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エレナという王女19


 風呂から真っ先にあがったのは一義である。


 脱衣所で寝巻に着替えて暗器を仕込み、それから脱衣所を出る。


 既に浴場を護衛していた二人の女性騎士の遺体は回収されていたが、それでも血痕を消せるほどの時間は経っていない。


 むせ返るほどの血臭の中で、しかし一義は飄々としていた。


 もとより死というモノに対して違和感を覚えないタイプである。


 親しき者なら話は別だが袖擦り合った程度の人間が殺されても一義にとっては痛くも痒くもない。


「命の価値は相対的だ」


 と思うわけだ。


 現実としての他人の死よりシェイクランスの綴った悲劇の方が胸をつくのが前提としてあるのだった。


 血痕を眺めながら廊下の壁に寄りかかって待つことしばし。


 色とりどりの美少女たちが寝巻に着替えて脱衣所を出た。


 そしてディアナとエレナが血の痕を見て絶句する。


 一種のショッキング映像だ。


 無理なからぬことではあった。


 一義と同様に、かしまし娘とアイリーンとアイオンとジャスミンとキザイアはいとも平然としている。


 キザイアは失語症のため、どう思っているかは憶測でしか語れないが。


「……う……うわ」


 流れ出た大量の血は死者の証。


 それに気圧されるエレナ。


「自分のせいでまた被害者が出た」


 表情がそう語っていた。


 無理もない。


 エレナの護衛として配置された騎士が殺されたのだ。


 エレナがいなければ騎士が暗殺者に殺されることはなかった。


 そもそも暗殺者が無法に振る舞うことはなかったろう。


 自責の念に絡まれて、涙を流そうとしたエレナは、


「…………」


「……っ?」


 一義のキスによって思考を真っ白にした。


 接吻。


 口づけ。


 何と呼んでもいいが要するにキスしたのだ。


 一義が。


 エレナと。


「……え?」


 ポカンとするエレナ。


 桜色の瞳は自責の念を忘れ困惑によって満たされた。


 無論ポカンとしたのはハーレムも同様だ。


 血臭の中で冗談のような静寂が支配する。


 真っ先に我に返ったのはかしまし娘。


「またですか」


 というのが姫々と音々と花々の言葉である。


「エレナ様までハーレムに加えるつもりですか?」


 これはアイリーン。


「ホールドアップ」


 と一義は両手を挙げる。


 それに納得するハーレムでないことは一義とてよくわかっている。


 だから説明しなければならなかった。


「ただのショック療法だよ」


 そういう風に。


「エレナ」


「……はぁ」


「護衛にあたった騎士が死んだのは君のせいじゃないよ?」


「……でも私を守るために護衛して暗殺者に殺されたのならそれは」


「直接的に騎士を殺したのは暗殺者だ。根本的な原因を作ったのは暗殺者に依頼した人物だ。君の出る幕は無いよ?」


「……でも」


「デモもストライキもないさ。君の安っぽい同情はある意味で騎士道を貫いた護衛に対する侮辱ですらある」


「…………」


 沈黙するエレナ。


「君は生きている。そのためにこそ護衛の騎士は殉職した。ならば感謝の言葉が先じゃないかい?」


「…………」


「少なくとも護衛の死は君の責任じゃない。それを自分のせいだと思うことは増上慢ですらある」


「…………」


 エレナの口を完全封鎖した後、一義はディアナに視線をやる。


「ディアナ、城の連中に通達して。護衛の騎士は僕とかしまし娘とアイリーンだけで十分だと。エレナを狙う暗殺者はかなりの手練れだ。このままじゃ護衛を配置するだけ不幸が増えるのみだよ」


「しかして護衛のための騎士が無力と言うわけには……」


「そこはほら……ジャスミンが護衛につけばいい」


「俺か?」


「暗殺者を退けた功績がジャスミンにはあるでしょ? ならジャスミンをエレナ専属の護衛に任命して他の騎士たちに言い訳すれば丸く収まるんじゃない?」


「まぁたしかにこれ以上犠牲者を出すわけにはいきませんが」


「ということでジャスミンも僕たちと一緒に寝よう。大丈夫。実際の護衛は僕とかしまし娘でするから」


「寝る……!」


「十八禁の意味じゃないよ?」


「あ……うむ……そう……だな……」


 残念そうな悔しそうな表情でジャスミン。


「…………」


 一義以外に気付いた者はいなかったが、そんな会話の間中エレナが一義をポーッと見つめ続けていたのだった。


 後に花々が言う。


「大した詭弁だったね」


 一義は肩をすくめた。


「その件に関して僕は第三者だからね。何とでも言えるさ」


 その口調は皮肉めいていた。


「エレナに原因があるのは認めるけど……だからといってエレナが自責の念につぶされることはないだろう?」


「旦那様らしいよ」


 くつくつと花々は笑う。


 それは即ち優しさというものであることを知っていたからだ。


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