙い、何度となく襲い掛かってきた暗殺者。
一義は水着一丁でクナイすらも持ってはいない。
そこを狙われたのかなとも思ったが、それにしてはと否定せざるを得ない。
一義がクナイを持つよりかしまし娘が護衛につくことの方がよほど強力なのだ。
そう云う意味では一義一人を狙うより今の状況の方が暗殺者には不利である。
そんなことは暗殺者にもわかっているだろう。
その上で暗殺者は入浴中の一義たちを害そうと現れたのである。
反応は早かった。
暗殺者はナイフをエレナ目掛けて投擲した。
それがエレナの頸動脈を切り裂くより速く、
「斥力結界……!」
音々の魔術が投影される。
投げナイフは斥力に阻まれ、あらぬ方向へと弾かれた。
次の瞬間、
「……っ!」
姫々が動く。
姫々は水着姿でありながらも背中に手を回すと、ありえない空間からマスケット銃を取り出した。
ハンマースペースである。
姫々は脈絡なくありとあらゆる武器を虚空から生み出すことが出来る。
そして取り出してマスケット銃をもって暗殺者に狙いをつけてトリガーを引いた。
超音速で弾丸が発射される。
それは正確に暗殺者の頭部を狙い命中した。
パキリと仮面が割れる。
頭部に直撃したはずだったが暗殺者は生きていた。
衝撃故にのけぞり、しかして体勢を整える。
パキリと仮面が割れた。
粉々になった仮面によって覆い隠されていた素顔があらわになる。
仮面の奥には金色の髪に金色の瞳をもつ美少女の顔が現れた。
「……っ!」
一義が絶句する。
それはかしまし娘も同じだ。
暗殺者の顔を……正確には金色の髪に金色の瞳を持つ美少女の顔を見て驚愕するより他なかった。
正解を口にしたのはアイリーン。
「フェイちゃん……?」
その通りだった。
かつて死を否定する反魂のアイリーンを狙い、そのアイリーンの実妹でもあり、ファンダメンタリストの刺客であり、既に死んだはずのフェイの顔がそこにはあった。
「フェイちゃん……。フェイちゃんよね……?」
「是。お姉ちゃんにはバレたくなかったんだけどな」
暗殺者……フェイは苦笑した。
一義はなるほどと理解した。
キザイアの魔術ではない暗殺者の存在。
それがフェイだと言うのなら考えうるのは一つしかない。
ましてマスケット銃を頭部に受けてなお平然としているフェイを鑑みれば結論は一つしかないのだ。
無論それを言葉にする一義ではなかったが。
結局のところ諦めたのだろう。
フェイは無詠唱ノーモーションで空間転移を行ない浴場から姿を消した。