剣劇武闘会01
「シダラに行きましょう」
唐突にそんなことを言ったのはディアナだった。
紫色の瞳が快活な光を宿している。
ちなみにシダラとは霧の国の軍事拠点であり王立魔法学院にて攻性魔術師を生産している魔窟であり一義とそのハーレムが生活の拠点としている都市のことだ。
要するに一義と姫々と音々と花々とアイリーンにとっては、
「とんぼ返りをしろ」
と言われたに等しい。
「…………」
一義は無言で紅茶を飲んだ。
時は昼頃。
昼食を終えて茶をしばいている最中である。
「シダラに何か用があるの?」
一義の代わりに聞いたのは音々。
「まぁ実測が一つと余興が一つ」
迂遠に答えるディアナだった。
一義は表面では取り繕っていたが内心はうんざりしていた。
ディアナの、
「余興」
の一言に嫌な予感を覚えたからだ。
「それで?」
これは花々。
「どういうことでしょう……?」
これは姫々。
「うん。つまりね……」
ピンと立てた人差し指を教鞭のように振るいながら、ディアナは言う。
「エレナが暗殺者に狙われているでしょ?」
昨晩もそうだったのだ。
定期的に姿を現しては、暗殺未遂で逃げ出す。
そんなルーチンワークにも似た状況を繰り返す一義たち対暗殺者だった。
結果としてエレナに傷一つつけてはいない。
だが……暗殺者が空間転移を使えうる以上、何処から唐突に現れるかわかったものではないのだ。
そういう意味では綱渡りな状況と言える。
万全の警備……厳戒態勢で臨んでいる護衛の騎士や兵士をもってして裏をかき城内に進入するその技術は見事なモノだ。
あるいは暗殺者は城内にいるのか。
どちらにせよ脅威には違いない。
「だからシダラで少し過ごして暗殺者が襲ってくるか試すの。もしシダラでも暗殺者に襲われたら相手はギルド……またはソレに類する規模を持つ集団だと言えるでしょ? 逆に襲われなかったら敵は王都ミストにいることになるわよね?」
「まぁ……例外を考慮に入れなければそうだね」
紅茶を飲みながら花々が納得する。
それはディアナ以外の全員の同意の代弁だった。
「敵を知らなきゃ対応も出来ない。暗殺者を殺したところで別の暗殺者が現れるならそれはまるで意味が無い」
「然り」
と心の中で頷く一義。
「だから一旦別の環境にエレナを置くのも一つの手かなと」
「……ディアナ」
申し訳なさそうにエレナが眼を細める。
気付いたのは一義と花々とディアナのみだ。
「別にエレナが気にすることじゃないわよ。エレナは霧の国にとっての客分。そに失礼の無いように状況を整えるってだけだから」
「それはわかった」
花々が断ち切る。
そして姫々が問う。
「それで……余興というのは……?」
「剣劇武闘会」
単語を発するディアナ。
その言葉で納得したのは、
「ああ、そう言えば」
「そんな時期だな」
アイリーンとジャスミンのみだった。
エレナは知ってはいるが表情に出さない。
一義とかしまし娘はそもそも理解すらしていない。
「剣劇武闘会?」
何だそれは、と云った様子だ。
「毎年シダラで行なわれている騎士や兵士や冒険者が参加してトーナメント形式で行われる武闘会です。魔術は使用不可。剣を極めた者たちの戦いですゆえ盛り上がりますよ。そして王族や貴族の目にとまれば専属騎士になることも可能です。というか参加する剣士の大半の目的はコレなんですが……」
「ふむ」
「私も武闘会を見に赴かねばなりません。もし素晴らしい剣士がいれば王属騎士にスカウトするのも私の役目です」
「お抱えの騎士……ね」
皮肉気に口の端を吊り上げる一義。
そんな表情は一瞬。
すぐに真顔に戻して紅茶を飲む。
「当然私としては一義様の優勝以外にありえないと思っていますから」
ありえない言葉を聞いた気がした。
「僕の優勝?」
「はい! 大丈夫です。既にエントリーは済んでいるので。シダラまで十日。剣劇武闘会は十五日後。十分に時間はあります」
「いや、そういうことじゃなくて。なんで僕が剣劇武闘会に出なきゃならないのさ?」
「かっこいい一義様が見たいからです!」
「うーん……会話が通じてるようで通じてないなぁ」
一義はカクンと頭部を脱力させる。
「まぁご主人様に抗し得る人間がいるとは思えませんが……」
「お兄ちゃん最強だからね!」
「旦那様のハレ舞台か」
かしまし娘は嬉しそうにそう言った。
「力を誇示するのは僕の望むところじゃないんだけど」
忌々しげに一義はぼやく。
「だから力を持つなんてのは面倒なんだ」
と言葉にせず毒づく一義。
「ともあれ」
とディアナが一拍する。
「一義様の活躍を楽しみにしていますから!」
悪意の無い表情で悪意を感じさせる言葉をのたまうディアナだった。